昨年映画化された『平場の月』など、VERY世代にも話題の小説家・朝倉かすみさん。今回、自身初となる時代小説『けんぐゎい』を発表しました。「新人賞は落選続き。デビューは40代になってから」「60代の今になって、もっと強くなりたいと思った」と話すご本人に、変化の理由や新刊についての思いを伺いました。
少数派だったからこそ小説家になれた
──朝倉さんは結婚後、43歳で作家デビューします。小説を書き始めてから、比較的短期間でデビューできたのでしょうか。
いえいえ、そんなことはありません。小説教室にも通い、年に1、2本書いて文学賞に応募していましたが、ずっと一次選考で落ちていました。このままじゃいけない。絶対作家になるんだと決め「月に1本は書こう」と本腰を入れ始めたのは40歳の頃です。新人賞を獲るにはどうしたらいいか?と聞かれることもありますが、「自分自身の持っている特徴を出すこと」は大事だと思っています。私の場合は、短大卒業後、すぐに就職や結婚をするのが当たり前の価値観のなか、なかなかその波に乗れず遠回りした時期があったことも今思えば特徴になりました。平凡なようで見落としがちなものにこそ、その人の特徴があると思います。周囲と同じように振る舞えず、ずっと少数派と思ってきましたが、作家になるうえではよかったと思っています。
「強くなりたい」と思ったきっかけはオンラインゲーム
──その後、仕事と家庭の両立などで苦労することはありましたか?
短大卒業当時は「女性は仕事をそんなに一生懸命やらなくてもいい」「それより家のことをちゃんとやってくれ」というスタンスの男性パートナーが多かったように思います。1980年代のアイドルの曲には「女の子って少しダメなほうがいいの」というようなニュアンスの歌詞がよくありました。私も含め、女性たちは強くなることにどこかためらいがあって、「強いと女らしくないんじゃないか」、「可愛いと思われないんじゃないか」という葛藤を抱えていたように思います。今は「強くなっても大丈夫。むしろそのほうがいい」と、仕事や家庭のことで悩んでいる人にも言えるのですが……。
──「強くなっても大丈夫」と思えたきっかけはありましたか?
50歳を過ぎて始めたオンラインゲームですね。ゲーム上は、その人の年齢や所属、持っているものは関係なく、何より強いことがかっこいい空間なんです。これまで「強くなりたい」と思うことは、私にとってけっこう高いハードルだったのですが、オンラインゲームであっさりと「強いことはかっこいい」と思えるようになりました。ゲームの世界では、どこの誰であるとか男とか女とか、肩書や性別で区別されないフラットな関係でいられるのも楽でした。
デビュー当時から書きたかった「時代小説」
──ここからは新作『けんぐゎい』についてお聞きしたいと思います。朝倉さんにとっては初の時代小説です。インパクトのあるタイトルにも驚きました。
学生の頃から落語や講談が大好きで、デビュー後もいつか時代ものが書きたいと思っていました。タイトルの『けんぐゎい』は「圏外」のこと。主人公のふゆをはじめ、人と違っていたり、差別されていたりする人、「圏外」にいる人が多く登場します。
──どこか現代に通じるような作品だと思います。朝倉さんが感じている社会の課題などを小説に反映しているのですか。
実は、そういう大振りなことは何一つ考えていないんですよ。テーマというのは書き始めた後に立ち現れるもので、どの作品も「このテーマを伝えたい」という思いで書き始めたわけではありません。それでも、書き進めるうちにラストまでの景色がはっきり見えてきます。新人賞を受賞したデビュー作「コマドリさんのこと」の主人公は、30代後半になっても、ひけ目でいっぱいで、自分の殻に閉じこもっている女性。『けんぐゎい』の主人公ふゆも、コンプレックスがあり、聡明なのにひけ目があり、生きづらさを感じている女性です。そんな女性が、自分の武器を手に入れて、次のステージに向かっていく話であることはどちらの作品に同じ。物語のなかで度重なる困難を乗り越えていくふゆは「自分だけの善しがあるんだ」と気づき、自分や仲間にとって居心地のいい場所を作ろうとしますが、それはこれまでの作品で描いてきたこととも共通していると思います。
60代の今「私はこれがいい」と言えるようになった
──今回の小説の主人公・ふゆは逆境のなかで居場所を見つけ、新しい自分に変わっていきますが、ご自身も40代までと50代以降で心境の変化がありましたか?
ずいぶん変わったと思います。他の人はどう思っているんだろう……とためらわず、自分の意見を言いたいときに言えるようになりました。以前は、小説についてインタビューを受けても、自分の本音はいったん置いて、きっとこういう答えが求められているんだろうと想像して答えることもありました。でも、今は相手の期待に応えよう、合わせようと意見を変えるのではなく、率直な自分の思いを口にしたいと思っています。
──VERY読者からも「私なんて」と思ったり、意見を言えなかったりするという声を聞きます。
別に言いたくなかったら無理に言わなくていいと思うのですが、自分が思ったことを口にしなかったとしても、傷つくこと、誤解されることはあります。だったら今、言ったほうがいいような気がして……。一方で、言葉にして伝えることだけが最善というわけでもないとも思っています。言葉で言わなくても折り合いがつけられるという人もいるので。ただ、どうしても言わなきゃならない、ここぞという時には伝える努力をしないといけないはずです。
──言わなくてはいけない時とはどんな時でしょうか。
たとえば育児中の人は、子どもが危険なことをしようとしたら、きっと本気で向き合おうと思うでしょうし、なぜいけないかを言葉で伝えたいと思いますよね。私は今も、発言することに怖さを感じています。伝えたい思いがあっても、その通りに受け取られるとは限らないので。まずは一生懸命話して、それからは流れに身を任せることにしています。自分としては相手と向き合うってそういうことだと考えています。
『けんぐゎい』(朝倉かすみ・光文社)
利発だが、幼い頃の病が原因で、痘痕の残るふゆとその妹で器量良しのりよ。幼くして父を亡くし、ふゆは手習いの師匠のもとで手伝いを、りよは船宿で奉公を始める。その後、ふゆは師匠の養子に手籠めにされ懐妊。現人神と崇められる医者と出逢い、「本物のお前に目覚めよ!」と言われたふゆの人生は大きく変わっていく。『平場の月』作者の手によるエモーショナルな新・時代小説

PROFILE
朝倉かすみさん
1960年、北海道小樽市生まれ。2003年「コマドリさんのこと」で北海道新聞文学賞を、2004年「肝、焼ける」で小説現代新人賞を受賞し、作家デビュー。2009年『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞を受賞。2019年『平場の月』で山本周五郎賞受賞、直木賞候補に。映画化もされ話題となる。2024年には『よむよむかたる』が直木賞候補になった。
取材・文/石川仁美 撮影/光文社写真室ほか朝倉かすみさん提供









