【中学受験相談】
東京の中学受験熱に困惑…共働きでの受験に不安があります
ここ数年、1都3県の中学受験者数は前年度を超えています。この連載では、過熱する都心部の中学受験や受験をとりまく環境に悩むママが毎月登場し、教育ジャーナリストのおおたとしまささんに進路相談。おおたさんの愛あるアドバイスは必読です!
【今月の質問】
低学年からの塾通いと夫婦共働きでの
受験に不安があります
[受験進路相談室]
<Sさんの場合>
【家族構成】
夫、長男(小2)、次男(年長)
【相談内容】
長男が小学生になり今でも子どもの学校や学童、習い事のスケジュール管理など、パニックになるぐらい大変な日々に追われていますが、これに中学受験となると物理的なサポートだけでなくメンタル面のサポートも必要になるので、自分たちにどれほどのことができるのか心配です。
やってみないとなんとも分かりませんが、夫も私もフルタイムで働いているので、子どものケアに集中できない家庭が受験に向いているのか不安は残ります。また、私自身、公立の中高出身で、中学受験をする人がほとんどいない環境で育ったので、東京の中学受験熱!?に驚いています。低学年から入塾させないと入塾テストのハードルが上がり、受験したいと思っても時すでに遅しだよと周囲の先輩ママから聞きます。受験勉強の低年齢化によって息切れはしないか?子どもがプレッシャーに負けてしまわないか?ということも心配しています。
成長するんだから、必ず痛みも伴うけど、それは悪い痛みじゃない。
オ(おおたさん):中学受験が始まる前で、まだ具体的な悩みというわけではなくて、先行き不安、みたいなお話ですね。
S(相談者):はい。サピックスに入るには1年生からという話でママ友の間ですでにざわついています。東京というエリアの特殊性というか、今から不安を煽られている感じではありますね。
オ:ざわついている中で、どう感じているんですか?
S:まずは学習する習慣をつけたほうがいいかなって。今サッカー熱が過熱しているので、どこに勉強の時間を差し込むんだろう?って。元々勉強が大好きっていう子でもないし。
オ:熱中できるっていうのは一つの力だから、素晴らしいですよね。低学年のうちに身につけておくのは点を取る力じゃなくて学習習慣という考え方もいいと思います。1日15分でいいから学校の勉強とは違うものを勉強する習慣をつけることが大事っていうのはどこの塾の先生もおっしゃっていて。学習の習慣がないのに小4でいきなり勉強を始めるのは難しいけど、それを少しでもやっていれば1時間に増やすことはできる。そういう意味で学習習慣をつけておくことはすごくいいことですよね。1年生から塾に通わせなきゃいけないみたいなのには、どう感じてらっしゃるんですか?
S:子どものためというより自分自身のアイデンティティのためにやってるのかなって思うお母さんがいらっしゃったりもして。そこに影響を受けちゃっていいのか。焦りだけが先行するのは本当に良くないなと思っているので。
オ:学習習慣をつけるという意味では、どんなことを考えてますか?
S:公文ですかね。周りでも3人に1人は行ってるので、公文はどうかなって。
オ:学習習慣をつけるという意味では公文もありだと思う。あと、サピックスに小1から入れておかないと中学受験できないっていうのはデマですよ。建物は作れても先生を大量に養成はできないから、教室は増やせないんですよね。だからサピックスに入ること自体が難しくなっているのは事実で、早い段階から椅子を確保していく、お花見の場所取りみたいな形になってるんだと思うんですけど。それなら別の塾に行けばいい。逆に言うと、サピックスもトップクラスは割と空きがあるんですよ。本当に最難関を目指すような子であれば、途中からでもサピックスに入れるんです。一方で、四谷大塚にも低学年クラスは昔からあるし、じゃあ、小1でサピックスなり四谷大塚なりに入ったら、いきなり放課後が潰れるかって言ったらそんなことはない。いかに勉強の楽しさに気づいてもらうか。勉強を生活の一部にしていくっていう狙いでプログラムを組んでいるので、サピックスに入れたからその瞬間から受験が始まるっていう風に恐れなくてもいいかなと。
S:夫は中学受験をしています。最近『二月の勝者』のドラマを夫婦で見ながら、自分がこうやって冷静でいられるのもいつまでなんだろうなとか考えます。仕事をしている時は冷静でも、いざわが子のことになったら思ってもみない自分が現れたりして、自分でもびっくりしますから。
オ:思ってもみない自分?
S:怒り方一つにしても狂気に満ちた怒り方をしちゃったりして、ハッと我に返ったりして。こういうのが受験でパニックになってたりすると、どういうコミュニケーションになるんだろうなって。心持ちとかアドバイスをいただきたいです。
オ:未知の自分に対する不安があるわけですね。自分も我を失ってしまうかもしれないと思うのはすごく正しいこと。間違った対応をやらないようにするのが大事なんじゃなくて、やった後に繰り返さないようにすることが大事。失敗すること自体を認める、自分の未熟さを認める。なんでこんな点数取ってきたの?ってなった時に、対処法としては2つの方法があるじゃないですか。一つは子どもの成績が上がればそういう感情は起こらない。もう一つは自分が期待しちゃうのは自分の勝手な思いなんだって気づくこと。自分の中に期待があるが故のガッカリ感とか怒りみたいなものが湧き上がってくることの解決を子どもに求めたら、子どもは辛くなるんです。それは親自身の問題として引き取るべき。子どもが頑張ったから偏差値60取れると思ったのに偏差値55だとしたらついカッとなっちゃうことが仮にあったとして、じゃあ偏差値60を取ったとしてもどうせ次は65を求めるんですよ。親は必ず不満や不安を発見する生き物なので。不安や不満を感じた時に、それが自分の中のどこから出てきたのかを探求するのが自分に与えられた課題なんだっていうスタンスで臨むと、親も成長できる中学受験になると思います。
S:自分のことだったら自分で責任を負って自分の力でどうにかするしかないけど、頑張るのが自分じゃないので、人の人生を背負うのってこんなに大変なんだって。
オ:今、自分が責任を負うという表現がありましたけど、結局親って責任取りきれないんですよね。親がどんなに寄り添っても、最後に試験会場に入っていくのは子ども一人なんだっていうのがすごく象徴的な瞬間で。この子は自分で歩んでいくんだなって親も痛感できるのが親にとっての中学受験の一つの意義。否応無しに親も成長させられるんです。成長するんだから、必ず痛みも伴うけど、それは悪い痛みじゃない。
今の中学受験はあまりにも親が関わりすぎてると思う
S:それを伺うと、ちょっと中学受験が楽しそうに思えますね。
オ:自分の主観だけで始めちゃうと、子どもの成績が悪いのは子どもが悪いんだってだけになっちゃうから。その手前で自分自身も含めて客観的に見られる視点を持って中学受験に入っていく。今の段階でこういう話ができるのはいいことなんじゃないかなって。
S:すごく参考になりました。
オ:こんな話をしても具体的には何にも役には立たないと思いますけど、状況に合わせてご自身で応用していただければ。他に何か考えていることはありますか?
S:あと、子どもが結構繊細なんですよ。実は美容院に行ったら円形脱毛症ができていて。本人も気づかないうちにいろんなものを抱えていたんだなって。そういう子が、中学受験のストレスを乗り越えていけるのかなって。
オ:それは切実な不安ですね。ただでさえ今の中学受験は12歳にとってはギリギリの精神的負担を強いていると思うので、キャパオーバーにならないような配慮はしていくべきだろうなと。そういうお子さんの特性に気づいているのであれば、塾選びとか勉強のスタイルというのは柔軟に捉えてあげる必要があるかなって思いますよね。はっきり言っちゃえば、サピックスみたいなスタイルの中学受験で有利なのは、大量の課題をこなす処理能力と忍耐力、そして与えられた課題に疑問を持たない、鈍感力を持ってる子。繊細な子は拒否反応を示す可能性はあると思いますので、やってみて、ちょっと違うぞと思ったら躊躇なく別の方法を考えていいと思います。少人数で見てくれる中規模塾だとか、個別対応できるような塾……。でも、小さな塾はそれはそれで難しいんですよね。知らない街で美味しいお店を見つけるのって難しいでしょ。大外れもある。地元の口コミでよほど安心できる塾があればいいけど……。まだ時間があるので、今の時点からそういう情報を集めておくこともできるかなって。
S:小さな塾って情報がなくて不利になったりしませんか?
オ:僕の個人的な感覚で言うと、ほとんどないんじゃないかな。というのは、模試は誰でも受けられて、そこではかなり細かく学力の分析もされるし、インターネットでほとんどの情報にアクセスできるし。むしろそれらのビッグデータを活用するためには、子ども自身をどれだけ解像度高く見ることができているかが重要です。大手塾の弱点っていうのは生徒一人一人が見えてない可能性があることですよね。それよりは、一人一人の個性や学習履歴を把握していて、それならこの子に合うのはこういう学校だよねとか、こういう勉強法だよねっていうのが職人技的に判断できる塾には魅力があると思うんですよ。
S:中学受験っていつからこんなに恐ろしい、修羅の世界だと思われるようになっちゃったんでしょう?
オ:本当にここ数年ですよね、戦場に送り込むんですか?みたいな雰囲気ありますよね。最近では『二月の勝者』に出てきた「狂気」が、主人公の真意を外れて一人歩きしちゃったっていうのはあると思います。あとはね、「東大に入れたママ」信仰みたいなのもあると思いますよ。あそこまでやる人が勝つんだっていう価値観ができてしまった。もうちょっと遡ると「中学受験は親の受験」みたいなのも、子どもの将来に関して親が責任を抱え込むっていうおかしな構造を構築してしまったと思っています。あとは何なんだろうなぁ、実際にやった人たちが自分たちはこんなに過酷な戦場をくぐり抜けてきたぞっていう武勇伝を語りすぎるのかなぁ。ネットに細かく書き込むってよっぽどのマニアですから。あれがスタンダードだと思ったら大間違い。
S:すごい親の実践例なんかを見てしまうと、共働きのうちにはとても無理なんだけど、あれをやらなきゃダメな親なのかって思っちゃいますよね。
オ:先程、いろんな塾があるよって話したんですけど、塾が終わった後も自習室で勉強して帰らせるっていうのを売りにしている塾もあるんですよ。そんなに遅くまで塾で勉強するの?って思うかもしれないけど、家で親がガミガミ言うよりも、帰ったらケーキやアイスが用意されてる方がいい、そういうスタンスもあるんです。
S:うちも完全にそっちの方がいい気がしてきました。今は平日は民間学童に入れてるんですけど、夜7時に送迎バスで送ってもらうスタイルなので帰ったら完全にスイッチオフなんですよね。
オ:それも一つの中学受験のスタイルかなって思いますね。今の中学受験はあまりにも親が関わりすぎてると思うので。
S:なるほど、心構えを知ることができて有り難かったです。
オ:僕の方も、中学受験を始める前の人がどんなことを感じているのか知ることができて、すごく勉強になりました。
実際に中学受験を始める前から、大きな不安を抱えている親御さんがいることがよく分かりました。その心理的ハードルを乗り越えて中学受験に参入した人たちの間で中学受験熱がさらに過熱する……。そんな悪循環になっているのかもしれません。いい意味で、親がもっと肩の力を抜いて子どもをサポートできるように、情報発信を続けなければと思いました。
Profile
おおたとしまさ
教育ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。東京外国語大学中退、上智大学英語学科卒。リクルートから独立後、育児・教育分野で活躍。執筆・講演活動を行う。著書は『なぜ中学受験するのか?』(光文社新書)など70冊以上。
http://toshimasaota.jp/
イラスト/Jody Asano コーディネート/宇野安紀子 編集/羽城麻子
VERY NaVY4月号『おおたとしまささんの「悩めるママのための、受験進路相談室」』より。詳しくは2022年3/7発売VERY NaVY4月号に掲載しています。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。