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2021.10.05 UP

「私自身、中学受験に熱中していました」【朝比奈あすかさんインタビュー】

9月24日に新刊『翼の翼』が発売された、作家の朝比奈あすかさん。朝比奈さんは“中学受験頻出作家”とも言われ、小学校の学級崩壊を描いた『君たちは今が世界(すべて)』は2020年度入試において、難関男子校を含む13校で出題されました。

そんな朝比奈さんの新作『翼の翼』のテーマは、まさに中学受験。主人公の小学生・翼の中学受験に寄り添う親の揺れる思いや葛藤を圧倒的なリアリティで描いた作品は、朝比奈さん自身が二人の子どもの中学受験に寄り添った経験から生まれたもの。作品に込めた思いとともに、中学受験に向かう親の心構えや夫婦のあり方など、前編後編にわたっておうかがいしました。

▶︎後編はこちら

穴に落ちたように熱中した中学受験
熟成させるのに少し時間がかかった

 

――中学受験を題材にした漫画が大ヒットしたり、ここ数年は受験者数も増え続けたりと、中学受験は何度目かのブームを迎えています。今回、中学受験を作品のテーマにしようと思われたのはいつ頃、どんなきっかけだったのですか?

 

朝比奈あすかさん(以下、敬称略):今は高校生になる子どもたちが中学受験をしたのですが、長女が5、6年生の時は仕事で編集者と会うたびにやつれた顔をしながら、受験の話ばかりしていたんです。そんな中で「いつか中学受験の小説を書きましょう」と話していたけど、当時は自分が穴の中に落ちてしまって周りが見えないくらい受験に熱中していたので、全く現実味がなくて。続けて2年後に長男の受験があって、性別が違うので見に行く学校も違いますし、また慌ただしく過ごしていて。長男の受験から2年程過ぎて、今なら書けるかなと取りかかりました。自分の経験を熟成させるのに少し時間がかかりましたね。

 

――設定も心情描写もものすごくリアリティがあるのは、ご自身の経験からなんですね。

 

朝比奈:サポートのために中学受験関係の本はたくさん読みましたし、セミナーや講演会にもたくさん行ったので、執筆に際して追加取材はしていません。自分の見聞きしたものが全て残っていて題材になった感じですね。

 

――受験って数年経つだけでいろんなことが変わると思うのですが、数年前のご自身の経験だけで取材をされていないのが意外でした。すごく2021年の今の感じがしたので。

 

朝比奈:出願方法や塾の流行などシステム的な部分は多少変わっても、本質的な親の焦りや葛藤、学校の序列など、親子が向き合っているものは変わっていないのかもしれないですね。

 

――塾や学校名は全て小説内の創作ですが、「ここはあの塾だな」とか「あの学校かな」と想像しながら読むのも面白かったです。雰囲気を匂わせながらも特定を避ける名前づくりが絶妙だなと。

 

朝比奈:そこはいつも考えていて、複数の特徴を組み合わせて実在する学校や塾と被らないようにしています。概念としてのトップ校や塾を書きたいと思っているので。

 

――でも、読みながら勝手に翼の受験校を実在の学校で想像しました(笑)。

 

朝比奈:どこともイメージされないようにと思って書いたので意外です!みなさん、それぞれイメージがあるかもしれませんね。

目の前の現実に満足できないとき
親の未熟さが残酷なまでに出てしまう

 

――自分の理想と現実の子どもの姿とのギャップに悩んで、つい子どもを追い詰めてしまう。そんな母親の円佳の言葉や心情にドキッとする読者もいると思います。

 

朝比奈:翼が受験勉強を始めたばかりの頃、円佳が塾の先生の言葉を素直に聞き入れて、「テストを受けてきただけで偉いんだ」「うちの子は頑張ってるんだ」と健やかな気持ちでいるのに、目の前の現実や成績が思っていたよりも……となると、理性はあるのに揺れ動いて、自分の未熟な部分が残酷なまで子どもに突き刺さってしまう。それは私自身が何度も何度も経験したことで、なぜあんなことを言ってしまったんだろうと悔やむのに、翌日には同じこと言ってしまうという繰り返しでした。円佳に共感する人ばかりじゃなくて、なんて酷い母親だろうと感じる人もいると思います。でも、円佳は中学受験をする親たち全員の中にいるんだよという気持ちでした。受験は数字で子どもの価値を突きつけてくるので、そこで冷静でいられる親はあまりいないんじゃないかなって。

 

――特に思い入れのあるシーンはありますか?

 

朝比奈:翼が嘘をついてテストの結果が良かった時に、円佳が好物のビーフシチューを用意するんです。子どもの好物を作ってあげることが結果とのトレードオフというか、すごく残酷なことを無自覚にやっているのに、表面的に見たらそこまでおかしいことにも見えない狂気というか。子どもの純粋な部分をどんどん削り取るようなことが日常茶飯事に起きてしまう怖さが一言一言に表れていると思います。

煽り続ける塾のシステムも
少しずつ変わっていってほしい

 

ーー渦中にいると気づかなかったりしますよね。つい周りが見えなくなりがちで。

 

朝比奈:私も子どもの模試の結果で一喜一憂することを何度も繰り返しました。今思うとクラスがどこだろうが全然関係なかったのに、大の大人がなぜこんな視野狭窄みたいなことになっていたんだろうって本当に不思議ですが。自分のことならどこかで開き直ったり、自分を甘やかしたりできるんでしょうけど、子どものためと思いながらコントロールしてしまう。自分の意のままに動かして、ゴールに最短のルートで辿り着かなきゃという思いがどこかにありましたね。

 

――塾も煽ってきますよね。合格実績を競う上で仕方ない部分もあるのでしょうけど。

 

朝比奈:保護者会で上位校の名前しか出さなかったり、この成績ならここを目指すべきですと言われて、もっと頑張らなきゃと追い詰められる。そういうビジネススタイルが少しずつ変わっていくといいなと思ったりもします。

Profile

朝比奈あすかさん

慶應義塾大学卒業後、会社員を経て、2006年に群像新人文学賞受賞作の『憂鬱なハスビーン』(講談社)で作家デビュー。以降、働く女性や子ども同士の関係を題材にした小説をはじめ、多数の作品を執筆。『君たちは今が世界』(KADOKAWA)と『人間タワー』(文藝春秋)は、2020年の中学受験において男子難関校を含む10校以上で出題されるなど、国語入試頻出作家としても注目されている。

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取材・文/宇野安紀子 編集/羽城麻子

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