数々のメディアでのスタイリングをはじめ、TV出演やブランドディレクターなど、幅広い活躍を続ける人気スタイリスト・小山田早織さん。そんな彼女の初めての出産は約3年前、今よりもずっとストイックに働いていた時でした。それまでの生活が一変したことの影響は想像以上で、産後はひどく落ち込んでしまったそう。「もうスタイリストをやめたい」とまで思い詰めてしまった理由とは?
そして、ふたたび“自分軸”を取り戻した、そのきっかけは……なんと 段ボール100箱分の服を手放したことでした。
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寝る間なく働くなかで待望の妊娠
休めることが嬉しかったはずなのに…
私はとにかくスタイリストという仕事が大好きで。それこそ寝る間も無く、本当に毎日忙しくしていました。でも、やっぱりどこかで走り続けてきた疲れを感じていたんでしょうね。初めての妊娠が判ったときには、ずっと欲しかった子供を授かった喜びと一緒に、 “あぁ、ようやく休める”と思ったことを覚えています。
ということで徐々に仕事をセーブし始めたのですが、そもそも「家で1人でゆっくり」みたいなことが苦手なのかもしれません。ひとり時間が長くなればなるほど落ち着かなくて、延々とクローゼットの整理整頓をしていました。デパートのベビー用品フロアに足繁く通っては、新たにモノを買ってきて。すでにパンパンのクローゼットにさらに服を追加する、片付いていないと嫌だから必死に畳んで詰め込んで––ということを、毎日毎日繰り返していましたね。
出産後1ヶ月、しんどさはマックスに。
寝不足よりなによりいちばん辛かったのは…
そうして、とくにゆっくりした時間も過ごさないまま迎えた出産。初めての出産自体はとても感動的でした。ですが…… 産後に待っていたのは、想像以上にしんどい毎日。当たり前ですが、外に出かけられず、眠れる時間も一息つく時間さえ赤ちゃん次第。心がまえをしていたつもりでしたが、自分の時間を完全に捧げる生活リズムに、体力的にも精神的にボロボロになりましたね。
そして、そんな余裕のない状況ですら、相変わらずクローゼットやタンスからあふれた服やモノを片付けていました。赤ちゃんが寝てくれたなら自分も一緒に休めばいいのに、「ここを片付けてからじゃなきゃダメ!」と。少しぐらい散らかっていても気にしなければいいのに、そのままだと「私ってダメなやつだな」と落ち込んでしまって。眠くても疲れていても、とにかく必死に片付けていましたね。
書籍『稼働率100%クローゼットの作り方』 から。昔の、ぎゅっと詰め込まれたクローゼット時代。
これまでの自分では考えられない孤独感…
インスタの反応だけが自己評価のものさしに
家から出ずに慣れない新生児のお世話、そして延々と続く片付けに追われる毎日。もちろん赤ちゃんが可愛いのは大前提なのですが…育児中のママからよく聞く言葉、まさに「社会と分断された気持ち」になっていきました。
そんななか、唯一社会と繋がっている気持ちになれたのがインスタグラム。ですが、最初は息抜きのような距離感を保てていたのに、気づけば1日に何度も何度も“いいね!“やフォロワーの数をチェックして。しまいにはインサイトまで気になって。いつの間にか、インスタの反応が自分の価値のすべてのような気持ちになっていたんです。
ぐちゃぐちゃになった自己肯定感
「スタイリストをやめたい」と思うように…
投稿内容も、以前は自分が良いと思ったものを迷わず発信できていたのに、気づけば基準は「皆に“いいね“って思ってもらえるもの」。その時のしんどさを素直に吐けていたら良かったのかもしれませんが、「スタイリストらしいことしかアップしちゃダメ」という頑なな気持ちがあって。本当はファッションどころじない心境なのに、必死に繕っていましたね。
気づけば何かを発信するのも、自分を認めてあげられるのも、すべての軸が他人。これまでの自分では考えられなかった状況に、スタイリストとしての自己肯定感なんてものは見事に崩壊しました。「こんな状態では、スタイリストを辞めなければ…」と思うようになっていたんです。
そんなとき、衣装部屋からの立退要請が…
ちょうどそんな状況に陥っていた産後1〜2ヶ月の頃。自宅に入り切らない服を置くために借りていたアパートが取り壊されることになったんです。
以前であれば大慌てで代わりの部屋を探していたのでしょうが、その時の私には、もうこれまでのようなペースでスタイリストを続けるモチベーションは残っていませんでした。そして、「もう、服を保管するためだけに年間100万円近くの家賃を払う必要はない」という結論に。その衣装部屋に置いてある仕事用の服やモノは、すべて手放すことに決めました。
「1oo箱分の服を手放す」決意が、
思考回路のシフトチェンジに!
きっと、この仕事道具でもあり、“スタイリスト=たくさん持ってなきゃ”と思い込んでいた服や小物を、潔く「手放す」ことにしたことが、わたしの頭のなかの大きな歯車を回してくれたのだと思います。
急に、年間100万円の家賃と同じように「服をたたむためだけに子供との時間を削っているのって、なんか勿体ない。バカバカしいな」と思えてきて。これを機に、自宅のクローゼットの服の量も見直すことに決めました。
大量の「お気に入りの服」を
“手放せた”理由とは?
そうして決意して最終的に手放した服は、ざっと段ボール100箱ほど。とはいえ、最初からサクサクと手放せたわけではなくて。いろいろな片付け本を読み漁って、いろいろな方法を試してはしっくりこない…という断念の連続でした。例えば全部出して並べて、どれを捨ててどれを残そう…なんてジャッジをするも、どれも欲しくて買ったものだからそのまま全部戻したり(笑)。どの服も大事で、どれひとつ“要らない”とは思えなかったんです。
そんなふうに自分の中の折り合いを試行錯誤した末に、たどり着いたのが、そのなかでも「大好き!!」と思う服だけにする、という考え方。服をたたむ時間よりも子供と向き合う時間を優先したいと気づいたから服を手放そうと思えたように、「どれも大事だけど、それでもこれが“いちばん”大事」という気持ちを明確にしたら、必要以上のものは、すんなり手放せるようになったんです。もはやどんな服をどれだけ持っているか把握しきれなくなっていた私にとっては、その作業はまさに「好きなもの探し」でした。
数が少なくても、
「いちばん」好きな服があれば
気持ちはしっかり満たされる
これまで持っていたモノを手放すのは、しかもそれがなかなか気に入っていたのであれば、当然惜しい気持ちが生まれますよね。ですが、多くのモノの中で比べたときにも一瞬も迷わないほど“大好きが溢れてくる”ものがあれば、そしてその気持ちを自分のなかで明確にしておけば、持っている数が少なくてもしっかりと気持ちが満たされることに気づきました。
そして驚くことに、この考え方が頭に入り込んだときから、トントンと頭の中も整理されて。クローゼットの中だけでなく、仕事や生活での考え方にも大きく変化が生まれました。
「今の私にとって、いちばん大事なものは?」
クローゼットと同じように、頭の中を整理
いつの間にか、「みんなから良いって思われること」が最優先になっていたけれど、こうやって、少しずつ「自分が良いって思うことを大切にする」ことを習慣づけていくことで、自分軸の思考回路を取り戻せていったのだと思います。
そうして考え方がシフトできはじめたときに、改めて「今の自分にとって、時間も頭の中も、いちばん優先したいものは?」と考えたら、もちろんそれはインスタの反応でもなく、実は仕事でもなく、「子供と丁寧に向き合うこと」でした。それならそうしよう、それができていればいいんだと素直になれました。シンプルなことですが、この気持ちが明確になったことで、必要以上のものを手にしようとしなくて良いし、手にしようと焦らなくて良い、と思えるようになったんです。
仕事も、インスタへの向き合い方も
「大事なもの」が明確になったら
心地よい距離感を保てるように
これまでのように慌ただしくたくさんの数のお仕事をさせて頂くこと、数えきれないほどの服やモノをもつこと、それは今でも魅力的に思うけれど。でも、今は仕事選びも「育児を楽しむ余裕をもちながら取りくめること」が明確な基準になりました。仕事の量もペースも以前求めていたものとは変わったけれど、今の環境が本当に心地良いんです。
インスタも、表面上に見える数より、相手との関わり方を大事にしたいなと思うようになって。オンラインサロンを始めたんです。「一人一人と濃密にコミュニケーションをとれるぐらい」が、今の私にとって心地良い数なんですよね。さほど大人数ではないですが、それだけになかなか濃密なコミュニティになっています(笑)。
“クローゼットの整理”というきっかけは、偶然的に訪れたものでしたが、“優先順位を整理する”という思考回路にいきついたことで、「今の自分の軸」を明確にすることができました。自分にとっていちばん大好きなもの、そしてそれを大事にできていると自覚することって、ものすごく幸福度を高めてくれるんですよね。このことに気づけて、本当によかったなと思っています。
私のクローゼットですが、今も常に「いちばん好き」と思う服だけがかかっている状態を保てています。何年も前に買った服もあれば、気持ちの変化にあわせて入れ替えたものも。なんだか、そんな光景を見るたびに「よし、自分の軸がある!」と思えるんですよね。しかも、手持ち服が明確になったことですごくコーディネートもしやすくなって、それがまた心地良くて。私にとってはもはやパワースポットになっています(笑)。
次回公開の記事では、小山田さんの思考回路を変えたメソッド「稼働率100%クローゼット」の具体的な作り方を紹介。ご本人から詳しく解説していただきます!
PLOFILE
小山田早織さん
VERYをはじめ数々のメディアや広告、ショーのスタイリングを手掛ける人気スタイリスト。さらにはブランドディレクションやTV出演など、多岐にわたるシーンで活躍中。プライベートでは二児の母。
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小山田早織さんの新刊をチェック!
『“着ない服”がゼロになる! 稼働率100%クローゼットの作り方』講談社刊・小山田早織(著)
出番のない洋服がひとつもない”稼働率100パーセントのクローゼット”。そんな夢のようなクローゼットに小山田さんがたどり着いたのは、産後の落ち込みがきっかけでした。職業柄、大量の衣装持ちだった小山田さんが、出産を機に段ボール100箱分の服を処分。潔く取捨選択することで、最高に効率的なワードローブと幸福度の高い生活環境、自己肯定感まで手に入れられる、本書では、そのハウツーを丁寧に紹介しています。
取材・文/磯部薫