【海外留学体験記】「私が私らしくいられるところ」娘の強い意志で留学は実りあるものに
中高一貫校に在籍しながら、中学卒業を待たずに旅立たせた親の寂しさや不安をよそに、意見や主張がはっきりした気質によりアメリカの地で、水を得た魚のように生き生きと成長した女の子のお話です。
Vol.20 中学3年から現在も留学
【Hさんの場合】

Vol.20 中学3年から現在も留学
【Hさんの場合】
【留学したときの学年】
中学3年生8月〜
【留学した国】
アメリカ→スペイン
【留学した学校】
John Bapst Memorial High School
【方法】
個人
【ステイ先】
9、10年生はホームステイ、11、12年生は寮
【費用】
年間約250万円(学費や寮・航空券など込み)
※従兄弟がいるので現地価格でした
「私が私らしくいられるところは
海外なんだと思う」。娘の
強い意志での留学は実りあるものに
行くまで
幼いころからネイティブに間違われることもあるほど英語の発音が上手だった娘。小学校の時はインターのアフタースクールへ通ったり、夏休みに海外のサマースクールに参加していたので、娘にとって英語はいつも得意科目でした。中学受験の学校選びでも意識したのは英語を活かせる環境。縁あって進学した中高一貫の女子校も留学がさかんな校風でした。中2の1月には本格的に留学先を探し始めたのですが、学校が提携している留学先はオセアニア圏がメイン。娘自身長期留学を希望していることと、アメリカ東海岸に娘の叔父(私の従兄弟)が住んでいることもあり、思い切って学校提携での留学をやめ、個人で留学先を探すことに決めました。叔父のサポートもあり、エージェントを通さずに直接手続きを。英語の手続きはかなり大変でしたが、手数料がかからない点は予算的にも大きなメリットでした。中3の3月に東海岸のボーディングスクール3校にエントリー。TOEFLのスコアよりも英語でのコミュニケーション能力やエッセイ、得意な会話を評価され合格をいただき、最終的には叔父の住まいに近い私立高校を留学先として確定。全寮制ではなく自宅から通うローカルの生徒もいる学校を選択し、在学4年間のうち2年間は叔父の家から通いました。叔父は教育熱心で「せっかくアメリカで勉強するんだからその間はNO BOYね!」と旅立つ前から釘を刺していたくらいで、その点も安心でした(笑)。中3の6月に日本の学校を退学し8月に出発。日本の女子校からアメリカの共学校への転校、より自分らしく過ごせるのではと期待していたようです。
行ってから
留学先でも、積極的な性格が功を奏し、生徒会の役員やチアリーディング活動を通じて、娘が得意としていた、話す・伝える・表現することが更に磨かれるとともに、留学生活を通して人の意見や行動を尊重することも育めたようです。ただ、チアの大会中に転倒して脳しんとうを起こすアクシデントも。この時ばかりは予め保険に入っておいて本当に良かったと思いました。留学生の医療費は高額なので、いざと言う時のためにも保険に入っておくことは大切だと思います。人と話すのが大好きな娘は英語以外の言語にも興味を持ち、第2外国語で中国語を4年間、ほか2年間の寮生活を通じて韓国語やスペイン語も日常会話程度なら喋れるようになっていました。長期休暇を終え帰国のたび、涙が出るくらい寂しい思いでしたが、親もとから離れて1人で闘っている娘には「強い気持ちでしっかり頑張ってきなさい!」と背中を叩いて送り出していたものでした。ある時、娘がぽつりと「私が私らしくいられるところはアメリカだったんだと思う」。その言葉を聞けただけで親として充分!家族の大切さも実感したようで、帰国のごとに自分のことは自分でする自己管理能力が育まれていることも実感できました。高校卒業後は、友人の紹介や本人の希望もあり、スペインの歯学部へ進学することに。英語とは違う言語を学びながら、新たなる挑戦に邁進中です。
撮影/相澤琢磨 取材・文/鍋嶋まどか 編集/羽城麻子
VERY NaVY2022年6月号『実例・我が家の留学体験記』より。詳しくは2022年5/7発売VERY NaVY6月号に掲載しています。
取材内容は、留学当時の情報になります。