今年、時代小説『けんぐゎい』で直木賞を受賞した作家の朝倉かすみさんは、40代で作家になったことでも知られています。それまでも小説を書き続けていましたが、なかなかチャンスに恵まれず、ある時、「自分らしさとは?」と振り返ったことがデビューへのきっかけとなったそうです。
産む、産まないは
もっと自由な選択であるはず。
自分の意思とは別なところで動いている
何かがあると常に感じていました
女性の生きる時代は良くなったのか、女性の体は女性自身のものなのか。痘痕(あばた)や火傷を負い引け目を感じながら生きる圏外の女性たちが、尊厳を取り戻し、自分たちの居場所を見つけていく朝倉かすみさんの直木賞受賞作『けんぐゎい』には、あらためてそれを問うような台詞があります。
「いかなる理由や働きかけや脅しがあろうと、女は、産まされてはならぬのである。それと同じく、いかなる理由や働きかけや脅しがあろうと、産めないことがあってはならぬのである」
痘痕を負う主人公のふゆが陵辱に遭い、救いを求めた女医のおこまさまが放ったこの台詞。多くの女性読者が反応したことに「普通のことしか言っていないはずなんです」と、朝倉さん。
「普通とされていない現状があるから、この台詞が引っかかるのでしょうね。生殖においては“産んだほうがいい”という社会的な圧だったり、みんなが産んでいるからそうしなければいけないと考えてしまったり、女性の意思とは別のところで動いている何かがあると常に感じていました。自分自身の体ですから、産む、産まないはもっと自由な選択であるべきはずなのに、と」
『けんぐゎい』の執筆以前より、いつかは時代小説を書きたいと江戸時代の資料を興味が赴くままに読んでいたそう。そのなかで覚えた女性としての怒りも、物語に熱を添えたといいます。
「武家の妻は子どもを産んだら乳母に預け、また産んで、を繰り返させられる。女性が刑罰で自白をすんなりすると“ご褒美だ”と挿入されてしまう。手籠めというと様式的な響きがあるかもしれませんが決してそうではなく、女性は絶対に傷つき、その傷は生涯残り続けるものだと思います。彼女たちの痛みとは、どのようなものなのか。断片でもいいから彼女たちが体験したことを、本人の言葉で語らせたいと考えました。13歳の女の子が歯をカチカチさせながら“旦那さまがグ、グ、グ、グワアアッと”と、股を押さえながら“痛い、痛い”と訴え、でもそれを母親に“ありがたいじゃないか”と言われてしまう。手籠めにされたという1色のイメージで終わらせない、もっとリアルで身近な傷みとして感じてほしかったんです」
ひとりの力は弱くても何人か揃えば
アベンジャーズみたいに
強くなれるのではないか
自分を、自分の性をぞんざいに扱われることのつらさ。“圏外”の女性たちを追い詰める圧倒的な悪に打ち勝つための力となったのは、彼女たちが持つ本来の力と連帯。
「痘痕を負ったふゆは、それを申し訳ないことと思って生きてきましたが、女医のおこまさまと出会ったことで本来の利発さを発揮。妹のりよや手習い所で働く女中つるなど、同じ“圏外”とされてきた女性たちと力を合わせます。“圏外”の人でも、そうでない人でも。何人か揃えばアベンジャーズみたいに強くなれそうじゃないですか」
江戸という生きたことのない時代の、馴染みのない言葉で語られながらも、激しく心を揺さぶられる今作。「書きながら、これまでになく言葉に対する気持ちが解放された」という理由について、朝倉さんはこう語ります。
「現代のことは、この職業の人はこんな格好でこれぐらいの年収で、こんな生活をしていてとだいたいはわかりますし、細かいこともスマホで調べれば出てきますよね。昔のことは詳細まではわからず、書くときの材料も少ないんです。情報がありすぎると冷静になってしまうところを、わからないことが強みになって言葉が解放され、溢れたという気がします。実際の私は60代ですが、小学生ぐらいの語彙で熱烈なラブレターを書くように言葉を放っていった感覚です」
背が小さい、目が悪い、
身体的な描写がしたい…
小さな特徴が集まったものが、
私という人。
持って生まれた味を生かすことで
作家になれた
夢への想いが消えずに膨らみ続ける大人たちに光を届けた、60代での直木賞受賞。祝福の言葉のなかに「励みになりました」が含まれる確率は100%に近いとのこと。
「そう思っていただけるのは本当にうれしいです。若い才能が目立つ時代、30代の女性からは“クリエイティブなことがやりたいけれど、何をやってももう最年少は無理。朝倉さんの老婆作家になりたいという言葉を聞いて、そういう考え方があるのかと励まされました”と言ってもらえて。そんなたいそうなことは言っていないと、びっくりしているんです(笑)」
一次審査で落ちてばかりだったという朝倉さんが、作家になるために本腰を入れたのは40代のとき。
「自分の軸を曲げてまで評価されたいとは思わない、それでもコツコツ毎日書いていれば誰かが見つけてくれるだろうという勘違いが長く続きました。でも当時は賞をとるという評価がないと作家にはなれず、そのときに立ち返ったのが“自分が持って生まれたもの”を生かすこと。私は本来どういう人か、自己アピールをあらためて考えることにしたんです。北海道に住んでいる、歳は若くない、目が悪い、背が低い、書くことでは身体的な描写をしたい。たいしたものはありませんが、小さな特徴が集まったものが私です。変わった作品で注目されようとすれば、珍しさだけが目を引いて個性は埋もれてしまうかもしれない。よくある題材のなかで自分らしさを生かせば個性が浮き上がってくるはずと書くようになり、ようやく作家として活動できるようになりました。いいところも、認めがたいところも。主人公のふゆもそうですが、持って生まれた味とは、結局そこに立ち戻り、自分とどう手を繋ぎ生きていくことかと思います」



取材当日はトレードマークのピンクヘアに、ブラック コムデギャルソンのジャンパースカートで登場した朝倉さん。執筆の際もお気に入りの服に着替えてテンションを上げてからパソコンと向き合うというファッションを楽しむ姿も、年齢を重ねることへの憧れに。
「書くこともファッションも、常に今が一番楽しいと思ってやっています。老婆作家という目標に向けて、いつから着物を着ようかなと考え中です」
撮影/光文社写真室 取材・文/櫻井裕美

『けんぐゎい』(朝倉かすみ・光文社)
利発だが、幼い頃の病が原因で、痘痕の残るふゆとその妹で器量良しのりよ。幼くして父を亡くし、ふゆは手習いの師匠のもとで手伝いを、りよは船宿で奉公を始める。その後、ふゆは師匠の養子に手籠めにされ懐妊。現人神と崇められる医者と出逢い、人生は大きく変わっていく。
PROFILE
朝倉かすみさん
1960年北海道小樽市生まれ。2003年『コマドリさんのこと』で北海道新聞文学賞、2004年『肝、焼ける』で小説現代新人賞を受賞し、作家デビュー。2009年『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞を受賞。2019年『平場の月』で山本周五郎賞受賞、直木賞候補に。映画化もされ話題となる。2024年には『よむよむかたる』も直木賞候補に。











