VERY December 2021
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December 2021

2021年11月6日発売

890円(税込)

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青木さやかさん「大嫌いだった母から何度も逃げてはみたけれど」

母娘の歪な関係の正体って何?どんなゴールを目指せば良いの?大人になり自身が母になった今も、幼い頃からの母の支配に囚われ、生きづらさを感じてきたという皆さんへインタビューをしました。母との関係にもがきながら生きている女性へ、彼女たちの言葉が届きますように。今回は、青木さやかさんのインタビューです。

※VERY2021年8月号より。掲載の内容は誌面取材当時のものです。

自分を1‌8‌0度
変えてみることにした

 2019年の秋に母が亡くなりました。悪性リンパ腫を患い、長い間抗がん剤治療をしていたのですが、最期の3カ月は延命治療をすることを望まず、彼女の意志で実家のある愛知県のホスピスに入ることにしたのです。夏のあいだは毎週末、東京から車を4~5時間走らせて母に会いに行きました。自分を苦しめてきた母がこの世からいなくなる、母から解放されるかもしれないと想像したとき、いや決してそうじゃない、このままではたとえ姿がなくなっても母に対する嫌悪は一生つきまとったままだと思ったのです。長く置きっぱなしにしてしまった母娘の空気をどうにか変えたくて、仲直りをしようと決意しました。

そのために私がしたのは、母を知るでも母と向き合うでもなく、自分自身を変えること。ちょっと歩み寄ってはやっぱり無理だと諦めて、を繰り返してきたけれど、それではまったく変わらない。あの3カ月は自分の悪い癖を封印して、いつもは一言言い返してしまっていたものを黙る、不貞腐れていたものを一歩歩み寄る、ネガティブなことを言われても和やかに返す。30度変えても100度変えても変わらなかったから、やったことのない方向へ180度変えてみたのです。最期に過ごした母との時間は、過去の寂しさが少しだけ埋まっていくことを実感すると同時に、ずっと欲しかった母からの愛をもらえた気がしました。

母ではなく女ではないか

 小さい頃から母に褒められたことがありませんでした。「テストで85点とったよ」と言えば「どこを間違えたの?次は100点をとらなきゃね」と返され、「ピアノの発表会で『エリーゼのために』を弾くことになったよ」と言えば「○○ちゃんは去年弾けていたでしょう」と比較され。きれいで頭が良くて、周りからも尊敬される教師だった母。そんな母が言うことは娘にとっては絶対であり、それに応えなければと思っていたし、とにかく母に褒められたくて頑張っていたんです。

けれど、高校1年生のときに初めて、母への嫌悪感を覚えました。両親が離婚したのです。それまで離婚を否定してきた母が、あっさり父と別れてしまった。理由なんて聞きたくもなかったけれど、漏れ聞こえてくる両親の会話から原因は母にあるのだと思っていました。母ではなく女ではないか、教師ではないのか。思春期の私にとって母を嫌いになるには十分すぎる出来事でした。それから上京するまで母と一緒に暮らしていたものの、私たちは話し合うことが一度もないまま、向き合うことがないまま、仲が悪くなっていきました。

 

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母から
植え付けられたものは
大人になっても
染み付いている

 あるタレントさんの結婚式に行ったときのこと。たくさんのゲストの方が祝辞を述べているときに「この人の祝辞いいですね」「話長くないですか?」とぶつぶつ言っていたら、隣に座っていたビビる大木さんに「青木、なんで祝辞評価してんの」と言われたんです。帰りのエレベーターを待っているときにも「遅すぎません?」とつい呟いてしまって、「エレベーターもかよ!」と、突っ込まれて(笑)。考えてみたら、私は評価ということで会話を成り立たせていたんです。母は私にたくさんの価値観……というよりも〝物事の評価〟を植え付けました。「雨だから憂鬱だ」「離婚するなんて残念」「いい大学を出たほうが偉い」。根深く刻まれたあらゆることへの評価に対して、当時の私は賛成も反対もない、そういうものだと思っていたんです。要するに、刷り込まれていたんですね。おかしいと気づいたのは、芸人になってしばらく経ってからです。お笑いの世界には、いい大学を出ていなくても、色々なことを知っていて快く教えてくれる先輩がたくさんいる。学歴のある人だけが偉いわけじゃないし、成功するわけでもないことにようやく気づいたのです。

 日々娘と関わる中でも、母の影を感じることがあります。私はずっと「勉強しなさい」「いい成績をとりなさい」と育てられてきました。それがとても苦しかった私は、娘には決して押し付けないようにしなければと「勉強しなくていいよ」「テストでいい点なんてとらなくていいんだよ」と伝えていたら、娘に「勉強しなくていいって押し付けないで」と言われたんです。母と言っていることは真逆なのに、娘に押し付けることには変わりなかったんですね。受け継いだものは癖として出てしまう。難しいなあ、気をつけなければと、関わってくれる人たちによって気づかされることばかりです。

〝親孝行すると、
自分がラクになれるよ〟

 私は不機嫌な空気の中で、お金を渡して、旅行をプレゼントして、物を贈って、娘にもよく会わせて、一般的な親孝行のようなことはしてきました。母があと3カ月しか生きられないとわかったとき、私はこの空気を変えなければと思ったのです。
「世の中には道理がある。親孝行すると自分がラクになれるよ」。動物愛護活動を一緒にしている友人の武司さんに言われたこの言葉が母に歩み寄れた理由の一つなのですが、本当にその通りだと思います。『母』という本の中でも書いているように、ホスピスに通う中で私は母にこれまでのことを詫びたのです。「今まで、いい子じゃなくてごめんなさい」。すると母は私の方を見て、「なに言ってるの、さやかは誰よりも優しいでしょう」と、言ってくれました。その優しさを表に出そうとはしてこなかったけれど、母はわかってくれていたのだと驚きました。それによって一足飛びに母への嫌悪が消えたわけでは決してありません。けれど、3カ月の間にジグザグを描きながらちょっとずつ薄くなっていくのを感じていました。

母が亡くなったあとは、ずっと嫌いだった母のことが嫌いじゃなくなり、むしろどんどん好きになっていったのです。どの仕事よりもどの人生のミッションよりも一番大変で、苦しくて、辛くて、嫌だった。でも気持ちと闘っているわけですから、母の姿がなくなっても、苗字が変わっても、私の場合は解決しないと思ったんです。何度も母から逃げてはみたけれど、結局奥深くにつきまとっていた。だから、私が変わり、自分のためにも親孝行をする道を選びました。

母を好きになり、
そして自分も好きになった

 母との関係だけでなく、私自身にも大きな変化がありました。一つは、誰のことでも好きになれる自信がついたこと。だって、あんなに嫌いだった人を好きになれたのだから。過去に仲違いしてしまった人を思い返したとき、自分を反省できるようになったことも私にとって大きな財産です。もう一つは、自分を好きになれたこと。歳を重ねるにつれ、娘と関わるときの言い回しや声のトーン、顔や表情が母に似ていくことが本当に嫌で、そのせいで自分を嫌いになったりもしました。けれど母を好きになれた今は、それが懐かしく思える。自分の中に母を見ることが、とても嬉しいんです。

青木さやかさん

タレント、女優。1973年愛知県生まれ。大学卒業後、フリーアナウンサーを経てタレントの道へ。バラエティ番組やドラマ、舞台など幅広く活躍している。近年はYouTubeチャンネル「犬と猫とわたし達の人生の楽しみ方」などを中心に動物保護活動にも注力。2007年に結婚、2010年に長女を出産、2012年に離婚。プライベートでは小学6年生の娘の母。

『母』
(中央公論新社)

母のことが嫌い。母の固定概念に支配された、わたしのことが嫌い。長年にわたる母との確執。わだかまりを残したまま逃げるように上京するも、バイトは続かず、タバコとパチンコに溺れた日々。母のせいで自分を嫌いになった青木さんが、母と最期に向き合うことで、拗れた自身の人生を一つ一つほどきながら関係を修復する。自分の人生を生き直す奇跡を綴った一冊。

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撮影/福本和洋 取材・文/藤井そのこ 編集/フォレスト・ガンプJr.
*VERY2021年9月号「実の母にイラッとするのはなぜ?」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。

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