【中学受験と学校選び】
共働きで子どものサポートが
十分できません
前編はこちら!
【今月の質問】
偏差値の低い私立を目指すか、公立中に進学するか迷っています
[受験進路相談室]
Iさんの場合
【家族構成】
夫、長女(小5)、次女(小1)
【今回相談する子どもの状況】
小3の4月から早稲田アカデミー通塾。授業についていけず答えを写すようになり、家族で話し合って小4の冬に一旦は受験をやめることに。ただ、本人がやはり受験したいと言い出し、小5の4月からは栄光ゼミナールに通塾、現在に至る。
私自身中学受験の経験はありません。娘に中学受験させようと思ったきっかけは将来する仕事、興味ある分野、出会う人間の幅が広がればいいなということで「私立がいいのかな?」と思い、塾に通いはじめました。中学受験をして将来専門学校だってありだと思っています。偏差値で学校は選ばない方がいいと聞いたので、子どもが興味のある分野から入ってみたのですが、実際、偏差値が低い私立中に進学するのはありですか? もしそのまま、進む場合、子どもにも現実もしっかり伝えた方がいいですか??
中学受験が人生の予行演習的なことになると思う
I(相談者):私は美容師をしていて土日も働いているのであまり見る時間がなくて、基本的には彼女に任せていて。やったかどうかのチェックはしてますけど。親が破天荒な分、子どもがマトモというか。夫もちょっと外れているので、その分、子どもが真面目で、決められたことは期限通りやるとかはできるんです。だから、あまり見ていないんですけど、子どもにかけている時間が多い人もいて。中学受験は親のサポートが大事って聞いたりするけど、親が働く中で私ができることって何だろうっていうのも、子どもに聞いてみた方がいいですかね?
オ(おおたさん):そうだと思いますよ。すごくいいと思います。「お母さんには仕事があって、べったり教科書の予習までするようなことはできないけど、お母さんに何ができる?」って。あとは、世の中的に親のサポートが大事っていうのも、それこそ親がお尻を叩いて勉強させたりしたら偏差値は上がりやすくなると思いますけど、そうすることで自立のチャンスを奪うし、子ども自身が試行錯誤するチャンスを奪いかねなくて。常に両親が近くにいてやり方を間違えたら叱ってくれるようじゃないと勉強できない子になるのと、自分で試行錯誤しながら自分の勉強の仕方や決めたことをちゃんとやるのとどっちが大事かと言ったら、僕は後者だと思うので。偏差値が5や10違っても人生においてそんなに差はないと思うから、そのために自立心や主体性を奪うとか、知的好奇心を揺さぶられる楽しさを奪うのは、僕はもったいないことだと思います。親のサポートっていうのは単に偏差値を上げることじゃなくて、子どもの瑞々しさを守ってあげること。中学受験の勉強って過酷なので、どうしても子どもらしさというか、子どもであるがゆえの感受性の豊かさや心の柔らかさを硬直化させてしまう部分があるので、できるだけその負の部分から守ってあげるのが中学受験の親の役割だと思っているので。ただ、世の中の一般的な中学受験指南書は、いかに学力を上げるかばかりに目が向いちゃってるから。それは中学受験っていう競技の中での最適化を考えればそうなのかもしれないけど、それって人生全体からしたらごく一部でしかないですよね。人生全体に活かせる学びの経験として中学受験を活かすとしたら何が大事なのかっていう視点で考えるべきなんです。その時にお母さんみたいに手に職を持って世の中に貢献している、しかもお客さんとフェイストゥフェイスで直接やりとりをしているってすごくお手本になると思います。お母さんが普段の仕事の中で大切にしていることを12歳なりに学ぶ機会、たとえば塾をサボりたくなる時にどうモチベートしていくかとか、でも最後までやり遂げることの大事さとか、お母さんの日々の生活の実感の話も交えながら、「そうだよね、辛い時あるよね。お母さんもパーマを巻くとか同じことの繰り返しで本当に嫌になっちゃう時あるけど、だけどそこで手を抜いちゃうと自分が嫌になっちゃうんだよね」とか、すごく肌触りのある話ができると思うので、そうなったら中学受験が人生の予行演習的なことになると思うんですよね。
I:人生の予行演習、それ、いただきます!
オ:その経験がない、それを語れない親が人と比べちゃうんだと思うんですよね。人と比べて出世が早いとか収入が多いとか、そういうのにとらわれちゃう人は偏差値にとらわれちゃう。
I:自分のことだったらパーン!と決めようって思うけど、子どものこととなると、自分が失敗したことは失敗させたくないなとか思っちゃって。お母さんのために受験しないで好きにしなよって言ってはいるんですけど……。決めたことならサポートはするし、やめるときはやめていい、自分がそう思うなら決めていいよって言ってるんですけど、自分でもやもやしているところがあったので、今日お聞きしてよかったです。
オ:多分お母さん自身が、人生何とかなるって確信があるじゃないですか。そのポジティブなところがお子さんへの安心感になっていると思いますよ。親だから、わが子には失敗してほしくないって思うだろうけど、お母さんが失敗しなかったことをお子さんが失敗するかもしれないし、失敗して傷ついてもそれも人生の一部だよねって、お母さんはわかってる。失敗するのが怖いからなんとか不合格にしたくないんですっていう親御さんも多いと思うけど、じゃあ、恋人ができて振られて傷つくのが見ていられないから恋人を拘束するんですか?って。振られて傷つくのも経験だよねってわかってるから、そんなことしないわけじゃないですか。受験も時の運のところがすごくあるから、受かったら受かったで素直に喜んだらいいけど、不合格だって人生の失敗でもなんでもなくて、当然傷つくけど、その不合格からすら学ぶことも多くあるはずで。努力が足りなかったなとか、運が悪かっただけだなとか、でもその結果行くことになった学校で素敵な出会いや経験があったら、人生の道というのは自分が思い描いていたものがベストとは限らないんだなって学べるでしょ。どんな風に転んだとしても、必ず学ぶものがあるし、そこでハングリー精神を学ぶこともあるかもしれないし。そういう経験にできたらいいんじゃないかなと思いますね。
選択肢がある中でここを選んだっていう自覚があれば、その道に対して誇りを持てると思う
I:ほっとしました。もう一つ聞いていいですか? 何校か受ける予定でいるんですけど、第一志望が今の偏差値よりも10以上高いんです。挑戦するのはいいなと思うんですけど、最初はその1校だけで他は受けないって思ってたんですけど、周りが他も受けた方がいいって言うんですよね。行っても行かなくても合格っていうのがあった方がいいよっていうんですけど、それは子どもにとっては必要ですか?
オ:仮にどこにも受からなかったとしても意味があったよって意味づけしてあげるのが親の役目だとは思うんですけど、それでも何も残らないのは、もしかしたら辛いかもしれないですよね。蹴って公立中に行くにしても、自分で選んだんだって思えることが大事なのかなと。中学受験をしないで地元の公立に進んだ子は、選んでないじゃないですか。自分で努力して中学受験をして、選択肢がある中でここを選んだっていう自覚があれば、その道に対して誇りを持てると思うので、そういう状況を作ってあげることは大事なことなのかなと。あと、首都圏には300くらい、東京の中でも200近い私立の中学があるんですよね。中学受験を知らなかったお母さんたちが後々よく口にするのは、調べれば調べるほど、偏差値に関わらずいい学校ってこんなにたくさんあるんですねって。だから、お嬢さんの望む学校っていうのは偏差値が今よりは高めなのかもしれないけど、魅力のある学校がまだ調べれば出てくる可能性があるので、それを見つけてあげることができると、わかりやすい形で自分の頑張りが評価されるチャンスを増やすことができる。その上で、公立の中学に進むならそれはそれでいいと思うし。子どもはなかなか他の学校の選択肢って気づけないから、これだけ選択肢があるんだよって示してあげて、選択肢を作ってあげることが優しさかなって思いますけどね。ここだけだって決めていくのも江戸っ子気質っぽくていいですけどね。それは家庭の価値観で、お嬢さんも偏差値が10足りなくてもここだけで勝負するわ!って思えるなら、それはそれでいいと思います。「似たような学校でもっとたくさんないか、お母さん調べるけどいい?」って話してみたりするのはいいと思いますけどね。
I:そうですね、親ができることって調べたりすることなんだなって。
オ:一般的に僕が言う中学受験論ってゆるい方だって言われているので、そのあたりはバイアスを補正しながら聞いてくださいね。世の中一般的には、いかに学力を上げるのかとか偏差値の高い学校に行くのかに寄ってしまっていると思うので、こういう考え方もあるって参考にしていただけたらと思います。
I:いや、今の自分にすごく響きました。
オ:その方がお母さんのキャラを活かせるというか、ご家庭の価値観にあった中学受験になるんじゃないかなって。それは決して間違っていないと思います。
I:ありがとうございます。娘に、今日はこういう話を聞いてもらうんだよって話しているので、帰ってきたらそのまま伝えます。ありがとうございます。
オ:ありがとうございます。さすが接客業ですね。話しているだけで僕も楽しい気持ちになりました。
このお母さんはご自身には中学受験経験がありませんが、一方で、美容師さんで、日々さまざまな背景をお持ちのお客さんと直接接しながら、職人として自分のプロの技を提供しているというのが大きなリソースだと思います。
Profile
おおたとしまさ
教育ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。東京外国語大学中退、上智大学英語学科卒。リクルートから独立後、育児・教育分野で活躍。執筆・講演活動を行う。著書は『なぜ中学受験するのか?』(光文社新書)など70冊以上。
http://toshimasaota.jp/
イラスト/Jody Asano コーディネート/宇野安紀子 編集/羽城麻子