「キキ、あなたのパパとはあまりにも素敵すぎる恋だったのよ。男と女が猛烈に惹かれ合うと、赤ちゃんができるわ。奇跡よ。それがあなたよ。あなたは私をお母さんにしてくれた。今でも信じられないのよ。不思議すぎるの。信じられないくらいの幸せなのよ。
ねぇ、キキ。恋は終わることもあるわ。たくさんの喧嘩も生まれる。そして、ほとんどの恋は終わる。それはね、そんな男と女のあいだに生まれた子供とはまったく関係のないところで起きる、大人の男と女の話よ。
だからこそ、恋は夢。私みたいな人生がイヤなら、あなたは終わらない恋を探せばいいわ。人生は冒険だもの。キキなら、見つけられる」
うんざりしているのに、涙が出る。暗記しそうになるほど繰り返される、マミさんの私への「奇跡の愛の話」。うんざりなのだ。自分に酔ったその口調も。全部、うんざりなのだ。それなのに、聞くたびに熱い涙が出る。傷つく。そう。この話、なんか傷つくの。
「ね? 伝わる? あなたにはあなたの人生があるように、私には私の人生があるのよ。私の物語の途中で、あなたが生まれてきてくれた。あなたの誕生は、私の人生で一番特別なできごと。伝わる?」
「もぉーーーー!!!!うッるさいなぁ、もう! 何回も何回もしないでよ、そんな話聞き飽きた!!!」
私は思いっきり振り返って、マミさんを睨む。睨みつける。何がそんなにムカつくのか、傷つくのか、もう自分でもよくわからない。
でも最近、時々こうなる。
マミさんに対しても、アミに対しても。不機嫌になりすぎて、相手に対してとても意地悪な気持ちになっちゃう自分を抑えきれないことがある。
「てか私、自分の部屋が欲しいッ!! 一人になりたくなったって、ここ部屋が足りないじゃない!! 私はいつまでマミさんと一緒に寝るのよ。マミさんが私のこと大好きなのはわかるけど、マジでそれも重くってウザくって仕方がないわッ!!!!」
思いっきり怒鳴ったら、一瞬とても傷ついた顔をして、でもマミさんはすぐに持ち直したかのように弱々しく微笑んだ。
「うん。それは自然よね。そんな年頃よね。ホルモンバランスもね。もうすぐかもね、きっともうすぐ、生理がくるよ」
「……」
リビングとキッチンの他の、もう一つしかない私たちの寝室のドアをバタンッと閉めた。目から涙が溢れて止まらない。
タイヘンな一日だ。
保健室のリンゴに会いたいって思った。私のお母さんではない大人の女の人だから。「オトナもそんなに強くはないのよ」って言葉を、おまじないみたいに心の中で唱えてる。だって、あんなに怒鳴ったのにまだイライラが込み上げてきて止まらない……。
もうすぐ生理がくるのだろうか。そしたら私は女になるのだろうか。そうだ、そしたら私はきっと恋をする。素敵な男の人とキスをする。でも、そのあとは? そのあとのことなんて想像もしたくない。
キスの続きでもっとエッチなことをするのだろうか。それを「愛し合う」って呼んでいいのだろうか? エッチなことをしたら、女の人の体の中に赤ちゃんができるのか。そしたら私は、いきなり誰かのお母さんになるのか。
そして、マミさんみたいに、一生懸命頑張って育てている子供に、こんなふうに怒鳴られるのか。
「親の離婚は、私たち子供のせいじゃないよ!!」
スズに言ったことはホントのホント。大人って身勝手なのだ。だから私たち子供が、彼らの人生について悩んであげる必要なんて1ミリもない。
……怖くなる。恋とかキスとかのロマンがいきなり吹き飛んで、生理がくることまでが怖くなる。
<つづく>