医学者・解剖学者で、大ヒット作『バカの壁』の著者としても知られる養老孟司さんの新刊、『きみがきみであるために 不自由の壁をぶち壊せ!』が8月19日に発売されました。本書は、長年の友人で森のプロデューサーを務める﨑野隆一郎さんとの共著で、「学校が苦しい」「夢がない」「他人の評価が気になる」など、子どもたちから寄せられた55の問いに養老さんが答えた問答集です。
前編に続く今回は、学校に行くことや生きることの意味、そして「子どもが子どもらしくいられる社会」についてなど、子育て中のママたちにとっても切実な問題に関して、養老さんに伺っていきます。
「学校に行かなくてもいい」-今、当たり前を見直す時期
―今回の著書には、「どうしたら学校が楽しいと思えるの?」「朝、行きたくなくなるのはなぜ?」「Zoomがあるのに登校する意味は?」など、学校に行く意味を見出せずに悩む子どもたちの声が多く寄せられています。不登校に悩む子どもや親御さんが増え続ける今の状況を、養老さんはどう思われていますか?
養老さん(以下同):不登校児が増えた要因はさまざまでしょうが、子どもたちが「学校に行きたくない」と言うのならば、きっと今の学校自体が何かおかしくなっているんでしょうね。でも、そもそも子どもも親もなぜ「学校には行かなきゃいけないものだ」と思っているのでしょう。嫌だったら無理に行かなくてもいいし、教室から飛び出したっていいんです。
―養老さんは、本書のなかでも、一貫して子どもたちにそう答えていらっしゃいます。我が子の不登校に悩む母たちにも、伝えたい思いは同じですか?
これだけ不登校の子どもが増えるなかで、「それでも学校に行かなければいけない理由」を明確に答えられる大人が、どれだけいるでしょう? 誰もはっきりした答えを持っていないことを、子どもたちに無理強いする必要なんてないのです。学ぶ場所は、ほかにもいくらでもあるのですから。
―「学校は行くべきもの」という大人の固定観念が、子どもたちを苦しめている側面もあると?
それがすべてではないにしても、ここらで日本人は、「当たり前だと思ってきたことを考え直す時期」に入ってもいいのかもしれません。当たり前だと信じてきたことが、実は当たり前なんかじゃなかった。それをいちばんよくわかっているのが、子どもたちです。そう考えると、意味を見出せない学校に行かなくなるのも納得できます。
僕らの頃は、家にいたってつまらないから学校に通っていました。小学生の頃は、朝8時前から学校に行って、校庭で友達と野球です。そのために学校に行っていたんです。ただそれだけの理由だった。でも、今の子どもたちは、そうも言っていられないのでしょう? 大変ですよ。
「生きる意味」なんて、子ども時代には考えなくていい
―子どもの自殺者数の増加も深刻な社会問題になっています。本書のなかでも「どうしたら自殺せずにすみますか?」と15歳の子が養老さんに質問をしていたのが印象的でした。
子どもが自ら死を選ぶなんて、本当に嫌な世の中です。10代の自殺率が年々増えている。まずい事態だと思いませんか? 子どもが死なない社会に立て直さなければいけません。
―厚生労働省の発表によると、2025年の小中高生の自殺者数は、統計のある1980年以降で最多となったそうです。何が今の子どもたちを追い詰めていると思われますか。
社会に任せていたことが、昨今、個人に戻ってきたことも一因かもしれません。僕たちが子どもの頃は、生きるも死ぬも「お国のため」と教えられてきました。でも、戦後の日本では「生きる目的」のような重い課題まで、すべて個人に丸投げされました。それ自体は悪いことではないんだけれど、その結果、子どもたちまでが「なぜ生きるのか」「生きがいとは何か」といった、わけのわからない問いに悩むようになってしまいました。
―現代は、子どもにとって「生きること」そのものが不自由になっている、とも言えるのでしょうか?
「何のために生きるのか」なんて、子ども時代には考える必要のないことです。ただ生きていればそれでいい。だって「なぜ生きるのか」なんて、考えてもしょうがないでしょう? 現に今、僕たちは生きているんだから。
そんなことを考えて悩むのは、自然界でも人間だけですよ。「生きる意味」なんてわからなくても、子どもが子どもであることを丸ごと認めてあげさえすればいい。そんな環境を、親や周囲の大人が作ればいいのだと思います。
「養老昆虫館」と呼ばれる箱根の別荘。養老さんが一つひとつ手作りした昆虫標本のケースや本が、壁一面に並ぶ。
子どもは自然そのもの。だから、理由なんてなくていい
―養老さんが思う「子どもが子どもであることを認める社会」とは、どんな社会なのでしょう?
子どもは自然そのものです。無心に目の前の虫を捕まえたり、お寺にお供えしてあるお菓子を食べてしまったり。そこに理由も目的もない。やりたいことをやっているだけです。でも、子ども時代はそれでいいんですよ。子どもが子どもでいられない社会なんて、窮屈ですよね。
―今の日本は、大人自身も窮屈なのかもしれませんね。何をするにも理由や目的が求められ、目の前のことを純粋に楽しめない。子育ても、そうなってしまっているのかもしれないな、と思いました。
そうですね。私も日本全国で講演会をしていて、しみじみ思うのは、“機嫌の悪い爺さん”の多さです。僕が冗談を言っても、くすりとも笑わない。「どうしてこんなに不機嫌な老人が増えちゃったんですかね?」と、エッセイストで思想家の内田樹さんに聞いてみたことがあります。
すると、「日本人は『辛抱さえしていれば、いいことがある』『我慢が美徳』と教わって生きてきたのに、この歳になって『ずっと我慢してきたけど、いいことなんてなかったじゃないか』と、実感しちゃった。だから不機嫌なんじゃないですか?」と。なるほど、と思いましたね。不機嫌な大人はダメです。大人の不機嫌は子どもに移りますからね。
―まずは、子どもたちにとって一番身近な存在である母親たちが機嫌よく過ごしていることが大切なのかもしれません。ちなみに、養老さんご自身も「ストレスがたまって不機嫌になる」ことはありますか?
僕は、ストレスはためません。居心地が悪いと思ったら、すぐに逃げるようにしていますからね。日本人は、居心地の悪いところでも逃げずにがんばるから、機嫌が悪くなるんですよ。
日本は高度経済成長の時期に、大勢の「黙って働くサラリーマン」を生み出してきました。学校教育の目的もそうだったように思います。でも、もう黙って耐える人間を生み出すような社会は、終わりにしてもいいんじゃないですかね? 子どもも大人も、母親たちも、自分が心地よくいられる場所を探して、てんでバラバラ、好きなことをしていればいいのだと思いますよ。
―子どもたちの幸せを願うなら、まず変わらなければいけないのは、私たち親世代なのかもしれませんね。
大人がしなやかな強さを持ち、機嫌よく生きていれば、それだけで子どもたちの肩の力も自然と抜けますよ。
55の問答には、自分軸で生きるためのヒントが満載

養老先生が、10年にわたり欠かさず参加している夏キャンプ「夏のガキ大将の森キャンプ」。リーダーの﨑野隆一郎さんは24年ものあいだ、多感で揺れる年ごろの子どもたちを見続けてきました。この本では、キャンプと同世代の小4から中3までの子どもたちから、今何に悩み、苛立ち、抜け出したいと思っているか意見を集め、その悩みや相談を、養老先生にぶつけてみました。普段子どもたちが親にも先生にも口に出して聞けないような質問に、養老先生は軽妙で、明快な答えを明示。子どもに活を入れつつ、心にそっと寄り添います。そして、キャンプを主宰する﨑野さんも、生きる力の取り戻し方を伝授します。
なぜ学校に行かなければならないのか、なぜ親はうっとうしいのか、なぜ生きることがこんなに不自由なのか……。「不自由の壁」に阻まれている思春期真っただ中の10代に、養老孟司先生が壁のぶっ壊し方を教えます。
養老孟司
ようろう・たけし 1937(昭和12)年、神奈川県鎌倉生まれ。医学者、解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。京都国際マンガミュージアム初代館長。2003年に出版された新潮新書『バカの壁』が大ヒット、460万部超えのベストセラーとなる。『養老先生、病院へ行く』『かけがえのないもの』『まる ありがとう』『時間をかけて考える』など著書多数。趣味は昆虫採集。
ナビゲーター 﨑野隆一郎
さきの・りゅういちろう 1957(昭和32)年、鹿児島県生まれ。モビリティリゾートもてぎ内「ハローウッズ」森のプロデューサー。1981年、大雪山国立公園内の然別湖畔に移住、冬季湖上に氷上露天風呂、アイスバー、氷上ミュージアム等を設計建設。然別湖コタン運営企画に携わる。2002年夏より森の中で30泊31日を過ごす「夏のガキ大将の森キャンプ」を実施。自然案内のプログラムリーダーとして活動。 夏のガキ大将の森キャンプ詳細はコチラ
撮影/沼尾翔平 取材・文/小嶋美樹









