「もしも娘が理系に進みたいと言い出したら?」戸惑う親たちへ教育現場のリアルボイス
STEAM教育を推進する中島さち子さんに聞く
「好き」の先へ。そこで未来は拓ける
「悩むことや不安も、探究の一つのかけらです」──そう語るのは、国際数学オリンピックで日本人女性として初めて金メダルを獲得し、2025年万博でも活躍した数学者・音楽家の中島さち子さん。理系進学に迷う親に、背中を押すヒントを伺いました。
寝ても覚めても数学ばかりだった中学時代
私が数学に強く惹かれたのは、中学3年生のときでした。『大学への数学』という雑誌に出会い、そこに掲載されていた「今月の宿題」という課題。正解者として掲載されている中に自分と同じ年の子がいたことに驚き、自分も解答を出すことに熱中しました。寝ても覚めても考え続けて、締切り当日にようやく解けた瞬間の喜びは、今でも大切な原体験です。また、伯父が数学者で、まるでアーティストのように数学を楽しむ姿にも大きな影響を受けました。
学問はテストとは違います。答えがあるものを速く解くのではなく、誰にも解けるかわからない問いを自分で立て、向き合っていく。その営みが私にはたまらなく魅力的でした。数学オリンピックのセミナーに参加し、数学者たちと知り合ったことも大きな刺激になりました。私には数学以外にも好きなことがたくさんあり、大学に進む際は、文系か理系か、最後まで迷いました。音楽にも強く惹かれていましたから、本当にいろんな可能性の間を揺れ動いていました。でも振り返れば、「好き」を諦めなかったことが、今の自分につながっています。
国際的に見て、今の日本は理系に進む女子が圧倒的に少ないと言えます。その背景には、日本の教育における文理選択が挙げられます。海外では専攻を組み合わせたり、学びながら方向を変えたりする柔軟さがありますが、日本では大学受験のために早い段階で文系・理系を選択させられ、一度決めると変更が難しいのが現状です。周囲に理系分野に進んだ女性がいない場合、たとえ興味があっても「自分にできるのだろうか」という不安から、進路選択から外すこともあると聞きます。その上、「理系に進んだ女子は就職が難しいのでは」「結婚に不利なのでは」という言説が社会に根付いているため、不安になる人も少なくないかもしれません。
ですが、理系で培った思考力は必ず社会で生きます。また、世界的に見れば数学や理系の知識は就職に有利です。理系の力にコミュニケーション力を組み合わせれば、引く手あまたになるはずです。 研究などの現場では、「徹夜してこそ一人前」というような男性的な価値観がまだ根強くあるように感じます。でも徹夜が偉いのではない。無理に周りに合わせるのではなく、自分のペースを大事にしていいのです。男性だけではなく、誰かと比較することなく、自分のやり方で続けることこそ、好きなことで長く活躍できる秘訣だと信じています。
ロールモデルはいるが「目に見えない」
実際のところ、学会や企業で「探したけれど、この分野に携わる女性はいなかった」と言われることも珍しくありません。でも本当にいないのではなく、顕在化していないだけ。ロールモデルは必ず見つかります。ここ数年、地方で女子の理系志願者が増えているという実感があり、背景にはコロナ禍でオンラインで参加できるセミナーが増え、女性科学者の姿が見えるようになったからかもしれないと研究者内で話していました。可視化されていなかった理系女性たちの姿を積極的に紹介していくことで、次の世代の選択肢は広がっていくはずです。
分野を超えて学ぶ力が新しい道を切り開く
数学とニューロンが結びついてAIが生まれたように、これからは分野の境界を超えていくことが重要になってきます。音楽や芸術も同じで、20世紀に新しく生まれたロックやジャズは、いまやクロスオーバーの中で新しい価値が育まれています。本質に立ち返れば、学問も芸術も、実はそんなにきれいに分けられるものではありません。自分が興味を持ったことに、わからないなりに試行錯誤すること。そうやって分野を超えてつながっていくことで、新しい未来が拓けていくはずです。これからの時代を生きる女の子たちに伝えたいのは、とにかく「焦らないで」ということ。自分には好きなものがないという不安も、探究の一つのかけらです。悩むことや迷うことも含めて、それ自体が大事な探究の一部。模索そのものが財産です。失敗してもうまくいかなくても、それ自体が経験になります。だからこそ親御さんには、不安よりも可能性を信じてあげてほしいです。焦らせる必要もありません。自分で決めて挑戦したことなら、結果がどうであっても誇りを持てると思います。社会の変化が速い今、10年後に同じ仕事があるとは限りません。好きや得意を軸に学び続ける姿勢を、ぜひ大切にしてください。
Profile

中島さち子さん
数学者・音楽家。東京大学理学部数学科卒。株式会社steAm代表取締役として、STEAM教育の普及に努める。2025大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーも務める。
イラスト/佐伯ゆう子 取材・文/樋口可奈子 編集/水澤 薫
*VERY NaVY12月号『もしも娘が理系に進みたいと言い出したら?』より。詳しくは2025年11/7(金)発売VERY NaVY 12月号に掲載しています。