【シャネルの手仕事】申真衣さん×アスカヤマシタさん『人の手でしか紡ぐことのできない物語がある』
20歳のときにお母様から贈られたクラシック ハンドバッグ、40歳になったら手に入れると心に決めていたジャケット。申さんにとってシャネルはずっと憧れであり、働くモチベーションでもあったといいます。
そんな申さんが「さらなる夢の世界」と語るシャネルのクリエイションを支えるメティエダール(シャネル傘下にある専門アトリエの職人技を讃える称号)のひとつ、フランスの刺繡工房「アトリエ モンテックス」でアーティスティック ディレクターを務めるアスカ ヤマシタさんとの対談をお届けします。
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アスカ ヤマシタさんと × 申 真衣さん
”今感じる”手仕事の素晴らしさ、異なる文化へのリスペクト
「分かち合うことに重きをおく。ともに作る過程においてリスペクトは大前提」ーー申さん
「AIを恐れてはいません。排除せず、活用する。手仕事の可能性です」ーーアスカ ヤマシタさん
申さん:お会いできて光栄です。今年10月まで開催されていたシャネルによるクラフツマンシップを讃える展覧会『la Galerie du 19M Tokyo』に伺い、感動したのは手仕事の可能性。フランスのメティエダールと日本の職人技が作品を通して交差する試みが話題となりましたが、アトリエ モンテックスは土風炉/焼物師の十八代永樂善五郎さんとコラボレーション。器に刺繡を施すというアイデア、あれは想像し得ない美しさでした。
アスカさん:ありがとうございます。土風炉/焼物師の十八代永樂善五郎さんとの協働が決まったとき、刺繡というからには器にも針を刺し、糸を通したいと考えました。そのアイデアを伝えたときは大変驚かれていましたが、想いがつながったのは、直接お会いしてコミュニケーションを図れたことが大きかったと思います。過去に私たちが木や銀に刺繡を施した作品をご覧になっていただき、対話を繰り返し、彼が守らねばならないもの、そして互いの美意識の理解を重ねていきました。最後に「では、やってみましょう」という言葉をいただけたときはとても嬉しかったですし、彼が受け入れてくれたことに感謝しています。
申さん:それぞれに譲れないものを守りながらの協働に加え、フランスと日本の異文化交流でもあったと思います。ものづくりの過程において違いを感じられることはありましたか?
アスカさん:私は『la Galerie du 19M Tokyo』にエディトリアル コミッティメンバーとしても関わっていたのですが、一番の違いはプランニングでしょうか。フランス人は「1年半もあるのでじっくりやりましょう」、日本の方たちは「1年半しかないので急ぎましょう」と、期限の解釈が真逆でした(笑)。様々な相違を擦り合わせていくうえでとても役に立ったのが、シャネルから事前に受けたトレーニング。一緒に仕事をするうえでは相手の理解が重要と、日本のビジネスシーンにおける男性や女性の立場、年齢による関係性などを学んだことで、繊細な事情を想像したり、一度はむずかしいとなった場合でも繰り返し伝えれば解決できる可能性があるとわかったり。直接的に意見を交わすフランスにはない感覚でしたので、とても有意義でした。
申さん:分かち合うことに重きをおく。文化の違いに関わらず、人がともに物事に取り組むうえでリスペクトは大前提と、あらためて認識します。シャネルとアトリエ モンテックスのお仕事では、2023年に手がけられた、歌舞伎俳優・初代尾上眞秀初舞台の祝幕も印象に残っています。
アスカさん:50歳という人生の節目の年の出来事で、私にとっても思い出深い作品です。このときは、シャネルのサポートのもとフランスの著名アーティスト、グザヴィエ ヴェイヤンと協働。シルクのオーガンザで作られた無数の円形パーツが幕を開け閉めする際に揺れ動くようなデザインで、歌舞伎の方々はとてもオープンにそのアイデアを受容してくださいました。尾上眞秀さんとは日仏のハーフという共通点があり、実は私の息子とも同い年なんです。その親近感も作品制作において特別な感動を与えてくれました。
申さん:フランスで生まれ育ったアスカさん。お父様が日本人ということで、日本のルーツを実感されることはありますか?
アスカさん:日本の方との仕事では、様々な過程を経て最終的に想いを共有するたびに自分の中にあるフランス、日本というふたつのルーツを確認します。今回は息子とともに来日したのですが、スーパーマーケットで一緒にショッピングを満喫。日本の漫画のキャラクターグッズをみつけて「僕にも日本の血が流れているんだ」と大喜び。彼も自身のルーツを確認したようです(笑)。
申さん:かわいいルーツとの出会いですね。
アスカ ヤマシタさん
『シャネルの職人技に触れ合うことのできるle19M。
職人を志す若者が増えました』
アスカさんは色とりどりの刺繡の世界を体現したようなカラフル&プレイフルなコーディネートで登場。
―――日毎に便利になり、時短が優先されていくような現代社会。おふたりは「手仕事の未来」について、どのように考えていますか?
アスカさん:私は恐れてはいません。職人技や芸術の分野においてもAIを排除せずに、ツールとして積極的に活用していく。クリエーションの新たな可能性と解釈しています。
申さん:ホワイトカラーの仕事はAIによって整理されるものも多く、何が残るかはわからない状況。音楽・映像分野でもAIの進歩は目覚ましく、置き換わらないものが少なく見える中、シャネルのオートクチュールコレクションのように、人の手によってしか紡ぐことのできない奥深く美しい物語があると思っています。それでも日本では職人を志す人が減少し、伝統技術の継承が危惧されているようですが、フランスはいかがですか?
アスカさん:私がアトリエ モンテックスに入社した頃は工房のスタッフも仕事も少なく、若い人たちが興味を持つ様子もあまり感じられませんでした。でも、今はスタッフが70人ほどに増え、新しいコレクションを手がけるたびにヘルプのスタッフも加わるので、常に何百人という規模で稼働。そして、世界中から「この仕事をやってみたい」というインターンを希望する若い人たちがたくさん集まってきます。
申 真衣さん
『人の手によってしか紡ぐことのできない物語があると思います』
申さんが着用しているのは、私物のシャネルのジャケット。
申さん:若い人たちから注目を集める、何か大きなきっかけがあったのでしょうか?
アスカさん:アトリエ モンテックスは、2011年にシャネルのメティエダールに加わり、2021年よりシャネルが職人技の保存と継承のために設立した複合施設『le19M』にアトリエが常設されました。ここには11のメゾンダールと約700名の職人と専門家が所属し、日々創作活動に励んでいます。『le19M』にはギャラリーが併設され、誰もが気軽に自由にシャネルの手仕事の世界と触れ合うことが可能。もちろん、子どもたちも。シャネルの手仕事の魅力に触れることで、夢を抱く、インターンシップの応募が増えている大きな理由と感じています。
申さん:確かに。あの展覧会の作品たちは、今趣味として編み物や刺繡を楽しんでいる人たちにとって「極めればあれほどのものを作ることができる」という大きな夢そのものでした。日本にもそういった場所があれば、手仕事の未来が広がっていくのかもしれませんね。一度訪れてみたいパリの『le19M』、多彩なアトリエが集まる職人さんたちの街のような場所を想像しています。
アスカさん:その通りです。お互いにコミュニケーションを図りながら、違った分野の素材や手法、アイデアに新しい視点をもらい、楽しみながらクリエイションをしています。いつもと違う刺激というのは仕事、生活をリフレッシュさせてくれるもの。申さんはビジネスのインスピレーションはどんなところから得ているのでしょう?
申さん:私はモデルの仕事が、本業にも人間関係にもいい影響を及ぼしてくれていると思っています。これまでにない新しい知識やつながりをもたらしてくれました。ファッションが大好きなので、現場で素敵な洋服と出会えることが嬉しくもあります。今日のアスカさんのスタイリングもとてもチャーミングです。
アスカさん:ありがとうございます。コサージュは、アトリエ モンテックスの作品です。
申さん:自分の手からそんなに可愛いものが生まれたら幸せですよね。私は手先が器用だったりして、先日も籠バッグを作るワークショップに参加。ただ、ひとりで始めると最後まで仕上がらずに止まってしまうことがほとんど(笑)。
アスカさん:私の家にも途中で止まっている作品がたくさん(笑)。ひとりではなく誰かと一緒に作る、それも今の仕事が楽しい理由です。
今回、アスカさんと申さんは英語での対談。
profile
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申 真衣さん
1984年生まれ。東京大学経済学部経済学科を卒業後、ゴールドマン・サックス証券に入社。2018年に当時最年少でマネージングディレクターに就任。現在は共同創業による株式会社「GENDA」の取締役。「NOT A HOTEL」社外取締役も務める。モデル、メディア出演もこなす2児の母。
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アスカ ヤマシタさん
製図家としてキャリアをスタート。19歳でフランス・パリの刺繡工房「アトリエ モンテックス」に入社、2017年にアーティスティック ディレクターに就任。オート・ガストロノミー、ジュエリー、舞台芸術、テクノロジーなど多分野との連携により、刺繡の新たな表現領域を開拓している。
※エディトリアル コミッティとは、日本とフランスのクラフツマンシップ、そしてその背景にある文化や思想への深い理解を持ち、『Beyond Our Horizons』展全体のコンセプト策定や作家のセレクトにおいて、日本とフランスの文化的架け橋となった5名のクリエイター陣。
今月は”大人のじゃらづけ”を語り尽くす♡
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撮影/杉本大希 ヘア・メイク/Hitomi〈Chrysanthemum〉(申さん) 取材・文/櫻井裕美 編集/水澤 薫
*VERY NaVY12月号『申 真衣さんの今、話したい人』より。詳しくは2025年11/7(金)発売VERY NaVY 12月号に掲載しています。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。商品は販売終了している場合があります。