「本物の声」の見つけ方
周囲に適応するため、自分を少しでもよく見せようとして声を作る。そうして本物の声ではない音を聞き続けると、心身に不調がでてきます。私のもとにやってきた方で、「人と会って話すのは大好きだし楽しいのに、帰り道はなぜかすごく疲れて罪悪感を持つ」という方がいました。これは脳が発しているサインで、心身に負担がかかっているという警告です。彼女は友人との会話を録音し、はじめて聴いた自分の声があまりにキンキンしていて驚いた、とも話していました。
脳が「気持ちいい」「好き」と感じる声が、体と心に一番いい状態の音。その心地よく感じた声こそが、あなたの「本物の声」です。ちょっと難しく言うと、「心身の恒常性に適った声」なんです。
人間における恒常性とは、暑ければ体温を下げるために自然と汗をかくような、心身を健康に保つために自動的に行なわれる生体反応のことです。同じように声にも恒常性維持の働きが備わっていて、無意識のうちに発している作り声がストレスになっている場合、健康な状態を取り戻そうとして脳からアラートが発信される。先ほどの女性の場合、それが「罪悪感」として認識されたのです。
「本物の声」を獲得するにはどうすればいいでしょうか。
山﨑 私は中学の時に失声症になったのをきっかけに、声という音が心に及ぼす影響を調べ始めました。自分で作り出している声が自分に影響を与えないわけがないと、自分の声を徹底的に研究していったら、いつの間にか声が出るようになっていました。
やり方は簡単です。自分の声を録音して聴いてみてください。自分の声を聴くのは嫌だ、という人が多いでしょう。本能的に「嫌」と感じる声は、作り声であったり、媚やコンプレックスが滲んでいる声ではないでしょうか。ただそれでも我慢して聴いていると、ふと、「悪くないな」と思える声があるはずです。その声を繰り返し聴いて、しっかり記憶してください。そして好きな声を覚えたらすかさず真似して、その声をもう一度録音します。理想の声に近づくまで何度も発声→録音→聴き直しを繰り返し、自分の聴覚に「好きな声」を定着させていきましょう。こうして作り声のテンプレートを聴覚から上書きし直していくことで、本物の声を取り戻すことができるのです。
子どもは親の本音を
「言葉」でなく「声」で知る
子どもに対して声がキツくなることも。子どもへの声がけで気をつけることはありますか。
山﨑 子どもの聴覚は非常に敏感で、幼少期は言葉ではなく「音」と「声」で状況を把握しています。お母さんが「いいんだよ」と優しい言葉をかけたとしても、実際はイライラしていたら、その声色の方をメッセージとして受け取ります。子どもは親の本音を、「言葉」でなく「声」から知るのです。噓をついたり本音と違うことを言うと、子どもにはバレていると思った方がいいですね。
それと、何か言い聞かせたい時に大きな声や強い口調で言っても、子どもの脳には恐怖や反発だけが記憶されます。聞いてほしいことがあるなら、落ち着いた低い声で話しかけてください。自分の声の効果で親自身のイライラも収まっていきますから一石二鳥です。
また、小さい時はお子さんが突然大きな声を出すこともあるでしょう。成長過程にある子どもの聴覚は、自分の出した声という音が、壁や天井に反射して戻ってくるその反射音までも無意識に取り込み、学習しています。そうして、この広さならこの程度のボリュームで話せばいいな、という感覚を掴んでいるんですね。
だから男の子であっても女の子であっても、その子の声を抑圧しないであげてほしいと思います。周りに合わせて声を小さくしたり目立たないように話すのではなく、自分の声で、自分にしかできない表現をうんと楽しませてあげればいい。声を出すのが楽しくなれば話すことに自信がついて、自己肯定感も上がります。
そして親は、絶対に抑圧された声や作り声で子どもと接しないことです。子どもは周りの人たちの声を聞いて、それに合わせて声を作っていきます。だから作り声の高い声ばかり出しているお母さんがいたら……どうなるかわかりますよね。まずはあなた自身の「声」を見つめ直すところからはじめてみてください。
『声のサイエンス
―あの人の声は、
なぜ心を揺さぶるのか』
(NHK出版新書/税込902円)
なぜ人は録音した自分の声が嫌いなのか。ブルーハーツの歌はなぜ若者の心をつかんだのか 。私たちが普段意識していない「声」に秘められた謎に迫った一冊です。
取材・文/小泉なつみ マンガ/おやま 編集/フォレスト・ガンプJr.
*VERY2021年9月号「「よそ行き声」を「好きな声」にする方法」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。