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朝ドラ『虎に翼』脚本家吉田恵里香さん語る「描きたい寅子像と主演伊藤沙莉さん」

 

書き続けることへの「不安」はいつだってある

 

──吉田さんの作品を見ると、小さな心情描写一つにもドキッとさせられます。時代性を捉えた恋愛の仕草や表現はどのように更新されていますか?

自分の中でも模索していることだったので、作品を見てそのように感じてもらえているならうれしいです。今は“胸キュン”という言葉自体に嫌悪感を抱く人もいると聞きます。その一方、ドラマを見る上では“俺様”的な強引な愛情表現からしか得られない養分のようなものがあることも無視できません。以前だったら気軽に飲みに行って、そこで出る話題や街の空気感を知ることも仕事の役に立っていたけれど、子育てをしている今はそう簡単には出かけられません。吉田の書くものは古いと言われないか、5年後10年後に仕事はあるのか。正直今も書き続けながら不安は常にあります。

 

──その不安を拭うために意識していることはありますか?

自分が書きたいものや書いていて楽しいことを書きつづけるしかないと思っています。

私の場合はじっくり1本の作品だけに時間を費やすよりも、同時に数本の作品に向き合う方が作品との距離感がうまくつかめるんです。また、仕事として自分や家族のためにもちゃんと「稼がなきゃ」という思いもあります。自分の書きたいものを書くというだけでなく“職業としての作家”という部分も大事にしたい。

今後書きたいことを書き続けるために、たくさんの作品を書く。そうすれば私の信条とは異なるけれど生活のために無理に仕事を受けなければと迷う前にちゃんとNOを言えます。常に同時並行で仕事をするのは本当に書きたいものを書くための種まきでもあるんです。

 

 

── 脚本家、作家として憧れる方はいますか?

岡田惠和さん、坂元裕二さん、渡辺あやさんの書く映画やドラマは大好きですし、脚本家としても尊敬しています。向田邦子さんや小説家の川上弘美さんの作品も愛読しています。この人にしか書けない唯一無二の台詞やストーリーを生み出せること。そして長きにわたって書き続けることは本当に素晴らしいですし、なかなかできることではないと思います。私もそういう作家を目指したいです。

 

「産みましたけど何か?」くらいの気持ちで産後復帰したかったけれど…

 

── 吉田さん自身は産休・育休を取らず、出産後すぐに仕事をはじめたそうですね。

そうなんです。子どもを産んだ日の夜からパソコンに向かっていた記憶があります。今思えば産後はきちんと休むことも重要だと思いますが、当時は妊娠・出産で仕事にブランクができると“吉田へ依頼するのはもうやめておこう”と思われるのではないかととにかく怖かったんです。「産みましたけど何か?」くらいの気持ちで何事もなかったかのように復帰したいという思いがありました。やってみるとかなりしんどいことでしたが……。

 

──どんなときに、しんどさを感じました?

産後2か月くらいはいざ仕事をしようにも全然頭が回らなくて、母に息子を見てもらってパソコンの前に座っても、一文字も書けなかった時期がありました。だから結果的に、あきらめてきたことばかりです。仕事柄、本を読んだり舞台を見に行ったりとインプットが大切だと思うけれどとても時間がない。今はあきらめよう。そう自分に言い聞かせてきました。すべてに手が回らないからとにかくあきらめの作業の連続です。でも、仕事はどうしても続けたかったんです。あくまで“私の場合は”ですが、もし子どものために仕事をセーブして自分の思うようなキャリアが積めていなかったとしたら、息子のせいにしてしまう気がしたんです。時間は有限だから、子育てと仕事のキャパを最大限に取った残りでできることをする。できないことは潔くあきらめることを許容したら、息子にも仕事にも納得できる向き合い方ができるようになりました。

 

──子育てにおいて、周りに頼ることはありますか?

夫は一言で言えばピーターパンのような自由で面白い人です(笑)。育児をする上では夫はもちろんとして、母や兄夫婦の助けがとても大きいです。私がどうしてもお迎えに行けない時には、兄夫婦が行ってくれたり、平日は母が子どもの夕飯を作ってくれたり。実家で栄養満点のごはんを食べてきてくれるから、おやつにラムネを食べよう、たまにはピザにしちゃおうか!なんて無理せずに気楽に考えられるんだと思います。3か月程前から、息子が私と離れてお留守番ができるようになったことも仕事をする上では大きいですね。

とはいえ、周囲に頼りきりで自分では息子のことが何もできなかったと思う日は正直落ち込みます。でも、子ども目線で見たときに楽しかったかどうかを大事にしたいから、どうしても芽生える罪悪感はいったん置いておくことにしているんです。

 

執筆は子どもが保育園に行っている間が勝負です

 

──お子さんは3歳の男の子。締め切りのある長編の執筆を続けるなかで、子育てとの良いバランスは見つけられていますか?

正直、仕事は思うように進まないですね。寝かしつけてから仕事をしたくても、息子もだんだん体力がついてきて、こちらが望む時間にはそうそう簡単に寝てくれません(笑)。私も疲れて寝落ちしちゃうし、仕事中も「そろそろ髪切りに連れていかなきゃ」「予防接種に行かなきゃ」など色々なことが頭の中を巡ります。若い頃は2日間徹夜することだってざらにあったので子育てもいけるかな、と思っていたのですが……。

 

──今はどのタイミングでお仕事を?

まとまって仕事ができる時間は息子が保育園へ行っている朝9時から夕方6時半の間です。園にお迎えに行ってから夜ご飯を食べて、お風呂に入ったり、短時間でも一緒に遊ぶ時間を作ったりしていると、寝るのは早くて10時半くらいに。でも息子がしたいということは、できるだけ叶えてあげたいとも思っているんです。頭では仕方ないと思っていても、どこか負い目を感じてしまうことがあって。

 

──負い目、とはどんなことでしょうか?

仕事がハードモードになってきたり、睡眠不足やホルモンバランスの乱れでピリピリしているときに限って「今日は1日遊んでいたい、おうちにいたい」と言うことがあるんです。偶然なのかもしれないですが、3歳ながら母親の余裕のない様子を感じ取っているんだな、とハッとすることがあります。長く専業主婦だった私の母のようにずっと子どものそばにいることは難しい。けれど、完璧でなくても子どもがやりたいといったことはなるべく一緒にやってあげたいなと思います。「アイス屋さんごっこをしたいから折り紙でアイスを作って」とか「お風呂でどうしてもグミを食べてみたい」とか、息子のリクエストはそんなに難しいことじゃないんですけど(笑)。

 

 

──今、私(ライター)は1歳の息子を育てているのですが、すでにYouTubeに頼ってしまう場面があります。吉田さんはどのように折り合いをつけていますか?

私も「YouTubeを見せすぎてしまった」「またお菓子をあげてしまった」と悩んでいた時期がありました。でも今は、息子が「今日も楽しかった!」と思って寝てくれたらいいと思うようになりました。人を傷つけるような危険なことは絶対にダメだというけれど、それ以外のことはなるべく希望をかなえてあげたい。机にクレヨンで絵を描きたいと言われたら、「本当は紙に描くんだよ」と伝えてから自由にやらせています。楽しいならまあいいか!の精神ですね。

面白い本にたくさん触れてほしいと思って、2歳くらいまでは毎日絵本を10冊読んでいたのですが、息子が楽しくなさそうで(笑)、単にルーティン化すればいいわけじゃないと気づきました。今は、1日1冊でも読んでくれたら、めっけもん!くらいの気持ちです。ときどき自分から20冊くらい「読んで!」と持ってくることもあるので、どうしたの? こんなに読めるかなと逆に驚くこともありますが(笑)。親が思う100点満点の育児なんて無理だから、今は楽しさを重視。彼にとってこれが「正解」だったかどうかは大人になるまでわからない。けれど、今は「何を大事にするか」が決まっていれば良いのだと思っています。

Profile

吉田恵里香さん(よしだえりか)

脚本家・小説家。1987年生まれ。代表作は、テレビドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』、『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』、映画『ヒロイン失格』『センセイ君主』など。『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞、ギャラクシー賞を受賞。2024年4月から放送中のNHK連続テレビ小説『虎に翼』では脚本を担当。プライベートでは、3歳の男の子の母でもある。

取材・文/藤井そのこ 撮影/古本麻由未

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