今度は私がビックリして目を丸くする番だった。スズは、男の人と女の人が結婚すると赤ちゃんが運ばれてくる「コウノトリのお話」の信者だったみたい。
スズは、もう生理がきている大先輩なのに、男と女のことをまだ何も知らないみたいだった。
「授業でやったじゃん! 教科書にものってたでしょ? 」って、私はちょっと恥ずかしくなりながら言ったけど、スズはただただポカンとしているのだった。
どうして赤ちゃんができるのか。
父と母は結婚もしていないのに、どうして私が生まれたのか。「愛し合ったからだよ」って答えたかったけれど、本当にそうなのかどうかわからなくって、なんにも言えなくなっちゃった。
どうして私が、生まれてきたのか。
私は今日、友達に聞かれて答えることができなかった。
ガリガリと大きな音を立てて、氷が砕けていく。イチゴが牛乳の中でグチャ混ぜになってゆく。まるで私の心みたいって思いながら、ミキサーの中を眺めてる。
「大丈夫だよ。アミと仲直りできるよ♡」
パチン! とミキサーのスイッチを切ってから、マミさんが優しい声で言う。
「アミも今頃、キキのこと考えて悩んでるかも。ヤキモチって難しいよね。恋人でも友達でも。大好きだとどうしても“私だけのもの!”って独占欲が出てきちゃうもんねぇ」
………今、考えてたのは、そのことじゃないよ。
陽気なマミさんに何故か、イラッとしてしまう。
私は今日、アミに対してもそうだった。私へのヤキモチがスズへの暴言になったのは、私にだってちょっとはわかっていた。それでもアミはスズの前で、容姿のことをケナしたりすべきじゃなかったのは、そう。でも、それ以上に、アミが何か言う前から私はイライラしていた。
だからかも。「キライ!」なんて強い言葉を返して泣かせてしまった……。
「も〜、どうしたの、キキ。大丈夫だってば! アミ呼ぶ?」
「呼ばないッ!!」
ピシャリと強い口調で即答した私に、マミさんが「うわッ。怖ッ」って小さな声で呟いたのが聞こえた。しかも、ふざけた調子で舌まで出した。
あ、すっごいムカつく。どうしよう、すっごいイライラする。マミさんからガラスのグラスを奪うように受け取る。
喉がキンとするほど冷たい、生のイチゴジュース。溶け切らなかったお砂糖が、舌の上でジャリジャリする。
「も〜なに考えてるの?」
マミさんは何も悪くない。相談に乗ってくれようとしているだけ。わかってはいるけど、
「え? 私、どうして私は生まれてきたんだろうって」
すごく冷たい声で言っていた。
「アハハ♡ それはもう、奇跡よ。神様が私にくれた一番嬉しい奇跡が、あなた。あぁ、キセキっていい言葉よね〜」
「はぁ?」
バカじゃないの? みたいな顔してマミさんを睨む。あ。おさえられない。苛立ちがお腹の奥からドンドン湧いて出るのを感じてる。
「お〜、怖ッ……。ま、機嫌悪い女って、でもちょっと可愛いのよね♡」
「……」
マミさんのポジティブすぎる言葉がカンにさわる。思いっきりバカにされているように感じる。言い返したいけど、何か喋ったら泣いてしまいそうだ。
なにこれ、ムカつきすぎて、涙が出そう。
「キキも、アミのこと、そのくらいの器で微笑めるようになったら上手くいくわよ」
「うるさい」
「え?」
「うるさい……」
ミキサーで砕かれて小さくなった氷を、奥歯でバリバリと噛む。潰されたイチゴの残りが、喉に残って気持ち悪い。こんな液体の中にどんなにお砂糖を入れたって、私の中の苛立ちはしずまらない。
「マミさんは、知らないでしょ。私がアミに嘘をついてるってこと。嘘の物語の中で、私のパパは海外にいるカメラマン。時々私に写真を送ってくれるの。アミったら信じ込んじゃってさ、そんな私とマミさんのフツウじゃないストーリーに憧れてるわ。バッカみたい!!」
言えたらどんなに気持ちがいいか。言葉にはせずに心の中で叫んだだけで、もう涙が止まらない。マミさんに、こんなこと、言えるわけがないじゃない。そんな自分がかわいそうで、もっともっと泣けてきた。
だから私は、ジュースをグラスにたっぷりと残したままキッチンを出る。マミさんが私の背中に向けて、話しだす。絶対に、あれだ。何度も何度も聞かされる、あの話。