手にするたびに高揚感に満ち、自信をくれる。私たちが信頼を置くブランドの名品は、改めてその歴史に触れることで一層愛着が湧いてきます。ファッション論が専門の平芳裕子教授とともにブランドの真髄に迫る本連載。今月は「サンローラン」の名品たる所以を紐解きます。
改めて歴史を知ることで伝わるスピリット
平芳裕子先生と読むラグジュアリー
SAINT LAURENT(サンローラン)
オートクチュールの伝統の中心にいながら、
多くの人が“新しい服”を着られる
『プレタポルテ』を手掛けた先駆者
アンソニー・ヴァカレロによって再解釈された「ル・スモーキング」は体が美しく見える圧巻のシルエット。凛としたモードの中にたしかな女性像を感じ取れる名作ジャケットは、羽織るたびに自信をくれる一着として憧れの存在に。ジャケット¥539,000(サンローラン バイ アンソニー・ヴァカレロ/サンローラン クライアントサービス)
時代の空気を読み取って
率先して取り入れる、
進取の気風に富んだデザイナー
ファッション史において、色彩や装飾を打ち捨てることで新しい装いをつくっていったのが近現代社会です。黒など抑制のきいた色を身に着けることで、装飾ではなく身体的な力を表現しようとしました。現代において黒は洗練されたものとして捉えられています。モードでエレガント、常に新しさを感じる「黒」の印象が強いのが、メゾンブランド、サンローランです。天才デザイナーと呼ばれた創業者のイヴ・サンローランは、幼少期からファッションの世界に興味を抱き、17歳でオートクチュール組合が経営する専門学校へ。18歳でパリのデザインコンクールで最優秀賞を受賞、10代の頃から頭角を表し、「クリスチャン・ディオール」のアトリエで働き始め、1957年にデザイナーに抜擢。一大メゾンを背負うことになった時、彼はわずか21歳。その後、1960年に勃発したアルジェリア戦争で戦地に赴き、ファッション業界を離れた時期を経て、1961年に自身のメゾンを設立。オートクチュールの「イヴ・サンローラン」がスタートします。
サンローランの大きな功績の一つは「プレタポルテ」を手掛けたこと。1966年、パリのセーヌ川左岸にプレタポルテのブティック「リヴ・ゴーシュ」をオープン。オートクチュール全盛の当時、高級既製服の分野に進出したことは画期的なことでした。素材、色、デザイン、すべてにおいて若い世代に受け入れられる服作りは、より新しいものが欲しい世代に瞬く間に人気を博します。ドレス、ワンピース、スカートが王道の時代に二股に分かれたズボン、トラウザーズをオートクチュールとプレタポルテでデザイン。今でこそ、働く女性のパンツスーツは国際的な場でも多く見られますが、パンツ=リゾートやリラックスする場でごく一部の人が着るものというのが一般的だった時代に、パンツスーツのスタイルを女性のオシャレなスタイルとして提示したのは革新的な試みでした。
そして、当時のファッション界に革命を起こしたのが、今なおブランドを象徴するアイコン的存在「ル・スモーキング」。男性が葉巻を燻らす時に着用していたようなジャケットを女性の体に合わせてデザインされたタキシードジャケットは、ファッションにおけるジェンダーの境界線を打ち破った自由なスタイルとして反響を呼びました。また、媚びない力強さとエレガンスを両立した「ル・スモーキング」と並んでメゾンを象徴するアイテムとして挙げられるのが「サファリジャケット」。男性のハンティング用だった実用着を、レースアップ、パッチポケット、ベルトでウエストマークするシルエットに。セクシーさを感じさせる“モード”に昇華させた一着は、サンローランのミューズであるモデルのヴェルーシュカが着用した写真が伝説に。クリエイティブ・ディレクター、アンソニー・ヴァカレロによる最新コレクションでもサンローラン自身のDNAが息づいています。ゴッホの絵からインスピレーションを得たり、前衛アートを服に落とし込んだイタリアのデザイナー、エルザ・スキャパレリの影響を受けたりと、アートにも造詣が深かったサンローラン。
また、自身がブランドの香水のモデルになったことも話題に。1983年にはニューヨークのメトロポリタン美術館で現役デザイナーとして初となる「イヴ・サンローラン回顧展」が開催されます。当時は、ファッションの芸術性がまだ低くみなされていた時代、アートを展示する場にファッションを展示するとはと、一部で物議を醸しながらも、実際の社会で人々が価値を認めているファッションを美術館に持ち込んだことは、歴史的な転換点として語り継がれています。挑戦的でありながらエレガントな新しい女性像を打ち出し、時代の空気を読み取って率先して取り入れ、常に新しいことにコミットし、ファッションをより自由に楽しむ姿勢に感服します。それはアンソニー・ヴァカレロによって継承され、シースルーなどの素材の軽やかさ、扇情的で人をはっとさせるようなデザインが、現代の多くの人を魅了しています。シンプルでストイックなのが現在のサンローラン。伝統に敬意を払いつつ、黒を基調としたミニマルなスタイルでレディースとメンズ両方にモダンなエスプリをアップデートする手腕は実に見事。今年、誕生から60年を迎える名品「ル・スモーキング」をモダンに再解釈した最新コレクションも早速話題を集めています。
撮影/山口恵史 スタイリング/坂野陽子 取材・文/北山えいみ 編集/城田繭子
*VERY2026年5月号『平芳裕子先生と「読むラグジュアリー」』より。
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