夫の実家に行くと、なぜかいつもより声のトーンが高くなる。電話に出る時はよそ行き声を出してしまう。無意識に出る高い声は、自分自身に〝女らしさ〟のバイアスをかけ、子どもにも影響を与えているかもしれない。こう警鐘を鳴らすのは、声と心の関係について研究する声のスペシャリスト、山﨑広子さんです。私たちが無意識に出す「作り声」が及ぼす影響とは?
※掲載中の内容はVERY2021年9月号掲載時のものです。
日本人女性の声の高さは世界一
ジャーナリスト・山﨑広子さんに聞く
「よそ行き声」を
「好きな声」にする方法
山﨑広子(やまざき・ひろこ)
音楽・音声ジャーナリスト。「声・脳・教育研究所」代表理事。中学時代に失声症になった経験から、「声」と「心」の研究を開始。国立音楽大学卒業後、複数の大学で音声学と心理学を学ぶ。以降、3万例以上の「声」を分析し、声という音が心身に与える影響を研究し続けている。
日本女性の声の高さは異常
「日本女性の声は世界で一番高い」とのこと。なぜでしょうか。
山﨑広子さん(以降、山﨑) ドイツの新聞記事によると、ドイツ女性の声は年々低くなっていて、大学病院の調査では平均165㎐まで下がっていたそうです。これは日本男性レベルの声の低さで、同じ女の私でも、そんな低い声は出せないくらい低いです。では日本女性はというと、女性アナウンサーの声の平均を調べてみたところ、340㎐でした。ドイツ女性に比べてほぼ1オクターブも高く、声が裏返っているような感じ。異常な高さです。
声の高さは声帯と声道の長さで決まり、その長さは身長に比例します。身長の高い人は声帯と声道が長く、低い音が出ます。背の低い人は声帯と声道が短く、高い音が出ます。コントラバスとバイオリンを思い浮かべてもらうとわかりやすいでしょう。同じような材質ですが、大きなコントラバスは弦が長く低音で、小さなバイオリンは弦が短く高音が出る。人間の声も高低でいえば、楽器とよく似ています。
声は「社会」から作られる
では日本女性の声の高さは、西洋人に比べて小柄な体格であることが原因、ということでしょうか。
山﨑 「声」を作る要素は3つあります。①体格・骨格、②生育環境や職業といった後天的要素、③声を出しているその時の精神状態です。そのうち、①生まれ持った要素が声に及ぼす影響はわずか2割程度で、あとの8割は②後天的に獲得した発声の癖と、③声を出している瞬間の心身の状態によるものなんです。
たしかにドイツ人女性に比べて日本女性の体格は小柄ですが、その体格差を差し引いたとしても、声が高い。つまりそれは本当の声ではなく、「高い作り声」なのです。高い声の持ち主というのは、生物学的に声帯が短く体が小さいことを意味します。子どもは声が高いですよね。仔猫の鳴き声とライオンの鳴き声を比べたら、誰だって仔猫の「ミャー」の方をかわいいと感じるでしょう。
すなわち声が高いということは、その声の主が小柄で若く、未熟で庇護を求める存在だということを端的に表しているのです。我々人間をはじめ、すべての動物がその事実を本能的に理解しているんです。
「装う」ことを求められた日本女性が
「よそ行き声」になるのは必然
日本の女性は自然な地声ではなく、わざわざ声を作ってまで高い音を出している。それは彼女たちを取り巻く環境が、「若く未熟で誰かの庇護なしで生きていけない従順な存在」を求めた結果でしょう。「女の子なんだから」という言葉で小さな頃から娘を縛り、大人になってからも社会から良妻賢母を求められる。そうして「装う」ことへのプレッシャーを受け続けたがゆえに作り出されたのが、女性たちの「よそ行き声」です。電話に出る時のお母さんって、普段と全然違う声を出していませんでしたか。あと、合コンになると声が変わる女ともだちとかね。あれはまさに「よそ行き声」で、作り声でしょう。
ちなみに、ドイツを凌駕して世界一女性の声が低い地域は北欧です。背の高さという先天的な要因もありますが、北欧各国がジェンダー・ギャップ指数ランキングの上位国という点は見逃せません。2021年の最新版でも、1位アイスランド、2位フィンランド、3位ノルウェーと、北欧地域が上位を席巻しています。研究でも、女性の社会進出と声の低さは相関関係にある、という論文が出ています。そしてご存じの通り、日本のジェンダー・ギャップ指数ランキングは120位で、先進国の中で最低レベルです。
ただ自分の声を意識することは少ないので、「作り声」だと気づかない場合も多そうです。
山﨑 過剰に周囲の環境と自分を適合させようとすると、地声からかけ離れた作り声になっていきます。それは、「素の自分でいられない」「本当の自分を見せたくない」という思いにつながっているような気がします。
今の自分がどんな顔で、どんなファッションなのか。鏡も見ないで出かける人はいませんよね。でも「声」にはみんな無頓着で、自分が普段どんな声を出しているかも知らないまま、何十年も過ごしている。
その一方で、私の調査では日本人の8割の人が「自分の声が嫌い」と答えています。生涯もっともたくさん聞く音は、「自分の声」です。あなたの声はあなた自身に影響を及ぼし、他者の心にも作用します。嫌いなままではあまりにもったいない。というより、あなた自身の「本物の声」を手に入れることができれば、それが困難な時代を生き抜く武器になり、自己肯定感を養うことにもつながります。
話し方や言葉の大切さはわかるのですが、なぜ「声」という「音」が重要なのでしょうか。
山﨑 「声」という「音」は、脳のほぼ全領域に影響することが最近の研究でわかってきました。声は大脳の深い部分にある本能領域「旧皮質」も刺激するため、理性とは関係なく「心地いい」「気持ち悪い」「好き」「嫌い」といった本能的な感情を湧き起こす力があるのです。つい「言葉」の方に注目しがちですが、言葉が影響を及ぼすのは理性を司る「新皮質」の一部だけなんです。