〝子どもの自死〟と聞くと、悲しい出来事だと共感はしても、親子仲も良く、学校も楽しそうな我が子にはどこか他人事のように感じられるかもしれません。ところが、文部科学省のデータによると「理由不明」とされる自死が圧倒的に多いという事実が。この、なかなか表には見えづらい〝理由なき子どもの自死〟について、専門家にお話を伺いました。
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データで見る『子どもの自殺』
自殺した児童生徒が
置かれていた状況
児童・生徒の自死は、クローズアップされがちな「いじめ」や「進路問題」「家庭不和」だけでなく、子どもたちが人に話せない悩みを持っていたことがわかる。
出所:文部科学省『令和2年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要』より
自殺者数の推移
2006年に自殺対策基本法が制定されたこともあり、コロナ前までは自殺者の全体数は10年連続で減少していたにもかかわらず、10代までの自死数は横ばいからむしろ上昇傾向にあることが見てとれる。
出所:警察庁『令和3年中における自殺の状況 資料』より
子どもの生きる狭い世界は
大人が考えるよりずっと生きづらい
長年、希死念慮を持つ子どもたちからの電話相談を受けていますが、自死を選んだ子どもの「理由」にたどり着くことは非常に難しいと感じています。なぜなら、子どもの自死には遺書がない、誰にも想いを話していないことが多いから。そして、突然死にたくなるというのではなく、他者から見れば些細なことの積み重ねで、もしかしたら本人すらその理由に気づかないままに「自分が生きていいのか? 生きている意味があるのか?」という想いに苛まれて「死」というものに直結してしまうのではないか、と。子どもからの電話相談は中高生になるとぐっと増えるのですが、話を聞いていくと「幼稚園の頃から、なんとなく生きていていいのだろうかと思っていた」と言う子も少なくないのです。そしてご両親のことも「嫌いなわけではない」と。
彼らが具体的に話してくれる理由の中には、親が私の話を聞いてくれない、きょうだいや友達と比べられて苦しい、自分なんて価値がない……といったものもあります。これは、ほとんどの人が思春期に一度や二度思ったことがあることではないかと思います。だからつい「そんなことでクヨクヨしないで、もっと頑張れ」など、良かれと思って励ましてしまいがちですが、このような子どもたちは、実は、そういった言葉がとてもつらいと言います。では、私たち大人がそれを察知し、最悪の事態を回避するにはどうしたらいいのか。正直、そうした子にあげられる「特効薬」はないのかもしれません。希死念慮を持つ子どもたちは〝自分がいていいのかな?〟という想いを抱いています。今のママたちはとても忙しい。それは子どもが一番よくわかっている。でも、呼ばれたら〝顔を見て〟返事をしてあげる。元気がない、少しでもいつもと様子が違うと感じたら、取り越し苦労でもいいから「何かあった?」と声をかけてみる。子ども本人が〝気にかけてもらえている〟と感じる、その積み重ねが自分の存在価値の確認であり、本当に困ったときに自分の味方になってくれるという親への安心感に繫がるのではないかと思います。
もし我が子から「死にたい」と打ち明けられたら……。親なら動転して当然です。でも、死にたいと思うことは、命を粗末にしたいということではなく「どうしていいかわからない」という切実なSOS。「教えてくれてありがとう」「その気持ちは、悪いことではない」ということを伝えてあげてください。そして根掘り葉掘り聞き出すのではなく、子どもにも言いたくないことがあるという現実を親自身が認める。会話ではなくLINEなどテキストでやりとりするほうが、双方冷静に本音を伝えやすい場合もあります。私たち大人が考えるより、子どもの生きる狭い世界はずっとずっと生きづらいものなのかもしれません。逃げ場や選択肢が少ないために子どもが「頑張り続けるか、すべてやめてしまうか」の二者択一しかないと思ってしまうかもしれません。そんなときは、もっと自分のダメな部分、弱い部分をさらけ出しても大丈夫だよと伝える。私は相談員として、そんな気持ちを持って日々対話をするようにしています。
話を聞いたのは…
認定NPO法人「国際ビフレンダーズ 東京自殺防止センター」理事
村 明子さん
2001年から自殺防止相談員として多くの人々の声に耳を傾ける傍ら、研修講師として相談員の育成も務める。既に成人している2人の娘さんのお母さんでもある。
「理由がない」のではなく
「わからない」のが子どもの自死
理由を親や周囲には言わず、残念ながら亡くなってしまう子どもたち。そのような子どもの自死は一般的な鬱病とは異なり、不眠や食欲不振などの「サイン」が見えづらいのも特徴。「理由がない」のではなく「わからない」ということなのではと思います。
子どもは衝動的に行動を起こしやすい傾向にあり、死生観も10代半ばまでは成熟しないと言われています。10年ほど前の調査になりますが、人は死んでも生まれ変わると思っている子どもが、中学生で3割強という結果も。祖父母が長寿になったり、自宅で看取ることも少なくなり、幼い頃に親族の死を経験していないことも背景にあるのかもしれません。2007年~2016年にかけて、自殺既遂者のご遺族たちにじっくりお話を伺う、という機会を重ねました。すると、理由不明の自死を選んだ子は、一見毎日をエンジョイして見える子、良い子、育てやすい子が多いように感じました。親が自分に何を期待しているかを敏感に感じ取っている。大切に育ててくれていることもわかっていて、感謝もしている。だから学校も習い事もきちんと行って結果も残す。でも同時に、学校で嫌なことがあった、テストで良い点を取れなかった、見知らぬ大人に性的ないたずらをされたなど、BADニュースを言って親を傷つけたくないと思っている優しい子たちなのです。そんな子たちが、自分の人生を生きていないと感じていたり、ましてや「消えたい、死にたい」などの気持ちを親に言えなかったことは想像できます。どうぞ、会話時間の量ではなく、日頃から安心して子どもがBADニュースを話せているかを振り返ってみてください。
もしいつか、お子さんが死にたいと漏らしたり、自傷行為をしたとしても、叱責するのではなく、無理をして生きてきた子が自分のペースで生き直せるチャンスだと思って、冷静に反応してください。「次にもしそういう気持ちになったら教えてくれる?」「もしリストカットをしてしまっても、後からでもいいから教えてくれる?」「切るとどんな気持ちになるの?」などの会話ができると、子どもにも、親に話していいんだという安心感が生まれます。死にたいという気持ちを否定し、改めさせようとするのは時に逆効果です。本人には、今直ちに実行しない理由がきっとあるはず。可愛がっているペットでも、好きなサッカーでもいい。今生きている理由を理解してあげて、死を先延ばしにするところから始めてみるのもよいと思います。それには、受け止める側の親のメンタルも健全でないと、子どもは安心して甘えることができません。保健所や精神保健福祉センターなど、守秘義務を守りながら話を聞いてくれるところもあるので、もしもの場合はそういった機関を頼ることも大切です。
少数ではありますが、養育の問題ではなく、どんなに家族に愛され、勉強もスポーツもできて人気者でも、幼い頃からまるで死にとりつかれてしまったかのような「気質」による希死念慮もある……と、診察をしていて感じていることも。既にお子さんを自死で失い、自らを責め続けている親御さんにそのこともお伝えしたいと思います。
話を聞いたのは…
精神科医
松本俊彦先生
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。薬物依存症や自傷行為に苦しむ人を対象に診療を行う。著書に、『自傷・自殺する子どもたち』(合同出版)など多数。
まずは「知る」「考えてみる」
おすすめの本
取材・文/嶺村真由子 イラスト/ながせこなみ 編集/太田彩子
*VERY2022年7月号「理由なき〝子どもの自死〟を考える」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。商品は販売終了している場合があります。