【中学受験相談】共働きの我が家、受験間近の娘をサポートできていない気がします
『中学受験生を見守る最強メンタル!』というタイトルで書籍化された、話題の連載・おおたとしまささんの『悩めるママのための、受験進路相談室』。この連載では、過熱する都心部の中学受験や受験をとりまく環境に悩むママが毎月登場し、教育ジャーナリストのおおたとしまささんに進路相談。おおたさんの愛あるアドバイスは必読です! 今回は、受験を控えた娘さんにプレッシャーはかけたくないけれど、周りの親御さんたちを見てつい不安になってしまうというお母様からの相談です。
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【今月の質問】
共働きの我が家。小6の娘を100%
ケアできていない気がして不安です
[受験進路相談室]
Tさんの場合
【家族構成】
夫、長女(小6)
【今回相談する子どもの状況】
日能研に小3の2月から通塾中。現在もスイミングとピアノを週1で継続中。共働きで、私からは娘の習い事や勉強にはほぼ口出ししていません。
塾の保護者会に行くと熱心な親御さんにたくさん会いますが、そこまで介入するのはやりすぎだと思ってしまうので、このままでいいとは思っています。いい偏差値の学校に行くより、その時の学力に応じて入れるところに入れたらと思っています。ただ、本人に任せているのと、娘は普段から感情表現があまりないタイプなので、どこまで厳しくして(ハッパをかけて)いいのか分かりません。
子どもの主体性を奪ってまで偏差値を上げる必要があるのかってことをもう一度問い直してみれば、答えは出てくると思うんです。
T(相談者):受験を控えている小6の娘がいます。共働きで娘のフォローを100%できている状態ではありません。うちにはうちのやり方があると思いつつ、熱心なご家庭を見ると心が揺らいでしまうこともあります。娘の可能性を狭めてしまうことが心配で。
オ(おおたさん):Tさんご家族の方針ってどんなことですか?
T:私自身が地方出身で高校受験の経験しかないことと、実は母が塾を経営していて、私自身がプレッシャーをかけられたことで勉強が嫌いになってしまったという過去があって。
オ:なるほど。
T:でも中学受験にアレルギーがあるわけではないんです。自分を律して積み重ねていく経験は素晴らしいと、娘を見ていて感じます。学校選びに関しては偏差値や知名度で押し付けるようなことはしていないのですが、東京だと熱量があるご家庭が多いので……そのようなご家庭を見ると、ハッパをかけたほうが娘のためになるのかもしれないと思ってしまいます。
オ:ご自身の原体験があるからプレッシャーはかけたくないけれど、周りの熱を見てしまうと責任を感じてしまう。揺れ動くお気持ちがありますよね。すごく正しい葛藤だと思う。 Tさんのお母様は自分は受験のプロだという意識があったから、Tさんに期待してしまって、そのせいでTさんは勉強が嫌いになってしまったという自覚があるんですね。
T:当時はそうでしたね。
オ:そういう感覚を持っているのは、中学受験の親にとって大事な資産だと思います。ご自身が勉強で苦労した経験がある人こそ暴走しにくい。
T:ちょっとホッとしました。私は中学受験生の母親として劣等生だと思っていたので。
オ:迷いなく突っ走るのが正しいと誤解されやすいけれど、それがもっとも悲劇を招きやすい。周りの声が聞こえると気になるとおっしゃったけれど、その情報はかなりバイアスがかかっています。普通の人は、自分の家がどんな中学受験をしているかなんて語らない。べらべらしゃべっている時点でおかしいので。
T:確かにそうですね。
オ:迷いなくやって、それが正しいからと思って発信するけれど、そうしたお子さんの多くは潰れています。ごく一部の、たまたま打たれ強いお子さんがネットの中では成功談として喧伝されてしまっているだけ。もしかしたらTさんのお嬢さんも打たれ強くて、ビシバシやったら偏差値が5くらいは上がるかもしれない。でもそれでみんながうらやむ学校に入ったとしても「お母さんにうるさく言われたのが嫌だった」ってネガティブな後味が残る中学受験をさせたいですか? 人生の中で大切なものを失ってしまうわけじゃないですか。それをご自身は身をもってわかっているわけですよね。
T:そうですね。
オ:ハッパをかけて結果を出せば、確かに成功体験にはなりますよね。では、難関校に入るのとそうではない学校に入ること、その差によって人生何が変わると思いますか?
T:出会う人が違うとか? 大人になるにつれて「あの子は有名な中学卒だよね」と言われることも増えてくると思うんですよね。人にそう言われた時に、あの時頑張ったからだと自分に自信を持つことができるかなと。
オ:なるほど、じゃあ先ほど「自分がハッパをかけたほうが娘のためになる」って話していたのは、出会う人のレベルとか、周りからの見られ方によって作られる自己像ですかね。それがいい学校に入った時に得られる可能性としてイメージされているってことですかね? プラス、みんな言わないけれど、いい大学にも入りやすいんでしょう?ということでしょうか。
T:おっしゃる通りです。
オ:それが「サポートが100%ではない」と得られないという心配がある。お母さんとしては自律的な、押し付けじゃない中学受験をさせたい。レールに乗って引っ張られるのではなくて、自分の力で前に進んでほしいという思いがありますよね。当然それが理想。でもみんなが手段を選ばずトロッコに乗せてガンガン押していく中学受験をしている。それじゃ勝負にならないんじゃないかと。
T:はい。
オ:でも偏差値の違いで本当に出会う人が変わるのか、あとは「いい学校に通っている子」という周りからの目線による自己像が正しいのか、いい大学に入りやすくなるのかということを考えないといけない。過去の取材経験から先に話してしまうと、有名な進学校には、いい大学に入るポテンシャルを持っている子が集まっているからいい結果が出ているんです。そういう学校に入れば誰でもいい学校に入れるようになるというわけではない。あとは、周りの人に「いい学校だよね」と言われると確かに悪い気はしないんだけれど、いい学校に通っている私ってどんな存在なんでしょう。たとえば一流企業の名刺を持っていて、それを自慢するエリートってダサいでしょ。ダサいエリートにするためにハッパをかける価値なんてあるのかなって。
「あなたも自分の信じる道を歩きなさい。あなたのことを信じているからね」って伝えてあげればいいと思う。
T:あの、ちょっと聞いてもいいですか? 今、お話を聞いていて思ったんですが、たとえば「主体性を奪う」「詰め込む」というのであれば、中国とか韓国はもっと強いと思うんです。『タイガー・マザー』も話題になりましたし。国の文化として、それを正しいとしているところもありますよね。
オ:面白い質問ですね。僕は『タイガー・マザー』という本は、どこかで表立って批判しました。
T:ああ、やっぱり。
オ:あれくらいやれば確かにパフォーマンスは高くなるけれど、子どもの人生を冒瀆しているように私は感じます。デザイナーベイビーではないけれど子どもの人生を親がコントロールしたら、親の枠の中の人生。何も面白くないですよ。期待をかけて手をかけて、願いをかけるわけだけれど、それがことごとくうまくいかなくて裏切られて。でも全然違う形でその子の魅力が花開いてくれたら、それが子どもからの最大のサプライズプレゼントだと思うんです。「お母さんが求めていることとは違ったけれど、こんなプレゼントを持ってきたよ」と。
T:素敵だと思います。別の人間を育てているわけで、自分の想像を超えてくるのが子育てだから。
オ:道を間違えることでいろんな人と出会えて、「バスが来るまでお話ししましょうか?」なんてドラマみたいなことが起こるのも人生の彩りだから。面白いじゃないですか。僕はそれを親として子どもたちに伝えていきたい。
T:私もそんなふうに娘に伝えていきたいです!
オ:もう僕の思考回路をTさんは摑んでいると思うので聞いちゃいますけど、偏差値が高いA校とそれより5から10低いB校と。それぞれの高校で出会う人が違うかどうかって、僕はどう答えると思います?
T:Aのご家庭は、教育熱心。Bでは親御さんがそこに対する熱量があまりないと言えるのかなと?
オ:でも、中学受験しているだけに、熱量が少ない人はいないですよね。
T:ああ、そうですね。みんな同じ気持ちですよね。
オ:偏差値が高い学校にいる子は、勉強や学びに対する貪欲さ、成果を出すことへのこだわりが強い子が集まっている確率は高いですよね。だからこそ受験というイベントにおいて強みを発揮できるし、そういう子が集まっていると言えるかもしれない。そういう子たちは世の中的に高尚と言える話題を好む傾向にあるとは思います。一方で偏差値が下がるとどうなるのか。単純にそれぞれの興味がバラけてくるだけなんじゃないかと思って。学びに90、80%の興味が向けられる子が受験では上位に行けるかもしれないけれど、勉強が50で残り20がサッカーで、30がゲームという子もいるから。
T:引き出しがたくさんあるという点では、興味がたくさんある子は素敵だなと思ってしまいました。
オ:昔、東大生を取材した時に聞いた話で。「最低早慶以上じゃないと話が合わない」って言われたんです。それって自分のコミュニケーション能力にも問題があるんじゃないのって感じました。いろんな興味を持っている人もいるから世の中も多様になるんですよね。どっちがいいとは言えない。でもペーパーテストで測ると、高尚な話題に興味を持っている人が上位に来るしくみになっている。偏差値に関係なく、子どもたちが生き生きとしている学校はあります。それならいいじゃないですか。逆に偏差値は高くても子どもたちに元気がない学校もあります。窮屈な学校に行くと、生徒たちの目の奥に魂が見えない。
T:もう答えは出てきたような気がします。
オ:子どもの主体性を奪ってまで偏差値を上げる必要があるのかってことをもう一度問い直してみれば、答えは出てくると思うんです。僕の中学受験観に則っていえば、中学受験において親がすべきことって、人生における指針となるような価値観を言葉や態度で伝えることだと思うんです。決してハッパをかけることなんかじゃない。Tさんが親として伝えたい価値観を中学受験という機会を通して伝えられているのなら、中学受験の親としてすでに100%の力を発揮されているんじゃないでしょうか。
T:揺れ動いていたものが、今しっかり見えた気がします。
オ:また揺れ動くかもしれないし、揺れ動いて当然ですから。そんな時にどこに立ち戻ればいいのかって考えてもらえればいいと思うんですよ。
T:今までの迷いも晴れましたし、これから先、自分が生きるうえでどう成長していけばいいのかという指針も見えたので、すごくいい経験になりました。
オ:Tさんはお仕事されているし、そういう背中も含めて見せてあげて、「あなたも自分の信じる道を歩きなさい。あなたのことを信じているからね」って伝えてあげればいいと思う。すぐには意味がわからないと思うけど、中学受験が終わってしばらくすると、娘さんもそういうメッセージを理解できるようになると思うんです。それはすごく美しいプレゼントだと思うから。
T:今日のお話は受験だけではなくて、子育てにおいて立ち返る場所の目印になりそうです。ありがとうございました。
禅問答のような難しい問いにも、「正解」を当てに行こうとせずに、自分の頭で考えて、自分の言葉で答えてくれる、お母さんでした。そうやって自分と対話することで、中学受験の親のモヤモヤがちょっとは晴れていくものです。子どもが素直に言うことを聞いてくれて、成績がぐんぐん伸びていくのなら、悩みからは解放されるのでしょうけれど、それだけが解決の方法だとすると、子どもにとっては荷が重すぎると思います。
Profile
おおたとしまさ
教育ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。東京外国語大学中退、上智大学英語学科卒。リクルートから独立後、育児・教育分野で活躍。執筆・講演活動を行う。著書は『なぜ中学受験するのか?』(光文社新書)など70冊以上。
http://toshimasaota.jp/
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イラスト/Jody Asano コーディネート/樋口可奈子 編集/羽城麻子
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