

「親の離婚は、
私たち子供のせいじゃないのよ!!」
by キキ
タイヘンな一日だった。離婚しそうな両親のことを打ち明けながら涙を流した、スズ。見た目がダサいスズとはツルむな! とキレたアミ。
ムカついてすぐに言い返したら、私の言葉にアミまで泣いちゃった。
真っ赤になった目をすぐに隠して走り去ったアミと、泣き晴らした目を見開いたままフリーズするスズ。
二人の真ん中で、三角関係の修羅場に遭遇した男の子ってこんな気持ちなのかな? なんてことを思っていた私。
「タイヘンなことが起きた瞬間、イキナリどこか他人事になっちゃうんだよね、私……」
キッチンでイチゴのヘタを取りながら、カウンターに座ってジュースを待っているマミさんに話しかける。
作っているのは、マミさん特性レシピのイチゴジュース。マミさんは、私の母。私たちは、二人暮らし。
「アハハ。キキは、カノジョに泣かれたカレシみたいな気持ちになったんでしょ? 当たってるわよ、それ。他の子と仲良くしてることにヤキモチ焼いちゃうくらい、キキのことが大好きなのよ、アミは」
「うーん……」
なんとも言えない気持ちが、私の心を重くする。冷凍庫から氷のパックを取り出して、ヘタを取ったイチゴと一緒にミキサーの中にゴロゴロと入れる。いつのまにかキッチンに来ていたマミさんが、そこに牛乳をなみなみと注ぎ込む。
「今日は、お砂糖、多めでいきましょうか」
私の顔を覗き込むようにして、ニッと微笑んで見せたマミさんがお砂糖をスプーンでサラサラと入れる。目尻のシワ、増えていることに気づいた。だけどもちろん、そんなことは伝えずに「ええ。いいですね」って私もわざと敬語を使って笑ってみせる。
今47歳のマミさんは、私を35歳の時に産んだ。
「親の離婚は、私たち子供のせいじゃないよ!! 」
スズに言ったのは慰めなんかじゃなくって、真実なのだ。マミさんは2回も結婚して、2回も離婚している。そして、それはぜんぶ私が生まれる前のことなのだ。
大人の離婚が、子供のせいであるわけがない。
何よりの証拠みたいな話なのだけど、スズはただただビックリして目をまん丸にしていた。涙まで止まっていた。
「私のお母さんは、私のお父さんとはたったの1回も結婚していないってわけ」
「え、パパとママが結婚していないのに、どうして、赤ちゃんができたの? 」
今度は私がビックリして目を丸くする番だった。スズは、男の人と女の人が結婚すると赤ちゃんが運ばれてくる「コウノトリのお話」の信者だったみたい。
スズは、もう生理がきている大先輩なのに、男と女のことをまだ何も知らないみたいだった。
「授業でやったじゃん! 教科書にものってたでしょ? 」って、私はちょっと恥ずかしくなりながら言ったけど、スズはただただポカンとしているのだった。
どうして赤ちゃんができるのか。
父と母は結婚もしていないのに、どうして私が生まれたのか。「愛し合ったからだよ」って答えたかったけれど、本当にそうなのかどうかわからなくって、なんにも言えなくなっちゃった。
どうして私が、生まれてきたのか。
私は今日、友達に聞かれて答えることができなかった。
ガリガリと大きな音を立てて、氷が砕けていく。イチゴが牛乳の中でグチャ混ぜになってゆく。まるで私の心みたいって思いながら、ミキサーの中を眺めてる。
「大丈夫だよ。アミと仲直りできるよ♡」
パチン! とミキサーのスイッチを切ってから、マミさんが優しい声で言う。
「アミも今頃、キキのこと考えて悩んでるかも。ヤキモチって難しいよね。恋人でも友達でも。大好きだとどうしても“私だけのもの!”って独占欲が出てきちゃうもんねぇ」
………今、考えてたのは、そのことじゃないよ。
陽気なマミさんに何故か、イラッとしてしまう。
私は今日、アミに対してもそうだった。私へのヤキモチがスズへの暴言になったのは、私にだってちょっとはわかっていた。それでもアミはスズの前で、容姿のことをケナしたりすべきじゃなかったのは、そう。でも、それ以上に、アミが何か言う前から私はイライラしていた。
だからかも。「キライ!」なんて強い言葉を返して泣かせてしまった……。
「も〜、どうしたの、キキ。大丈夫だってば! アミ呼ぶ?」
「呼ばないッ!!」
ピシャリと強い口調で即答した私に、マミさんが「うわッ。怖ッ」って小さな声で呟いたのが聞こえた。しかも、ふざけた調子で舌まで出した。
あ、すっごいムカつく。どうしよう、すっごいイライラする。マミさんからガラスのグラスを奪うように受け取る。
喉がキンとするほど冷たい、生のイチゴジュース。溶け切らなかったお砂糖が、舌の上でジャリジャリする。
「も〜なに考えてるの?」
マミさんは何も悪くない。相談に乗ってくれようとしているだけ。わかってはいるけど、
「え? 私、どうして私は生まれてきたんだろうって」
すごく冷たい声で言っていた。
「アハハ♡ それはもう、奇跡よ。神様が私にくれた一番嬉しい奇跡が、あなた。あぁ、キセキっていい言葉よね〜」
「はぁ?」
バカじゃないの? みたいな顔してマミさんを睨む。あ。おさえられない。苛立ちがお腹の奥からドンドン湧いて出るのを感じてる。
「お〜、怖ッ……。ま、機嫌悪い女って、でもちょっと可愛いのよね♡」
「……」
マミさんのポジティブすぎる言葉がカンにさわる。思いっきりバカにされているように感じる。言い返したいけど、何か喋ったら泣いてしまいそうだ。
なにこれ、ムカつきすぎて、涙が出そう。
「キキも、アミのこと、そのくらいの器で微笑めるようになったら上手くいくわよ」
「うるさい」
「え?」
「うるさい……」
ミキサーで砕かれて小さくなった氷を、奥歯でバリバリと噛む。潰されたイチゴの残りが、喉に残って気持ち悪い。こんな液体の中にどんなにお砂糖を入れたって、私の中の苛立ちはしずまらない。
「マミさんは、知らないでしょ。私がアミに嘘をついてるってこと。嘘の物語の中で、私のパパは海外にいるカメラマン。時々私に写真を送ってくれるの。アミったら信じ込んじゃってさ、そんな私とマミさんのフツウじゃないストーリーに憧れてるわ。バッカみたい!!」
言えたらどんなに気持ちがいいか。言葉にはせずに心の中で叫んだだけで、もう涙が止まらない。マミさんに、こんなこと、言えるわけがないじゃない。そんな自分がかわいそうで、もっともっと泣けてきた。
だから私は、ジュースをグラスにたっぷりと残したままキッチンを出る。マミさんが私の背中に向けて、話しだす。絶対に、あれだ。何度も何度も聞かされる、あの話。
「キキ、あなたのパパとはあまりにも素敵すぎる恋だったのよ。男と女が猛烈に惹かれ合うと、赤ちゃんができるわ。奇跡よ。それがあなたよ。あなたは私をお母さんにしてくれた。今でも信じられないのよ。不思議すぎるの。信じられないくらいの幸せなのよ。
ねぇ、キキ。恋は終わることもあるわ。たくさんの喧嘩も生まれる。そして、ほとんどの恋は終わる。それはね、そんな男と女のあいだに生まれた子供とはまったく関係のないところで起きる、大人の男と女の話よ。
だからこそ、恋は夢。私みたいな人生がイヤなら、あなたは終わらない恋を探せばいいわ。人生は冒険だもの。キキなら、見つけられる」
うんざりしているのに、涙が出る。暗記しそうになるほど繰り返される、マミさんの私への「奇跡の愛の話」。うんざりなのだ。自分に酔ったその口調も。全部、うんざりなのだ。それなのに、聞くたびに熱い涙が出る。傷つく。そう。この話、なんか傷つくの。
「ね? 伝わる? あなたにはあなたの人生があるように、私には私の人生があるのよ。私の物語の途中で、あなたが生まれてきてくれた。あなたの誕生は、私の人生で一番特別なできごと。伝わる?」
「もぉーーーー!!!!うッるさいなぁ、もう! 何回も何回もしないでよ、そんな話聞き飽きた!!!」
私は思いっきり振り返って、マミさんを睨む。睨みつける。何がそんなにムカつくのか、傷つくのか、もう自分でもよくわからない。
でも最近、時々こうなる。
マミさんに対しても、アミに対しても。不機嫌になりすぎて、相手に対してとても意地悪な気持ちになっちゃう自分を抑えきれないことがある。
「てか私、自分の部屋が欲しいッ!! 一人になりたくなったって、ここ部屋が足りないじゃない!! 私はいつまでマミさんと一緒に寝るのよ。マミさんが私のこと大好きなのはわかるけど、マジでそれも重くってウザくって仕方がないわッ!!!!」
思いっきり怒鳴ったら、一瞬とても傷ついた顔をして、でもマミさんはすぐに持ち直したかのように弱々しく微笑んだ。
「うん。それは自然よね。そんな年頃よね。ホルモンバランスもね。もうすぐかもね、きっともうすぐ、生理がくるよ」
「……」
リビングとキッチンの他の、もう一つしかない私たちの寝室のドアをバタンッと閉めた。目から涙が溢れて止まらない。
タイヘンな一日だ。
保健室のリンゴに会いたいって思った。私のお母さんではない大人の女の人だから。「オトナもそんなに強くはないのよ」って言葉を、おまじないみたいに心の中で唱えてる。だって、あんなに怒鳴ったのにまだイライラが込み上げてきて止まらない……。
もうすぐ生理がくるのだろうか。そしたら私は女になるのだろうか。そうだ、そしたら私はきっと恋をする。素敵な男の人とキスをする。でも、そのあとは? そのあとのことなんて想像もしたくない。
キスの続きでもっとエッチなことをするのだろうか。それを「愛し合う」って呼んでいいのだろうか? エッチなことをしたら、女の人の体の中に赤ちゃんができるのか。そしたら私は、いきなり誰かのお母さんになるのか。
そして、マミさんみたいに、一生懸命頑張って育てている子供に、こんなふうに怒鳴られるのか。
「親の離婚は、私たち子供のせいじゃないよ!!」
スズに言ったことはホントのホント。大人って身勝手なのだ。だから私たち子供が、彼らの人生について悩んであげる必要なんて1ミリもない。
……怖くなる。恋とかキスとかのロマンがいきなり吹き飛んで、生理がくることまでが怖くなる。
<つづく>


作家。1981年生まれ。ニューヨーク、フロリダでの海外生活を経て、上智大学卒。25歳でデビュー以降、赤裸々な本音が女性から圧倒的な支持を得て著作多数。作詞やドラマ脚本も手がける。最新刊は『目を隠して、オトナのはなし』(宝島社)。8歳の長男、6歳の長女のママ。
Instagram: @lilylilylilycom