「クオータ制は逆差別ではない」浜田敬子さんインタビュー
VERY NaVY5月号『ロールモデル不在の中で浜田敬子さんが見つけたもの』で、ご自身のキャリアや子育てとの両立についてお話ししてくれた、ジャーナリストの浜田敬子さん。Webでは、本誌におさまらなかったお話をスピンオフ記事としてお届けします。
前編では、日本のジェンダー平等が進まない原因と社会の問題点、クオータ制の必要性、社会を変えるために私たちができることをうかがいます。
こちらの記事も読まれています
日本のジェンダー平等は本当に進んでいるのか?
——女性の社会進出は当たり前になり、VERYやNaVYの読者も過半数がワーママです。一方で、マミートラックや、家庭内ジェンダーギャップに苦しんでいる人もまだまだたくさんいます。浜田さんが長年、社会や企業を取材してきた実感として、日本のジェンダー平等は進んでいると言えるのでしょうか?
浜田敬子さん(以下、敬称略):変化はすごく遅いですが、少しずつ変わってはきています。ただ、他の先進国と大きく差が開いていることは紛れもない事実です。その差がジェンダーだけでなく経済力の差にもなっていて、一昔前の日本は経済的には豊かな国と言われていたのが、今は賃金は上がらず、女性は働きにくい、若い人も希望を持てない、魅力のない国になっています。けれど、諸外国も初めからジェンダー平等だったわけではなく、特に2000年代以降さまざまな改革をして社会を変えてきました。その結果、Z世代と言われる若い人たちの意識は顕著に変わってきています。アメリカのある高校では、自分のことをhe, she ,theyのどれで表現するかと問われたら、半数以上が性別を特定しないtheyを選ぶそうです。それくらい欧米の若い子たちの意識は変化しています。
——日本がジェンダー後進国になってしまった現状は、個人の価値観に原因があるのか、それとも制度上の問題なのでしょうか。
浜田:確かに、制度や構造上の問題はあります。人間の行動や価値観は制度にすごく影響されるので。たとえば、今の日本の税制や社会保障制度は高度経済成長期に男性が主な稼ぎ手として働いて、女性は専業主婦として家を守っていた時代に都合のいい形になっています。約30年前に総合職を辞めて専業主婦になった私の友人たちは、働くと損をするから家に入ると言っていました。手取りが15万円しかないのに7〜8万円も保育料を払うとなったら働き損になる、それなら働くのを辞めようと。これも制度によって行動が変わってしまう一例かと思います。だから、制度を変えることは必要だと思います。一方で、声を上げないと制度を変えようという動きにはつながりません。「どうせ変わらないよね」ではなく、「こんなのおかしいよね、変えたいよね」と一人一人がアクションを起こしていくことが重要かなと。待っていたら何も変わらないですから。今はオンライン署名やクラウドファンディングもたくさんありますし、自分が先頭で旗を振らなくても、声を上げている人を支援することはできると思います。
クオータ制は逆差別ではない
親の価値観のアップデートも必要
——構造を変えるという点で、クオータ制についてはどうお考えですか?
浜田:過渡期には絶対に必要だと思います。ジェンダー平等に近づいている国はやっぱり政治や経営にクオータ制を取り入れているんですよね。たとえば、ドイツは割と比較的保守的な国民性で、性別役割分業意識がヨーロッパの中では根強く、産業も製造業が中心で日本と似ていますが、2015年に企業経営にクオータ制を導入して以降、女性管理職比率30%を達成しています。日本も2020年代のできるだけ早い時期に年女性管理職30%と目標を掲げましたが、とても達成できそうにありません。なぜかと言うと、罰則規定がないからです。各国は厳しい罰則があってクオータ制は義務です。政治の世界でも、日本も一定の割合で女性を入れることを義務化することが必要だと思います。日本が失われた30年という長い停滞から抜け出せない要因の一つは、女性など能力のある人がきちんと社会で活躍できる土壌が整っていないことが大きいと思います。
——ちなみに、30%という数字に根拠はあるのでしょうか。
浜田:組織にマイノリティを入れる時は、一人や二人だと孤独感を深めたり、意見を言えずに多数派に合わせるしかなくなるので、認知されるには3割は必要だと言われています。私が『AERA』編集長だった時、部員30人のうち10人がワーキングマザーでした。週刊誌を毎週作るには彼女たちにちゃんと能力を発揮してもらわないと雑誌が出せないので、働きやすいように色々と工夫して環境を整えました。クオータ制が義務化されると、もし候補がいなければ積極的に育成するようにもなります。30%の目標に向けて着実に努力している企業は女性向けに研修をやったり、採用数から女性を増やしています。10年20年計画で30%達成を掲げて、採用、育成、研修をちゃんとやっているのが著書(『男性中心企業の終焉』)の中でも挙げたような日本企業です。
——クオータ制を逆差別だと批判する声もあります。企業だけでなく、最近だと東京工業大学の入試の女子枠を不平等だという意見を耳にしました。理系のトップ層は男子が多いのだから、無理に女子を入れるのは社会にとっての損失だと。それが子どもを持つ母親側からの批判だったりもして、子育て世代のジェンダー観も本当に様々だと感じます。
浜田:親の価値観を変えることはすごく重要だと思います。あとは、ちゃんと正しい知識を持ってほしいですね。たとえば、東京大学はなぜ女子学生が2割から増えないのか。そもそも志望しないんです。以前、勤めていた会社にインターンにきていた東大の女子学生から、「親からは、東大だと結婚できなくなるから慶應くらいにしてと言われた」と聞いてすごくショックでした。女の子は可能性も能力もあるのに、いまだにそれを発揮できない社会になっている。理系についても優秀な女性が進学を諦めている現状があるのです。あえて女子枠を作るのは、そのぐらいしないと本人たちが親や教師の影響、社会状況によって進学を諦めてしまうからです。女性も理系を目指してくれた方がこの国にとってはいいと思います。クオータ制も女性枠も女性優遇じゃなくて、私はこれまで長年積み重なってきた不平等の是正だと言っています。企業で変化は現れています。男社会と言われる商社のなかでも、丸紅が採用における女性の割合を4~5割にすると公表したら女性の志望者が大幅に増えたそうです。女性リーダーを増やそうと思っても母数となる女性社員が少なければリーダーも増えないので。
女性が働きやすい社会は男性にとっても働きやすい
——様々な制度と人々の意識の両方が変わっていく必要がありますね。
浜田:これまで日本の企業は、制度の充実という場合、仕事と家庭を両立しやすくする両立支援制度の充実に力を入れてきました。しかし、両立支援制度をどんなに整えても利用するのが女性だけとなったら、「短時間勤務制度を利用しているから大事な仕事を任せられない」などと判断され女性は戦略として期待されなくなるわけです。結果、昇給も昇進も遅れてしまう。早く変えることで職場に対して罪悪感を抱くだけでなく、仕事に対して自信もなくしてしまいます。そうなるととてもではないけれど、管理職を目指そうという意欲もなくなります。介護や育児の制度は女性が利用するものという状況を変えていかないといけないですよね。現状、短時間勤務制度を使うのはほぼ女性ですが、男性も短時間勤務やリモートを積極的に利用して家事育児を分担することで、家事育児をする人は特別な人ではないという風土を作っていくことは重要だと思います。女性にとって働きやすい社会は、結局男性にとっても働きやすい。みんなにとってメリットがあるんですよね。短時間で働けば生産性も上がるので国際競争力も上がります。週休3日の企業も出てきていますが、その1日で勉強してもいいし、子育てしてもいいし、副業をしてもいい。その方が楽に生きられるし、みんなで豊かになれると思います。
浜田敬子さん
ジャーナリスト
1966年山口県出身。大学卒業後、朝日新聞社に入社。新聞記者として支局勤務、『週刊朝日』編集部を経て、’99年『AERA』編集部へ配属、2014年に初の女性編集長に就任。’16年から朝日新聞社総合プロデュース室プロデューサーを務めた後、’17年に退社し、オンライン経済メディア『Business Insider Japan』統括編集長に。’20年に退任後はニュース番組等でコメンテーターとして活躍する傍ら、フリーランスのジャーナリストとして活動。家族は夫と高校生の娘。
『男性中心企業の終焉』(文春新書)
ジェンダー後進国と言われる日本。他の先進国と比べてなぜジェンダーギャップは埋まらず、政治経済の分野で女性進出も遅いのか。その根底にある人々の価値観を探るとともに、ダイバーシティ&インクルージョンを目指して働き方改革を行う日本企業の奮闘と変化の過程を取材した一冊。
撮影/杉本大希 ヘア・メーク/谷口結奈<P-COTT> 取材・文/宇野安紀子 編集/羽城麻子