「キキが他の子と仲良くするの、
すごくイヤだ!」
by アミ
「月の近くにはいつも太陽があります。月は________の光を反射して輝きます。」
これならキキも興味を持つ内容だったのに……。配られたプリントを見て、とても残念に思ってる。キキが理科の授業をサボりがちなのは知っている。
葉っぱの光合成の実験も、教室からわざわざ理科室に移動するのがダルいという理由で保健室に逃げ込んだから。
「移動するのは同じなのにね。矛盾してるよね」「フフ。アミ、こんなのって秘密だよね」って一緒にクスクス笑いながら歩いた、廊下。私とキキで。
「月は、新月から満月まで、カタチを変えて見えます。月の変化はおよそ___日周期」
ほら、キキこれ好きだよ。マミさんも絶対に聞くべき授業って言うよ。
どうして、いないの?
いつもみたいにキキの背中を指でツンッてしたかった。ガランと空いた目の前の席と、同じように空いた鈴木さんの席を交互に見ては悲しい気持ちになっている。
月のはなし。
それは先週の放課後、キキの家に遊びに行った時にマミさんが語ってくれたこと。私が背中をつついたら、キキはきっとその合図一つでそのことに気づいてくれる。そして、すぐに小さなメモを書いてこっそり後ろに回してくれたはず。それなのに、私を置いて保健室に行っちゃうなんて……。
マミさんというのは、キキのママ。キキが幼い頃に「マミー」って呼んでいたのが進化して「マミさん」になったんだって。キキがそう呼ぶから釣られて私もそう呼んでる。
「女のカラダは月のリズムと繋がっているの。これは、ウソみたいな本当のはなし」
まるで今マミさんが近くにいるみたいに、マミさんの声とともにその話を思い出すことができる。
「キキがお腹にいた時も、いつ生まれるのかなぁって待っていたら産気づいたのは満月の夜だった。キキは満月生まれよ。アミはどうかしら? 帰ったらママに聞いてごらん。どの月の赤ちゃんも等しく素敵ね。
月と女が繋がっていて、赤ちゃんにもリンクするってことが美しいもの。
でね、すべての赤ちゃんが満月に生まれるわけじゃないけど、数が多いの。だから私だけじゃないの。満月の夜は、赤ちゃんを産む妊婦さんで病院がいっぱいになるのよ! ちなみに、カニも」
「カニ!?」突然でてきた意外なワードにビックリして、私とキキは目を見合わせてから吹きだした。
満月の夜に、海からでてきたカニがいっせいに卵を産む様子は「神秘的で美しい自然の名シーンのひとつ」なんだって。マミさんいわく。
「不思議なようでいて、ちゃんと理由もあるの。満月の時は、海は大潮。浜辺まで卵を産みにくるカニの移動距離が短くて済むのよ。
って、え? 大潮を知らない? 月の満ち欠けと潮の満ち引きが関係しているのは知っているでしょう?
え、知らない? もう、二人とも理科の授業をサボりすぎよ! つまらないって決めつけないで、先生の話も聞いてごらん? ってもう、私、どこから話さなきゃならないのよ! 」
マミさんが途方に暮れたみたいに白目をむいて見せたから、私たちはまた笑った。赤ちゃんを産む女のカラダと、空にある月。おまけに海までが繋がっているなんて、まったく知らなかった。
私たちはもう夢中だった。
「えっとね。海に行ったことはあるわね?
さぁ、目を閉じて想像してみてごらん」
キキと私はどちらからともなく手を繋いで、目を閉じた。
「わ! 海よ! あなたたちは興奮して、砂浜に靴を脱ぎ落としながら走っていく。波打ち際に、ハダシで立つの。その時の足の感触を思い出して。
ザバーンと波がきて足を濡らしてから、海水がサーッと引いていくあの感じ。あれが海の引力よ。柔らかくて細かい砂が濡れている。
それがスーッと海に引っ張られて戻っていくのを足の裏で感じるでしょ?」
あぁ、アレね! というように目を開けるとマミさんがニッと白い歯を見せて笑う。
「アレ、たまらなく気持ちいいわよね!」
キキの方を見ると、マミさんと同じ笑顔。二人は似てはいないけど笑うとソックリ。横にニーッて開く口かな? 私はその時、二人は親子揃って美人だと思った。
「ほら、波打ち際からはずっと離れた浜辺に置いておいたビーチサンダルが、いつのまにか海にさらわれていることってあるでしょう? 朝と夕方で、海は位置を変えるのよ。潮が満ちたり引いたりするっていうのは、そういうこと。
一日のあいだでも変わるけど、日によっては大きく異なる。満月の時は、月に海が引っ張られて砂浜の面積が広くなる。だからカニがひょっこりと砂浜に出やすいってわけ」
「ねぇ、マジなの? 月って、海を引っ張るの?」聞いたのはキキだった。
「そう!! それが言いたかった。海だけじゃないの。月は女のカラダも引っ張るの。だから、満月に赤ちゃんが生まれやすい!」
「身体まで月は引っ張るの?? マジなの??」今度は私が聞いていた。
「フフフ。だから、ウソみたいな本当のはなしって言ったでしょう? 月の引力が地球上にある水、つまり海を引っ張る。私たち人間のカラダも実は三分の二が水分でできているの。
だから月に、海と人間が同じように引っ張られるのはとても自然なことなのよ」
素敵な放課後だった。マミさんがベルベットの赤いソファに座っていて、キキと私はその下のフワフワの白いラグの上で寝そべっていた。キキの家はお金持ちってわけじゃないけれど、オシャレなの。うっとりと思い出したら、余計に悲しくなってしまった。