生活リズムも価値観も自分優先ではなくなったけれど、本当は誰にでもあるずっと変わらず好きなこと。学生時代から小説家として走り続けてきた綿矢りささんは、本好き少女から母となった今を繋ぐ、〝原点を忘れない軸〟を持っていました。
※掲載中の情報はVERY2022年4月号掲載時のものです。
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ママですが、これが好き!
小説家・綿矢りささんは……
『中国語』が好き!
❝陷入(シィェン ルー)、完美(ワン メェイ)…
日中間の漢字の微妙な
意味の違いや字面の美しさに惹かれます❞
新しい言葉や表現を開拓して
いくことにワクワクします
3年ほど勉強している中国語は、少しだけ仕事とくっついています。例えば日本語の「眼差(まなざ)し」は中国語では「眼」に「神」と書きます。見たことのない漢字の使い方を知ると、こういう表現があるんだという学びがあって嬉しいんです。「陥入」ははまり込む、恋に落ちるといった意味、「完美」はパーフェクトな美しさ…発音の響きも含めて、こんな言葉が好きです。小説を執筆中、頭の中では物語がはっきり見えているのに筆力が足りず言葉に苦しむことがありますが、中国語に触れると意表をつかれる表現や字面の美しさと響きに〝言葉が好き〟という純粋な気持ちを思い起こさせてくれます。先生は語学教室で出会った年上の女性で、今は北京に住んでいるためオンラインレッスンをお願いしています。1回の授業は1時間半から2時間くらい。宿題も、朝早くや寝る前、仕事の合間などにコツコツと進めています。本気で始めようと思ったきっかけはネットで見た中国文化に興味を持ったことだったので、TikTokや映画、コスメもチェック。模様が綺麗なアイシャドウやパウダーを買いました。密かな楽しみはネットオークションで見つけた、私が小学生だった頃に発売されていたような昔の日本のノートを使うこと。当時にタイムスリップした気分で勉強しています。中国語検定のHSK5級に合格したので次なる目標はネイティブの方でも聞き取れるような発音。先生に違う!と何度も直されながら必死でPC画面に向かって話しています。
言い間違いって自由で楽しい。
夫と違って注意しない派かも
産後4カ月で仕事復帰しましたが、机に向かう時間がなく寝る前にスマホで執筆したり、取材中に保育園からの呼び出しがきて冷や冷やしたり。そんな日々を経て息子も今年、小学生に。成長したとはいえ子どもですから、言葉を言い間違えることも。そんなとき、違うよってあまり注意したくないんです。もちろん教えることもありますが、むしろ縛られてなくて自由でいいな、知っている言葉の中でも自分らしい表現で喋ることを楽しんでる!って、面白くて。対して夫は、正したほうがいいと思うタイプ。その気持ちも分かるので、お互いの考えを尊重し、私は私、夫は夫で息子に考えを伝えています。
子どもが本好きにならなくても
いいと思うんです
本が好きなら是非にと思いますが、私が気に入っていた絵本を読み聞かせても響かず…どうやら息子は物語が好きではないよう。そう気づいてからは、音やリズムが楽しい絵本や図鑑に切り替えました。むしろ今夢中になっているベイブレードを極めたらいいよ、って。読書はプラスの面ばかりが語られがちですが、実は私自身が幼い頃からの本好きだからこその弊害もあったと捉えていて…本の世界だと自分が主役になれるし、あらすじのままに事が進んでいきますが現実はそうじゃない。生きづらさを感じたり友人関係などに向き合うのが億劫だったり、そんな少女時代を過ごしました。息子には本以外にも色んな世界を見せ、人生で起こる変化に物怖じしないよう手助けしたい。そして土壇場で実力を発揮できる人に育ってほしいと思っています。
PROFILE
◎綿矢りささん
わたやりさ・小説家。『インストール』でデビュー後、『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を史上最年少で受賞。2012年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞、2020年『生のみ生のままで』で島清恋愛文学賞を受賞し、その時代を彩る名作を生み出し続けている。この春小学生になる6歳男の子のママ。
撮影/佐藤航嗣〈UM〉 スタイリング/宮本祐希 ヘア・メーク/陶山恵実〈ROI〉 取材・文/高橋夏果 編集/矢實佑理
*VERY2022年4月号「ママですが、これが好き!」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。商品は販売終了している場合があります。