『東京タラレバ娘』『海月姫』『ママはテンパリスト』など数々のヒット作を手がけた漫画家の東村アキコさん。「30代は育児と仕事の両立で地獄のようだった」と話す東村さんですが、同時に、価値観が大きく変わった時期でもあったそう。「無駄遣いしない」「節約しろ」と言われて育った東村さんが「それだけではダメだ」と気づいたきっかけは?
「節約は美徳」「無駄遣いしない」と言われてきたけれど……
——子育てをするにあたって、ご自身が親御さんから受けた教育で参考にしたことや反面教師にしたことがあれば教えてください。
感謝していることはたくさんありますが、あえて反面教師にしている点を挙げるなら、「慎ましく生きろ」という教えでしょうか。親が生きてきた時代を思うと仕方ないですが、私は清貧であることが最大の美徳だと教えられて育ってきました。「無駄遣いしないようにしなさい」「こんなに高いもの買って」と言われ続けたので、お金を遣うのは良くないことだと思い込んでいた時期もありました。でもその考え方が自分の可能性を狭めてきたということに、30代になってから気づきました。
特に少女マンガ読者は、キラキラした世界を求めています。それに気づかず、ずっと貧乏くさい話ばかり描いていました(笑)。だから20代のころはなかなか売れなかったんだと今振り返って思います。大富豪と恋愛する話を描けばよかったけれど、お金を遣った経験がないからそれができない。高いワンピースをちょっと無理して買うとか、世界中を旅行するとか、あらゆる経験を詰んでおけばよかったと思いました。だから息子には「使うところは使って、締めるところは締めろ」と教えていきたいです。
——ご自身の経験を踏まえて教える、というわけですね。
その結果、無駄遣いだけする子になるのか、遣ったお金のぶんだけ自分の人生を豊かにできる子になるのか。なかなか難しいですが、伝えていきたいです。
価値観は時代によって変わるもの。「ゲームのやりすぎは良くない」と多くの親が言うけれど、IT業界で成功している人は幼少期にゲームを禁止されなかった人が多いという話を聞きました。未来なんてどう変わるか分からない。その時代に合わせてうまく生きていける子になってもらえればうれしいです。
美意識を高く持つことは、生きる原動力になる
──現在の東村さんは「お金を遣うこと」についてどう捉えていらっしゃいますか?
デビュー後、35歳くらいで漫画が売れるようになってきて「清貧」を脱却しました。ようやく「遣ったら取り戻すようにマンガに描けばいい」と思えるようになりました。高い店に行っても、それを作品に生かせばいいんだって。30代後半からは着物にもハマり、散財しています。でも「やばい」と思ったら、描いて取り戻せばいい。着物に関連した作品も手がけるようになり、仕事の幅も広がりました。
──今は育児優先だけれど、本当はファッションが好き。自分のためにお金や時間を使うことも大切にしたい。読者からはそんな声も……。
私もVERY読者の「育児も、自分のおしゃれも楽しもう」という姿にとても共感しています。美意識を高く持つことは、生きる原動力になると思う。「せっかく高い服を買ったんだから絶対太らない!」と決めたら、毎日のおやつで無駄遣いすることもなくなるかも。細々遣っていても、年間で考えると結構な金額になりますからね。時にはガツンと投資することも、決して「無駄」ではないと思います。
「VERY」ってもっとコンサバなファッションのイメージだったのですが、今回改めて見て印象が変わりました。とくに「NaVY」は私の好きなテイストに近いので見ていて楽しいです。読者スナップに登場する皆さんがオシャレなのはもちろん、表情がイキイキしている! そういうママと過ごすのはお子さんも楽しいと思うんですよね。
若い子のカルチャーが好き。「興味を持つこと」で世界が広がる
──東村さんといえば、新しいことに果敢に挑戦されるイメージがあります。日本の漫画家としていち早くウェブトゥーン(スマホ向けの縦読みマンガ)にも挑戦されました。その原動力はどこにあるのでしょうか。
新しいものが好きなんですよ。最新機械が好きという意味ではなくて、新しいカルチャーが好き。若い人の間で流行っているものを知りたいし、触れたいんです。
縦読みマンガを描こうと思ったきっかけは、K-POPです。韓国のカルチャーに興味が湧き、向こうで縦読みマンガが流行っていると知りました。そのとき、「私もスマホ向けのマンガを描いて、K-POPの子たちに『読んでます!』とか言ってもらいたい。韓国の若い子たちに私の漫画を読んでほしい!」というのが嘘偽りのない動機ですね。おかげさまで、韓国に行くと、「漫画読んでます!」という子によく会うようになりました。
流行っていることって絶対に「正義」だと私は思っています。流行っているならとりあえず乗っかろうかなと。人気のカフェがあると聞けば、すぐにアシスタントと行きます。息子に若い子のトレンドを聞くことも多いです。「あたらしもの好き」の性格は、きっとおばあちゃんになっても変わらないはず。好きなこと、興味を持つこと自体が私の原動力なのかもしれません。
最新エッセイ『もしもし、アッコちゃん?~漫画と電話とチキン南蛮~』(光文社)
電電公社勤めの一族に生まれ、子どものころからお絵かきが得意だったアッコちゃん。利発でちょっとやんちゃ、子どもながら好みがはっきりしているアッコちゃんは、周囲の大人を振り回しつつ、宮崎の自然とのんびりした人々の気質にはぐくまれ時には鍛えられ、才能を開花させていきます。アッコちゃんの成長と日本の人気漫画の変遷をタテ糸に、電話の進化をヨコ糸に、昭和末期から令和までの著者の半生を“笑い”とともに綴ります。
profile
東村アキコさん(ひがしむらあきこ)
漫画家。1975年生まれ、宮崎県出身。1999年、「フルーツこうもり」でデビュー。『ママはテンパリスト』が100万部を超えるヒットとなる。自身の半生を描いた『かくかくしかじか』、映画化された『海月姫』(講談社漫画賞)をはじめ、『東京タラレバ娘』(米国アイズナー賞最優秀アジア作品賞)などメディア化作品も多く、同年代の女性の強い共感を得ている。2020年には『偽装不倫』でのウェブトゥーンなどへの功績で、芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞、『雪花の虎』でアングレーム国際漫画祭ヤングアダルト賞受賞など、先駆的な活動で日本の漫画界を牽引するのみならず、韓国、米国、フランスなど海外でも広く読者に支持されている。フィクション版「アッコちゃん」ともいえる小学生が主人公の『
取材・文/樋口可奈子
撮影/松蔭浩之