「塾ナシで父親主導の中学受験、気をつけるべき点は?」受験進路相談
【今月の質問】
塾に通わない、父親主導の受験。
少し不安になってきました
[受験進路相談室]
Aさんの場合
【家族構成】
妻、長男(小6)、次男(0歳)
【今回相談する子どもの状況】
塾には通わず、Z会など通信教育と自宅学習
自分が私立武蔵中高で10代を過ごして楽しかったので、選択肢の一つとして中学受験を長男に提示したところ興味を示し、サッカーと両立したいというので、参考書なり通信なりで一緒にやり方を模索し今に至ります。自分のときも随分前のこととはいえ、中学受験ということを知ったのが5年生の夏休み明けで、そこから頑張ったので、3年生や4年生からサピックスに行くような、今住んでいる近所の空気感には到底馴染めず、親の判断でスルーしました。ちょうど5年生になったときが緊急事態宣言だったこともあり、中学受験ってさという話から始めて、それ用の勉強をボチボチ始めました。秋になり模試を受けたりしました。父親として情報の収集とペース配分くらいは手伝おうかなと思って、おおたさんの存在を知りツイッターをフォローするように。共感することばかりです。自宅学習での受験や今をとりまく受験の状況についての漠然とした不安について相談に乗っていただけたらうれしいです。
通常なら塾で叱られても家でお父さんやお母さんに甘えたりしてバランスがとれる部分があるけれど、親が先生となると、逃げ場がない。
A:向いていそうならやらせてみようかなくらいの気持ちで中学受験勉強をやらせてみたら、やる気もあるし面白がっているからこのままやってみようと思って始めました。ただ、サッカーを週4~5日でかなりマジでやっているので、それは大切にしてあげたいなと思い、さらにコロナもあったので、「塾ナシ」を選択しました。昨年の秋くらいから模試を受けるなどして外の空気にも触れさせてみたのですが、そのときに私自身が、「これ、全部自分のせいになるな」と、初めて自分の責任の重大さに気づきました。そこから自分のメンタルもケアしなくちゃと思うようになって……。ブログとかを見ていると、塾ナシでやっているというご家庭もめちゃくちゃいるじゃないですか。でもあれって、ああでもしないと精神のバランスをとれないってことなんだと理解しました。塾ナシでやる場合の問題点とか気をつけたほうがいい点などを教えてほしいなと思っています。
おおた:わかりました。お答えする前に、私の興味でお聞きしたいことがあるんですが、いいですか?教材は何を使っているんですか?
A:最初は書店で良さそうな教材をみつくろってやっていたんですが、ペースメーカーが必要だなと思って、Z会の中学受験コースをやることにしました。でも国語の教材はあまり好きじゃないというので、現状は3教科だけがZ会です。ほかに月1回くらいのペースで中学受験塾のリモート講座を受けています。模試は、サピックス、四谷大塚、日能研を受けてみたり。
おおた:なるほど。通信教育のサポートをお父さんがやっているという形ですね。それはいい選択かもしれないですね。せっかくサッカーを夢中でやっているというのなら、それを邪魔したくはないですし、そういう塾ナシならありだと思います。一方で、塾ナシ中学受験には当然ながらリスクもあります。親子のどちらにも逃げ場がないですから。
A:逃げ場がないですね。
おおた:お父さん自身がいま感じているように逃げ場がないですし、息子さんだって、ずっと親の監視下で中学受験勉強していると、塾に通うのとは違うストレスを感じます。通常なら塾で叱られても家でお父さんやお母さんに甘えたりしてバランスがとれる部分があるけれど、親が先生となると、逃げ場がない。塾の先生と生徒という客観的な関係だからなんとかなっている部分はあるわけで、それを親子の距離感でやるのは実は非常に難しいことです。親と子の両方とも相当メンタルが強くないとできないですよ。塾に通うのは大変だから、負担を減らすという意味で「塾ナシ」を選択するという話もときどき聞きますが、そっちのほうがよほどしんどい中学受験になります。
塾の先生の存在意義って、ただ勉強を教えてくれるだけじゃないんですよね。親子のメンタルケアという機能が絶大なんですよ。
A:6年生になって、それがだんだんわかってきました。いままでリモートでやっていた講座の教室に、来月から通えることになりました。何度か模試を受けて受講できることになったんです。月に1回か2回くらいですが、僕としてはアウトソーシングできるということなので、ちょっとほっとしたんですよ。
おおた:塾に通わせていたって、成績が落ちると「自分のサポートが足りないせいじゃないか」と思って自分を責めてしまう親御さんが多いのに、それを全部自分で抱え込もうと思ったらそのストレスや不安はいくばくか……私には想像を絶しちゃうんですけど。
A:近所の塾で、時計を分解するっていう講座に参加したときに、ついでに試験を受けさせられて、この問題集をこのペースで進めますという説明も受けました。それを聞いて「こんなにやったらバカになっちゃうでしょ!?」と感じました。それで塾に頼るのは嫌だなあと思っちゃって。でも別で見つけた塾のリモートの授業を見て、教え方が上手だし難しい問題をじっくりやる感じでなるほどねと。リモートの授業を見ていても教え方が上手なんですよ。国語は私より妻のほうが教えるのがうまそうだから、妻に頼もうかと思ったのですが、いまおおたさんの話を聞いていると、夫婦のどちらかはノータッチくらいの距離感にいたほうがいいのかなという気もしてきました。
おおた:それはあるかもしれないですね。お父さんとお母さんの両方が先生になっちゃうのは子どもにとってはつらいかもしれないですね。
A:サッカーのときは1回も自分で教えようなんて思わなくて、ほかのお父さんが自分の子どもに教えているのを見て、あれはキツいだろと思っていたのですが、中学受験については自分も面白いと思えたこともあって参加しちゃって。
おおた:親子の間に緊張が走ったりすることもあるんですか。
A:そんなに叱ったりはしていないと思うんですが、核心を突いたようなことを言ってしまうと軽く炎上することはありますね。ワーッと泣いちゃうとか。
おおた:塾の先生から言われてもそんなに傷つかないけど、お父さんから言われるとグサッとくることもありますからね。
A:もうちょっと、アウトソーシングしようかなと思いました。
おおた:塾の先生の存在意義って、ただ勉強を教えてくれるだけじゃないんですよね。親子のメンタルケアという機能が絶大なんですよ。子どものモチベーションという点では、まわりに友達がいるからこそ、その空気に良くも悪くも流されてなんとかやれちゃうという面もある。マラソンといっしょで、みんなで走るからなんとか完走できるけど、一人で走れって言われたらつらいよね、みたいな。だから、親子が孤独にならず、いざというときにメンタル面でのサポートが受けられるような体制は準備しておいたほうがいいように思います。たとえば週1回だけプロの家庭教師をお願いして、そのひとにいろいろ相談に乗ってもらうとか。
A:考えてみます。コーチというかキャディさんみたいな存在ですよね。いまのところ私のほうのメンタルが心配なんですが、子どもにも必要なのかな?
おおた:息子さんは塾の様子を知らないからこんなもんだと思っているかもしれないけれど、もしかしたらしんどいと思っているかもしれないですよ(笑)。
A:親の立場からは平気そうに見えても、客観的に見たらわからないですもんね。
おおた:まあ、お父さんは状況を俯瞰できているし、楽しんでいらっしゃるので、もう6年生まで来ているのであれば、この勢いで乗り切っちゃっていいと思います。ただ、ここからが正念場の連続になって、そういうときにお互いの未熟さが出ちゃうと思うんですよね。そうなる手前で何か手当てしてもらえるような、避難場所をいまのうちに用意しておけるといいかも。
A:サッカーは避難場所の一つになっているように思います。そこを切っちゃうほうが怖くて。でも、途中でやめるお子さんが多いんですよね?
おおた:サッカーがお子さんにとっての支えになっていて、生活のペースにもなっているならば、ギリギリまで続けていいと思いますよ。そういう形で中学受験をやり切るケースが増えるのはいいことだと思います。習い事と中学受験の両方が惰性になっちゃって、どちらも中途半端になるくらいなら、どこかで清算したほうがいいとは思いますが、そうじゃないならぜひチャレンジしてほしいと思います。
A:2つめの質問をしていいですか?すべり止めまで受けてどこかに入れるというのは定石としては聞くんですが、おおたさんはどう思います?私としては、行きたいところが4つあれば4つ受ければいいし、1つしかないなら1つでいいじゃんっていうのがあるんですけど。
おおた:定石というのはないと思うので、それぞれのご家庭で判断すればいいと思います。判断のポイントは、子どもの気持ちだと私は思います。少なくない時間をかけて取り組んだ中学受験勉強の結果を、どこまで子どもが受け入れられるかですよね。2年間お父さんと頑張ったけど、行きたい学校には受からなかったから、公立に行くわって、本当に思えるならすべり止めを受ける必要はないと思いますが、私の感覚としては、それって結構難しいことですよ。息子さんのキャラクターがわからないので、なんとも言えませんが、一般論的にいえば、子どもは親が思う以上に親のことを思ってくれているので、親がこれだけの時間を犠牲にして自分のために頑張ってくれたのに、自分がどこにも合格できなかったとなったら、結構しんどいんじゃないかと思います。
A:それに続いて聞くと、いまは高校受験のほうが大変だからという話も聞くんです。それって本当ですか?
おおた:内申点のこととか、実技科目も含めてバランス良くできる子が有利とか、子どものタイプによっては高校受験で苦労するという話も聞きます。そもそも14歳とか15歳とかいう反抗期の真っ最中に有無を言わさず受験勉強させられるというのは無理があるなと私は思っていますけど。あとは、いま話していて思うんですけど、お父さんは勉強の本質的な面白さを知っている方ですよね。それをお子さんに伝えたいと思っているじゃないですか。その点は武蔵で中高を過ごしたということがすごく大きいと思うんですが。だとしたら、一度高校受験の問題を見てみたらどうですか。中学受験の勉強とどっちが楽しいか、比べてみるといいと思いますよ。
A:それはすごく面白い視点ですね!
おおた:きっとお父さんなら、これをやらせるくらいなら、中学受験勉強のほうが面白いと思うと思いますよ。
A:中学受験の問題って、久しぶりに見たら本当に面白くて。高校受験がそうじゃないとしたら、それはないなあ。
おおた:お父さんはすごく深いところで考えていらっしゃるから、話していて私もすごく楽しかったです。
A:本当に参考になりました。時期的にはちょうど1年を切って、家族で最終方針的なことを話し合いたいと思っていたところで大枠の視点がシャキッとしたので、すごく良かったです。メンタルに気をつけて頑張ります(笑)。
すごいお父さんだと思います。本当に勉強が好きなんだろうと思いますし、本当に頭がいい方なんだと思います。質問に対して私がちょっと視点をずらした返答をしても、「結局答えは何ですか?」と聞き返すのではなくて、「ああ、そうか! そういう視点から考えてみればいいんだ!」というリアクションが返ってくるので、打てば響くという感じで、話をしていてこちらまで楽しくなってしまいました。今回は、相談ではなく、対談でしたね。
Profile
おおたとしまさ
教育ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。東京外国語大学中退、上智大学英語学科卒。リクルートから独立後、育児・教育分野で活躍。執筆・講演活動を行う。
著書は『中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉』(小学館)など60冊以上。
http://toshimasaota.jp/
イラスト/Jody Asano コーディネート/宇野安紀子 編集/羽城麻子
VERY NAVY 6月号『おおたとしまささんの悩めるママ(パパ)のための、受験進路相談』から
詳しくは2021年5/7発売VERY NAVY 6月号に掲載しています。