「月の変化はおよそ30日周期」
プリントの空白に書き込みながらキキとの約束を思い返す。
「出産に関係があるってことは、生理も? 血液だもの。関係あるよね?」ここ数年のキキの最大関心は生理のことだ。私も同じ。私たちは初潮がくるのを、指折り数えて待っている。マミさんももちろんそのことを知っている。
親子でこんなにもオープンに会話をするってことが、はじめは衝撃だった。今はもう慣れたけど、それでも二人の大胆なやりとりには時々私がドギマギしちゃう。
「キキ、流石! もちろんよ!」
マミさんはソファから体を起こしてキキにハグをした。娘にカラダのことをきかれるとマミさんはご機嫌になるのだ。
「月の満ち欠けは30日周期。生理は28日周期。簡単に言えば、どちらも1ヶ月で1サイクル、ひとまわり。だから生理って“月のモノ”って呼ばれるでしょう?」
「え? 生理のこと、月のモノって呼ぶ人はもう現代にはいないわよ、マミさん」
キキがわざとバカにしたようにちゃかして言う。
「あら、悪かったわね。っていうか別に、ママの時代も誰も呼んでなかったわよ、そういえば」
ケラケラと楽しそうに笑っていた二人を、今改めて羨ましいと思う。
だって、帰ってすぐに聞いたのだ。私が生まれた夜は満月だった?って。うちのお母さんは、月なんか覚えていないっていうんだもん。ガッカリしちゃった。しまいには、「キキのお母さんはミュージシャンだから変わってるのよ」なんてことまで言った。大好きな友達をバカにされた気がして頭にきちゃって、あれからお母さんとあまり話してもいない。
そう。私が大好きなのはキキだけなんだ。
キキと行く保健室。キキの素敵なマミー。
「ねぇアミ、うちらに生理がきたら
“月のモノ”って呼び合お?
男子にバレない二人の暗号!」
指切りまでしちゃった大事な約束。気づけば、目に涙が溜まってきた。シャーペンを握る手に力が入って、「月はキキの光を反射して輝きます」なんてプリントに書き込んじゃって、気づけばメンタル崩壊寸前。
だって、これから鈴木さんは、放課後にキキのうちに呼ばれてマミさんのことも紹介されるのかな? マミさんの話を、キキと鈴木さんで笑ったり頷いたりしながら聞くのかな?
想像しただけで、お腹の奥の方から黒い気持ちが湧いてきて、胸が重たくなってくる。そのイヤな感覚に、ものすごくイライラしてくる。
私はあっという間に、鈴木さんのことが大嫌いになっていた。
だって、どうしてよりによって、鈴木さん? こんなこと言ったらダメかもしれないって頭ではわかっていても、心が勝手に思っちゃう。
地味でダサい鈴木さんより、私の方がよっぽど可愛くってオシャレで、キキの親友にふさわしくない??
チャイムが鳴ってもなかなか戻ってこなかったキキが、やっと教室に入ってきた。そのすぐ後ろから、ご機嫌な様子で一緒に入ってきた鈴木さんを憎いと感じた。
「キキッ! 遅いよ!! いこ!!」
私は鈴木さんを完全に無視した。視界にもわざと入れなかった。キキの腕を強く引いて、廊下に連れて行こうとした。自分の手に、力が入りすぎるのを抑えられなかった。取られちゃいそうで。取られたくなくて。
「ちょっと、アミ! 引っ張んないでよ。やめてってば! ね、なに!?」
「え、だって鈴木さん、ダサくない??」
鈴木さんの前で、キキに手を思いっきり振りほどかれたショックでつい言ってしまっていた。
本当の気持ちは、そこじゃなかった。だけど言えなかった。だけどキキは、いつだって本当の気持ちを言える。
「アミのそういう意地悪なところ、嫌いだな!」
一瞬、息ができなくなった。
<つづく>