丁寧に伸ばしてカラーした爪が〝女らしさ〟の象徴だった頃は、短く切り揃えた飾り気のない爪に気後れする瞬間もあったけど、人目を意識する機会が減り、心地よさを優先させるようになった今、ママらしい潔く自然体なショートネイルが断然気分にフィットします。そんな今を背景に、母になった作家・夏生さえりさんがショートエッセイを寄せてくださいました。

短い爪、あたらしい私
　　夏生さえり

はじめて我が子を抱いたのは出産から4日経った後だった。予定日より2週間前に破水して出産に挑んだものの、子の心拍が弱くなり緊急帝王切開となったのだ。それだけでなく子は肺に穴があいており、顔を合わせたのはわずか数十秒のみ。抱くこともなく、大きな病院へと搬送されていった。カーテンの向こうから聞こえてくるだれかの赤ちゃんの泣き声。深夜に必死に搾った母乳をナースステーションまで持っていくときにすれ違うだれかの赤ちゃんの顔。私の赤ちゃんはどこ？ ずっと一緒だったのに、さみしい。毎日面会に行っている夫から送られてくる写真をじぃと見つめては、空っぽになったお腹を撫でて過ごしたものだった。

「明日は面会に行っていいですよ」。医者がそう言って、最初にしたのは夫に爪切りを持ってきてもらうことだった。できるだけ短く、丁寧に切った。静かな病室に、ぱち、ぱち、と音が響く。細くて白い爪が床に落ち、拾おうとするとお腹の傷が灼けるように痛んだ。でも痛みなんかどうでもよかった。あえる、あえる、やっと。

妊娠するまで、爪はいつも長めでジェルネイルを施して整えていた。デザインを決めるのが楽しみで仕方がなくて、仕事中はなんども指先を見つめて過ごした。それがコロナ禍になり、妊娠をして、ネイルをしなくなった。「我慢、我慢」。自分が自分でなくなるような寂しい感覚を抱えながらつぶやいていた。

けれどいまは、そうは思わない。産院で爪を切った日。おそろしくやわらかい頰を飽きずに撫でるとき。落とさないように首をしっかり摑む沐浴の時間。真夜中に手探りで替えるオムツ。予測不能な子の動き。傷つけないようにいつも短く整えている爪を見るたびに思う。これでいい。いや、これがいいんだ。

夕方、涼しくなった街の中。抱っこ紐のなかで不思議そうに辺りを見る子の薄い髪を撫でる。その指には、買ったばかりのジュエリー。そして短い素朴な爪。いまの私に合った、美しい手元。子が世界を見つめるときの噓みたいに煌めく瞳の横で、できるだけ私も、いまを、世界を、楽しむ母でいたい。なにも我慢していない。私は、あたらしくなっただけだ。見上げれば、月。あえる、あえる、と呟きながら切った爪が、細くて白い三日月に生まれ変わって空にぶら下がり、私たちを照らしている。

写真・上〈ティファニー トゥルー エンゲージメント リング〉（1.01ct）［K18YG×イエローDIA］￥2,200,000 ※パヴェダイヤでセンターストーンを囲んだソレスト0.23ct～ 70万円台～などバリエーションあり。〈ティファニー ソレスト ハーフエタニティ リング〉［DIA×K18RG］￥330,000〈ティファニー アトラス X クローズド フープ ピアス（スモール）〉［K18YG］￥176,000（すべてティファニー／ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク）トップス￥22,000（バトナー／デミルクス ビームス 新宿）

写真・下〈マジック アルハンブラ リング〉［YG×マラカイト］￥506,000〈フェリシテ エタニティ リング〉［YG×DIA］￥374,000〈ペルレ クルール ピアス〉［YG×マラカイト］￥347,600（すべてヴァン クリーフ＆アーペル／ヴァン クリーフ＆アーペル ル デスク）カーディガン￥35,200（バトナー／デミルクス ビームス 新宿）タンクトップ￥8,800（カオス／カオス表参道）デニム￥29,700（ジャネリカ／エストネーション）メガネ￥41,800（プロポ／プロポデザイン）

撮影／生田昌士〈hannah〉　スタイリング／石関靖子　ヘア・メーク／菊地美香子〈TRON〉　モデル／優木まおみ　取材・文／鍋嶋まどか　編集／引田沙羅
＊VERY2021年11月号「【大特集】｢今日オシャレしてる｣実感､もっと欲しい! PART5 短い爪に合わせたい〝毎日ハイジュエリー〟」より。
＊掲載中の情報は誌面掲載時のものです。商品は販売終了している場合があります。