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本当に「合意の上だった」のか?【セクハラ・性暴力を考える】作家・井上荒野さん

各界の著名クリエイターから過去に受けた性暴力を被害者が告発する。近年、そんなニュースを聞くことが増えました。なぜセクハラは後を絶たないのか。「芸術」や「恋愛」の名のもとで覆い隠されてきたことは何か。今、私たちにできることは? 「セクハラ」「性暴力」をテーマに小説を描いた直木賞作家・井上荒野さんに話を聞きました。

*VERY2022年10月号「性暴力、セクハラ……今だから気づけること 考えること」より。

*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。

撮影/掛 祥葉子

井上荒野さん
いのうえあれの●1961年東京都生まれ。’89年「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞、2004年『潤一』で島清恋愛文学賞、’08年『切羽へ』で直木賞、’11年『そこへ行くな』で中央公論文芸賞、’16年『赤へ』で柴田錬三郎賞、’18年『その話は今日はやめておきましょう』で織田作之助賞受賞。著書に『夜をぶっとばせ』『悪い恋人』『そこにはいない男たちについて』『ママナラナイ』『百合中毒』など多数。最新作は『小説家の一日』(文藝春秋)、『僕の女を探しているんだ』(新潮社)など。

当事者は時に、
生きるための噓をつく

──セクハラの加害者となる元編集者の月島。架空の人物ではありますが、「自分は悪くない。合意の上だった。必要なことだった」と話す姿を見ていると、こんな人をどこかで見たこと、知り合ったことがあるような気がしてきます。

人は、誰かに対して噓をつくだけではなくて、自分自身にも噓をつくことがあります。セクハラの被害者たちが、「大したことじゃない」「あれは恋愛だったのだ」と結論づけるのは、そうしないと自分が傷つくことが分かっているからですよね。傷ついたまま生きていくのはとても難しいことだから噓が必要になる。加害者の月島も自分のしたことに対して言い訳をしますが、取り繕うというより、自分のしたことには正当性があるとでも信じているようなところがある。そういう簡単には共感し難い人たちの心の動きは小説を書く上でもとても興味深いです。

私は、月島自身を根っからの悪人として書こうとは思いませんでした。結局は女性を傷つけることになるただの一人の男を書こうとだけ考えて造形しています。『生皮』は加害者と被害者を善悪でくっきり分ける物語ではありません。物語の中には、セクハラをする人だけでなく、事件を憶測で語る第三者や被害者をSNSで中傷する人も出てきます。彼らの言い分にも一理あると思ったり、反感を覚える登場人物にさえ、どこか自分と似たものを感じるかもしれない。そういった認めづらい心の揺らぎを感じてもらえたら作者としてはうれしいです。

──今まさに時代が過渡期にあるせいでしょうか。社会から逸脱した経験や、傷つき搾取された経験がないと優れた作品は生み出せないのではないかという考えが頭のどこかに残っていて、今の価値観とは相容れないのに、自分自身はまだまだ古い考えから抜け出せないのかと時々むなしくなります。

特に芸術の世界では、世間の常識に縛られてはいけないという価値観が長く共有されてきました。それは、ある意味その通りなのだけれども、セックスすることぐらい大したことじゃない、体で教えてやるというような暴力もまかり通ってきた。私たちもどこか、芸術はそういう不条理も許容するものだと思っているところがありました。セクハラをする人は自分より上の立場の人間はまずターゲットにしません。男は女を支配するものだ、という考え方が根底にある人はいまだ多く、社会がそれを受け入れてしまう構図があることは、セクハラ事件がたびたび起きる原因の一つだと思います。それが今やっと、変わりつつあり多くの人が声を上げる時期にさしかかっているようです。

私は自分が加害者になったようなことはないと思いたいですが、どこかでセクハラを助長するような空気に加担していたことがなかったとは言い切れません。かつての私のように怒らなきゃいけない場面で笑ったり、黙り込んだりしたという経験は、身に覚えがある人も多いのではないでしょうか。

──声を上げた人がものすごく叩かれるような傾向があります。もしも自分が被害にあったら、誰かがつらい目にあったとしたら……。心を守りながら声を上げることはとても難しいことだと感じます。

まず、今の社会を変えていくしかないですね。実際に被害にあった人に対して、「他の人のためにも、あなたが声を上げて」と外野が言うのは酷なことです。自分が被害を受けた時に発言できるようにするためには、誰もが声を上げられる社会をつくっていかないといけない。何かおかしい、変だと感じた時に、その違和感を見過ごさないこと。自分の価値観とか、社会の見方をどんどん発信していかないと世の中を変えることはできないと思います。

❝ なんでもない、と
咲歩は思おうとした  
ずっとそうしてきたように。❞

『生皮 あるセクシャルハラスメントの光景』P.6より

『生皮
あるセクシャルハラスメントの光景』
1,980円(朝日新聞出版)

セクハラで告発された小説講座の人気講師。なぜ事件は起きたのか……。講座の受講生は著名な賞を受賞して作家デビュー。教え子たちから慕われ、マスコミからも注目を浴びはじめる月島。しかしかつての受講生、咲歩は7年前に月島から受けた性被害を告発する決意をする。被害者と加害者、周囲の人たち。メディアやSNSの声。性被害をめぐる当事者たちの生々しい感情と、ハラスメントが醸成される空気を重層的に活写する、著者の新たな代表作。

取材・文/髙田翔子 編集/フォレスト・ガンプJr.

\by井上荒野さん 関連推薦本/

『少女の私を愛したあなた:
秘密と沈黙  15年間の手記』
マーゴ・フラゴソ(原書房)

「作者が子どもの頃に親しくしていた中年男性とのことを回想する手記です。おそらく二人の間には性的な関係もあったようです。彼女もある時点まで『あれは恋愛だった』と信じていたと思います。でも、それは本当に恋愛だったのか、と考えます。何をもって正しい恋愛とするのか。100%の恋愛とは何か。それは私自身も断言できないし、小説を書いていても答えは出ません。狂った関係だと誰かが断罪できるわけでもないのが恋愛の厄介なところです。それでも、二人の間に何らかの力関係が働いていると、その関係は歪んだものになるのではないかと思いました」

*VERY2022年10月号「性暴力、セクハラ……今だから気づけること 考えること」より。

 

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