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一般家庭から歌舞伎界へ!中村莟玉さん「好き」からの道の拓き方

歌舞伎俳優の中村莟玉

子どもの夢はとても無邪気。まだ叶える難しさを知らない彼らの無垢な「好き」は、大人の胸を打つ。歌舞伎俳優に憧れ、一心に真似て踊る男の子の姿は一般家庭から歌舞伎界へ続く道を拓いた。真っ直ぐな想いで夢をつなげる、中村莟玉さんの物語。

ーーー中村莟玉さんインタビュー
きっかけは2歳!リアル“国宝”歌舞伎俳優
「歌舞伎が好き」からの
道の拓き方

「好き」が溢れ出ていた。
それが歌舞伎の世界へ
誘われた理由かもしれません

歌舞伎俳優の中村莟玉さん

「歌舞伎俳優はその世界に生まれた人がなるもの。自分はなることができないと母から教わっていたので、幼い頃、歌舞伎俳優はウルトラマンと同じヒーロー的存在。おもちゃ箱にはウルトラマンやゴジラと一緒に足袋が入っていて、気づけば歌舞伎ごっこに夢中になっている。そんな子どもでした」
通説を裏切り、一般家庭から歌舞伎界へと夢をつなげた中村莟玉さん。歌舞伎ファンの母親が観る演劇中継を食い入るように見始めたのは、わずか1歳のとき。それなら本物をと、2歳で母親とともに初めて歌舞伎座を訪れた。
「それがどんな舞台で、自分は何を感じたか。正直その記憶はなくて、一番古い記憶は地下鉄の階段を上がった先に見えてくる、歌舞伎座の景色。荘厳な屋根がだんだんと覗くその映像は、今でも鮮明に覚えています。当時の私にとってはディズニーランドのようにワクワクする場所でした」

自分から強く求めず
与えられたものを存分にやる。
小さい頃からの性分は部屋子に向いていたみたいです

傘を持つ歌舞伎俳優の中村莟玉さん

6歳のとき、歌舞伎界との距離がぐっと縮まる。劇場のロビーで頰被りをしてお芝居ごっこをしていた姿が日本舞踊の先生の目に留まり「うちにお稽古にいらっしゃいよ」と声をかけられたことがきっかけで縁が重なり、歌舞伎界への扉が開いていく。「運がよかった」と莟玉さん。それでもよほど光るものがなければ7歳で中村梅玉に弟子入り、9歳で初舞台、翌年に中村梅玉の部屋子となり、中村梅丸として歌舞伎俳優デビューという具合に、ことは運ばないはず。“運”以外の理由を尋ねると「“こいつはできそうだ”という期待ではなく、“そんなに好きならやらせてみよう”と、梅玉はじめ先輩方に面白そうと思っていただけたのがよかった気がします。好きが溢れ出ていた、私が歌舞伎役者になるために持つ、唯一で最強のカードだったのかなと」。
中村梅丸として13年間必死に芸を磨く日々。中村梅玉の養子となり、初代・中村莟玉として改名したのは23歳のときだった。
「御曹司ではない自分がチラシに名前が載るような幹部俳優になるには、当時は養子になるしか道はないと思っていました。なりたいと強く望んでいたけれど、声がかからなくても歌舞伎俳優として生きる覚悟は決まっていました。歌舞伎はとっくに好きを超え、失ったら生きていけない執着に変わっていました。梅玉からあなたを養子という話をされたときは嬉しいしかなかったです。実母は私の夢を分かっていたので、“よかったね”と送り出してくれました」。迷いなき歌舞伎への想い。莟玉さんが初めて人生の選択の壁にぶつかったのは大学進学を決めたとき。

歌舞伎をやるうえで精神の
安定になっていた学業との両立。
自らの意志を通して
大学進学を決めました

歌舞伎俳優の中村莟玉さん
中村莟玉さんが持つ傘

「7歳から歌舞伎の世界に入り、学業と両立しながらやってきました。それが急になくなる不安、歌舞伎俳優としての引き出しの少なさも気になり、大学進学を考えるように。梅玉は賛成、養母は大反対。養母は外の世界から入った私を責任感を持って面倒を見てくれていたので、“大事な時期に”との反対も当然だったと思います。結局は自らの意志を通して大学に進学。近世文学を学び合巻や黄表紙を学んで改めて歌舞伎について考えたり、コロナ禍で仕事が一切できないときには同級生とオンライン飲み会をしたり(笑)。社会人手前の揺れる時期の4年間は今となっては有意義で、あの時の選択が正解だったかは歌舞伎俳優として結果を出すことで示していくしかないと思っています」
愛らしい女方、凛とした立役。どちらも巧みにこなし、歌舞伎のホープと注目される莟玉さん。話題の映画になぞらえ“リアル国宝”ともいわれる、これまでの歩みを振り返る。
「“謙虚に、何でも勉強だと思い一生懸命やりなさい”。梅玉の教えは私の人間形成に大きく影響しています。前のめりにならず、与えられたものを存分にやる。そうでなければ歌舞伎俳優としての今は難しかったと思います。小さい頃からの性分とも合っていたのかなと。好きだからこそ謙虚に、憧れと尊敬を持って進む。それはこの先も変わりません」

PROFILE

中村莟玉(なかむら かんぎょく)1996年生まれ、東京都出身。2004年に中村梅玉に入門、翌年に初舞台、’06年に梅玉の部屋子となり初代中村莟玉に改名。大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の出演など歌舞伎界を超えて活躍。

撮影╱嶌原佑矢〈UM〉 ヘア・メイク╱塩田勝樹〈Sui〉 取材・文╱櫻井裕美 編集╱本間万里子
*VERY2026年9月号『「歌舞伎が好き」からの道の拓き方』より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。

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