VERY NAVY

これまで意識して取り組んできたひとつひとつの経験が積み上がって、今の自分がいることに気づく。たおやかな美しさのなかにも、揺るぎない芯を感じる井川遥さん。「試行錯誤を重ねた40代。ひたむきに歩んできた先に、自分を知ることができました。20代前半、キャリアをスタートし幅広い活動を送る目まぐるしい日々。力不足や未熟さから常に緊張していました。思うように成果が出せず自己否定に陥る場面もあったけれど、そのひとつひとつを振り返って成長したい一心でなんとかつないだ時間でした。現場が全て実践だったことはあの年齢だからこそもたらされた試練だったかもしれないけれど、今ならかけがえのない経験と思えます。

30歳で結婚、家庭という基盤ができたことで生活を整えたり、穏やかな日常にひと息つきました。日が明るいうちから時間をかけてお料理をしたり、映画を観たり、展覧会に足を運んだり。気ままな時間を過ごすうちにリセットされて…また主体的に仕事に向かうエネルギーになりました。仕事に対する強さも、生きていく力も、バランスから生まれるんだと多くの気づきがありました」VERYのカバーモデルを30代、9年3カ月も務めた井川さんは歴代最長でハンサムマザーの代名詞ともなった。VERYで活動する期間にふたりの子どもの妊娠、出産を経験。「妊娠期間の撮影も、復帰した後の姿も今見るとアルバムを見返しているような、その当時の気持ちがぎゅっと納められています。VERYのカバーを始めて間もない頃、女性編集長として初めて今尾朝子さんが就任したことは大きな話題でした。自分らしい生活スタイルへの関心が高まったり、複数のキャリアを持つ女性が可視化されたり、ロールモデルとして広まって。子育て世代に向けたファッション誌というのを全面に打ち出した革新的な編集長と新しい時代の雑誌をつくっていこうという気概がありましたね。ラフさのあるファッションは等身大でしたし、撮影は充実していました。

40代に入り、子育てに、俳優業にまた目まぐるしく過ごすようになりました。子供を通して体験する新しい日々に一喜一憂しながらも仕事を続けていくバイタリティも自分の中で大きくなっていました。ファッションブランドを立ち上げてトータルでディレクションをする仕事を始めたことも新たな挑戦でした。服づくりは工程が多く、いい服をつくろうと思うと生地の選定からデザイン、サンプル作製に至るまで何度も修正を重ねてつくり上げていきます。やり始めたらとことん…そういう凝り性の自分を知ることになりました（笑）。アトリエでの作業に加えてメーカーさんやパタンナーさんとの打ち合わせ、次のシーズンのアイデア出しとエンドレスでしたが、自己で発信していくクリエイティブの世界に魅了されていきました。異業種の方々との関わりも楽しく多くのことを知りました」今年に入りブランドの休止を発表しましたが、「シーズンに追われてたくさんの型数をつくり続けてきた流れを一度止めて、不定期で満足がいく物をつくっていきたいという気持ちが年々強くなっていました。どうしても生産のスケジュールに追われてしまい、手放さなければならない。ならば真摯に向き合って細部まで納得できるものができたときに少しずつ発表できたら。立ち止まることに迷いもありましたが、今回はシャツ、今回はジュエリー、と…再開を心待ちにしてくださっている方と対話するように物づくりがまたできたらと思っています」

映画『平場の月』
原作は第32回山本周五郎賞受賞、発行部数25万部を突破した朝倉かすみの小説『平場の月』（光文社）。時を経て再会した中学の同級生、青砥健将（堺雅人）と須藤葉子（井川遥）のリアルで切ない恋物語。監督は映画『花束みたいな恋をした』の土井裕泰、脚本は映画『ある男』を手掛けた向井康介、主題歌『いきどまり』は星野源が書き下ろした。11月14日（金）公開。

撮影／長山一樹〈S14〉スタイリング／梅山弘子〈KiKi inc〉　ヘア／左右田実樹　メイク／佐々木貞江　取材／櫻井裕美　編集／水澤 薫
＊VERY NaVY12月号『進化する人、井川遥』より。詳しくは2025年11/7（金）発売VERY NaVY 12月号に掲載しています。
＊掲載中の情報は誌面掲載時のものです。商品は販売終了している場合があります。