子どもの生き方を変える「森のようちえん」的経験の重要性
近年、急速に広がりつつある「森のようちえん」。自然の中で子どもたちを自由に遊ばせながら育てる幼児教育や保育活動の総称で、忙しないカリキュラムを設けず、子どもの主体性を重視することで、非認知能力がぐんぐん育つとも言われています。ただ、都会に住むママにとってはなかなか馴染みがないのも事実。でも、都会でも森のようちえん的体験は十分できるんです。
そのためには「親も価値観のアップデートが必要」と教育ジャーナリスト・おおたとしまささんは言います。家庭でできる森のようちえん的子育てや、森のようちえん的な体験の効能、そして幼児期に一番大切な経験は何か。『ルポ 森のようちえん』(集英社新書)を出版したおおたさんと、文京区で身近な自然との関わりを重視した保育を実践している、文京区立お茶の水女子大学こども園の元園長・宮里暁美先生の対談でお届けします。
■第1回目の記事は〈こちら〉
子どもの行動を全部面白がって
好奇心を持って見守ってみる
——家庭で親ができる“森のようちえん的育児”についてうかがいたいのですが、公園や自然の中に行った時に、つい「早くしなさい!」とか「危ない!」と言ってしまったり、周りの目も気になって。親としてどういう気持ちでいれば子どもと一緒に楽しめるのでしょうか?
宮里暁美さん(以下敬称略): 場所選びの段階で、ストレスが高まる公園と薄まる公園があると思いますね。たとえば、世田谷区の羽根木プレーパークのように、基本的には自由だけどプレイワーカーがいて、起伏のある山やどろんこもあって、こういうことをする所だと覚悟を決めて行く場所だとストレスが少ないかな。公園でふと周りのお母さんを見ていて、子どもが木の棒を持った時に遠くから「ダメよ!置きなさい!」と怒るのはちょっとどうかなぁって。子どもは棒を持ちたがるので、こうすると危ない、こうするといいっていうのは言っていいと思うけど、遠くから「持たないよ!」って、効き目のない繰り返される注意ほど悲しいものはないっていつも思っているんです(笑)。遠くから言っても、子どもは聞きませんしね。ストレスのない状況になるには親も入り込むしかない。子どもの一員になると入り込みやすいですね。
おおたとしまささん(以下敬称略): 子どもがセンス・オブ・ワンダーを感じている時に寄り添うには、まずは大人自身が自然を体験する、そこで寛ぐっていうことだと思うんです。普段は社会的なルールの中で生きているけど、違うモードに入れるといいのかなって。まずは子どものやることを全部面白がって見てみる。そうすると、ちょっと危険でもここから先どうするのかなって好奇心で見守り続けることができる。そういう意味で、プレイワーカーの人がいる公園はチャンスかなと。あとは『ルポ 森のようちえん』に出てくるような園のイベントに参加してみるのもいいかもしれません。いろんなことがOKになっている場に加わって、ほっとくと子どもってこんなふうに遊ぶんだと体感としてわかると、親も安心しますよね。
宮里: そのコツってそんなに難しくないと思うんです。一緒に驚いて一緒に感じて、自分が小さい頃の感覚をちょっと取り戻す。きっかけがないと難しいけど、一度その感覚を掴めば結構どこでも使えるようになる。
おおた: そういう場がなかなかない人は『ルポ 森のようちえん』を読んでいただければ、こういうことが起きているんだと文章からイメージできて、何となくでもわかってもらえるかなと思います。
森のようちえん的な体験は
子どもの生き方に影響を与えていく
——森のようちえん的な体験をすると非認知能力が育つとあったのですが、具体的にどんな能力が備わるのでしょうか?
おおた: 多分、子どもによって受け取るものが違うんです。それぞれの個性によって身についていくものだと思うので。ただ、抽象的な回答をするのであれば、一つは自分の周りにある環境を五感で感じ取る感性があることによって、自分の存在を常に全体の中で捉えることができる。狭い人間社会、ビジネス社会の中での合理性で生きているんじゃなくて、もっと大きなものと繋がっていく、その大切さを理屈じゃなく理解している上で行動できる。物事の選択の基準が変わってくると思う。それは本人が意識できないレベルだと思うんですけどね。SDGs的なところに矛盾しないような体質になるっていうのかな。
あと、もう一つ、僕が森のようちえんの子どもたちを見て感じるのは、お散歩に行く時に一列で歩くわけじゃなくて自分が歩きたい所を歩くんですけど、3歳児なら3歳児、5歳児なら5歳児で自分の能力をわかっていますから、ここを通ってみようとかここは通れるかなとかいちいち考えるんじゃなくて、瞬時にスキャニングして道を選んでいくんですね。遊ぶにしても、これをやったらこうなるかなじゃなくて、その場に誘われる感覚。生態心理学では“アフォーダンス”と言われますが、理屈じゃなくて無意識で、とるべき行動をとっていく。そういう行動スタイルが身についているなと感じますね。それは人生においても有効なんじゃないかなと。自分らしい道って何だろう、どうやって生きていこうって、自分の行きたい道を自然に選んでいくことに通じるんじゃないかなと思います。
宮里: 豊かな直接体験を通じて感じる経験をいっぱいした人は、感性が豊かに育つことで、豊かに人生を生きていく基盤が培われていると思うんですよね。それは、決して森や自然豊かな場所でなければできない体験ではないんです。たとえば、公園に行き着くまでの道端でもいい。何の整備もされていない街路樹や植え込みにだって、子どもが惹きつけられるものはたくさんあるんですよね。原風景っていう言葉をよく聞きますよね。懐かしいとか美しいと感じるとか、ふっと浮かんでくるみたいなこと。自然との向き合いに豊かさがあると、それは確実に子どもの体に残って、生き方に大きな影響を与えると思います。原風景こそが、幼児期から学童期へとつながっていく大切な記憶だと思います。
おおた: その原風景は大量じゃなくてもいいし、壮大じゃなくてもいい。自然と繋がったという感覚は、都会育ちでも持つことができると思うんです。実際、僕は渋谷区生まれのシティボーイですが、そんな環境でも小さな自然を見つけて、竹下通りの脇でクワガタが捕れる場所も知ってましたから。
宮里: 私は静岡育ちで、そんなに活発ではなかったですけど、庭で小手毬を摘んだことを覚えているんですよね。そう考えると、家の周りにある自然から子どもは一番の記憶を作ってるのかもと思うんです。遠くのどこかに行った記憶よりもね。一番の原風景は身近なところにあるのかなぁと思うと、家の周りを味わい尽くそうと思いますね。
おおた: 自分自身が戻って行く場所がこの時期にできるから、それを幼児期に育める、それが本質的な価値なんじゃないかなって。
幼児期に必要なのは感じること
人類の進化を追体験すること
——森のようちえんでも都会での自然体験でも、どんな選択肢をとるにしても、幼児期に最も大切な体験って何でしょうか?
宮里: 感じること。「あれ?」と思って関わってみて、心が動くっていうことですね。今は主体的とか色々言うけど、私はあんまりその言葉が好きじゃなくて。赤ちゃんを見ていると生まれたときからみんな主体的だなあと思うんですよね。おや?と思った場所にハイハイで行くじゃないですか。その心の動きを大事にしてほしいですね。
おおた: 先生の言葉に重ねて言うなら、子どもが感じて、「これ、いいな」と目が輝く瞬間、心が安らぎを感じている瞬間に対して、親が「今の君、いいね!」って言ってあげること。子どもが感じていることをさらに励ますことになると思うんですよね。その時にスマホを見ていて、見逃しちゃダメだよって。
あと、本でも取材させていただいた森の風こども園(三重県)の先生がおっしゃっていたのは、子どもたちがやることは全部、人類の進化を辿っているんだって。幼児期は原始人の時代、小学生くらいでやっと古代人になって、中高時代に中世や近代になる。人類の進化と子どもの発達を重ねると、その時しかできないことを追体験するのが重要で、最初にそれを感じたのは火遊びなんですって。人間になるために火を使いますよね。そこから穴を掘ったり石を集めたりする。だから、どんぐりを集めたり火遊びをしたり、原始人の頃に人間がやっていたことを幼児期にたっぷり経験するのが大切なことなんじゃないかな。そういう経験をして初めて、古代人になって中世、近代と進化していく。いきなり現代人にしようとしないで、まずは原始人の追体験をすることにすごく意味がある。それが叶うのが、森のようちえんという空間かなと。言語化しづらいんだけど、言語化しづらいほど意味があるんだと捉えてもらえたらと思います。
宮里: 地球という場所で生きている存在として自然環境はかけがえのないものだし、自然との豊かな向き合い方は、その子の生き方に大きな影響を与えるかなって。ぜひこの本をそうやって読んでほしいし、自分の身の周りを見直すきっかけにしてほしいなと思いますね。
Profile
宮里暁美さん
国立大学法人お茶の水女子大学 アカデミック・プロダクション特任教授。元文京区立お茶の水女子大学こども園園長。「耳をすますこと、目をこらすこと」を心がけ、30年以上保育の現場や保育者育成に従事する。著書に『子どもたちの四季』(主婦の友社)など。3児の母。
Profile
おおたとしまささん
教育ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。東京外国語大学中退、上智大学英語学科卒。リクルートから独立後、育児・教育分野で活躍。執筆・講演活動を行う。
著書は『中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉』(小学館)など60冊以上。
http://toshimasaota.jp/