──たくさんの情報があふれる今、育児についても「これが正解」と納得できる答えを見つけるのは難しいもの。「周囲と比べてしまうとき」「親世代の育児とギャップを感じたとき」ブレずにいられる最新情報を、医師で東京大学医学部客員研究員の柳澤綾子先生に各国の最新医学研究データのエビデンスをもとに教えていただきました。(今回のテーマは「子どもを保育園に預けること」です)
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※掲載内容は2023年8月現在の情報です。
【今回の質問】
Question
子どもが保育園の0歳児クラスに入園しました。慣らし保育で泣かれたり、園で風邪をもらってくると「私の都合で預けたせいで」と罪悪感が消えません。
Answer
集団生活には発達を促すメリットも。愛情をたっぷり注いで保育をしてくれる人がそばにいる環境が何より大事で、それが母親でないといけないという根拠はありません。
【お話を伺ったのは……】
柳澤綾子(やなぎさわ・あやこ)先生
医師・医学博士。東京大学大学院医学研究科社会医学専攻公衆衛生学分野特任研究員。東京大学大学院医学研究科公衆衛生学博士課程修了。麻酔科指導医、公衆衛生学、社会疫学、医療経済学領域の研究者であり、プライベートでは二児の母。
「保育園入園による影響」を世界の最新研究から考えてみると?
保育園に入ると、集団生活の中で子どもが風邪などの感染症で体調を崩すことも増えます。そんな時、「親の都合で早めに入園させたせいかな」と思ってしまったり、子どもの発達が少しゆっくりだと「親と過ごす時間が短いせいかな」と感じたりする。そんな悩みを聞くことがあります。しかし、最近は「保育園に早めに入園すること自体は、心身の発達に大きな影響はない」という研究結果がドイツをはじめ各国から報告されています。さらに、日本やフランスの研究からは「早めに入園した子の方が言語能力が高い」というデータも。一番大切なのは、預ける、預けないではなく、乳幼児期に愛情を注いで育児をしてくれる人が周囲にいることです。それが肉親、母親でないといけないという根拠はありません。
ドイツ発「育休復帰時期は子どもの将来に影響しない」という報告
最近は、医療経済学など学問領域を横断する研究が、各国の大学、研究機関で盛んにおこなわれています。たとえば、ある社会環境で育つことが、その後の子どもの成長にどのような影響を及ぼすか。そこに医療や教育が介入することによって、どういった効果があるかを長期間にわたって調査するような研究が増えているのです。日本における国勢調査のように大規模な統計を利用した解析が世界的にも多く報告されており、そう簡単にはひっくり返らない精度の高い学説になっています。その中で今回、最初に紹介したいのは2018年にドイツで発表された労働経済学分野の研究です。*1 ドイツでは、「育休の長さが子どもに与える影響」に着目し、育休が半年から1年へと延長された前後の子どもたちについて、高校や大学の学歴や大人になってからの就業状況や所得までを調査しました。その結果は「生後、母親と一緒に過ごした期間の長さは、将来的な子どもの進学状況や所得などにはほぼ影響を与えていない」というもの。オーストラリア、カナダ、スウェーデン、デンマークにおける調査でもほぼ同じような研究報告が出ています*2。これらを踏まえて言えるのは、母親が子どもを保育園などに預けて仕事に復帰することに罪悪感や引け目を感じる必要は全くないということです。
「集団生活が言語発達に有効」というフランスの研究成果も
フランスでは、育休を最長3年間取得できる法律が制定された後、法改正前後の子どもたちを比較した調査が行われました。結果、早期に保育園に入園した方が6歳時点での言語能力が高いという結果が出たのです*3。日本でも、保育園に通うことで、言葉や知能の発達にプラスの効果をもたらすという研究結果があります*4。
これらのデータを踏まえると、早期の集団生活はメリットも大きいといえると思います。その上で考えたいのは、親自身はどうしたいのか? ということ。親の選択の背景には社会的、環境的な要因も大きいです。「本当は子どもを預けて働きたかった」あるいは「もう少し長く手元で育てたかった」と思いながら、周囲からのプレッシャーや経済的事情であきらめざるを得なかった、ということがないように、母親を取り巻く社会状況も変わっていくことを願います。その上でお伝えしたいのは、子どもを保育園に預けることに対して、親が罪悪感を覚える必要はなく、むしろ発達に好影響もあるということです。
(主要参考文献)
*1 Shintaro Yamaguchi, Yukiko Asai, Ryo Kambayashi (2018),
How Does Early Childcare Enrollment Affect Children, Parents, and Their
Interactions?, Labour Economics, 55: Pages 56-71
*2 Alexander Gelber, Adam Isen, Children’s schooling and parents’ behavior: Evidence from the Head Start Impact Study, Journal of Public Economics, Volume 101, 2013
*3 Nabanita Datta Gupta, Marianne Simonsen, Non-cognitive child outcomes and universal high quality child care, Journal of Public Economics, Volume 94, Issues 1–2, 2010, Pages 30-43
*4 Yukiko Asai, Parental leave reforms and the employment of new mothers: Quasi-experimental evidence from Japan, Labour Economics, Volume 36, 2015, Pages 72-83
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取材・構成/髙田翔子
photographer: Amiri Kawabe