住宅価格高騰のなか、長年賃貸派だった小説家の吉川トリコさんは「注文住宅の購入」を決意。夫婦で家探しをするなかで、間取りから見えてくる価値観や業界の慣習に驚いたこともあったそう。「家を建てたからこそわかった、住まいと人生の選び方」を伺います。
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「買うつもりじゃなかった」私が決断した理由
──そもそも「家を買うつもりじゃなかった」ということですが……?
もともと私は賃貸派で、30年近く、引っ越しを繰り返しながら賃貸暮らしを続けてきました。夫と「駅近で、今より少し広くて、できればシステムキッチンがあって」といったように引っ越し先の希望条件を出しあって不動産屋さんに行ったら、「今、そんな物件はありません!」と言われてしまって。私は地方都市で暮らしていますが、住宅費高騰の今、条件を満たすような家は、どれも大幅な予算オーバー。多くの人も感じることだと思いますが、「こんなに高い家賃を払うくらいなら、家が買えるんじゃない?」という話になり、気持ちが一気に購入に傾きました。もともとは、「資源を無駄にせず、今あるものを有効に使いたい」という思いがあり、中古住宅をリフォームしようと思っていました。ただ、断熱、省エネ性能を考えた住まいにして、自分の生活スタイルに合わせて使いやすく手を入れるとなると、結局のところ新築同様に資材を使うから本末転倒なのでは? と感じて。結局は、イチから注文住宅を建てるということに落ち着きました。建築について知識が増えた今、振り返ってみると物件の選び方しだいでは、中古リノベーションも可能だったのでは? とも感じていますが……。
世の中の「こうあるべき」への違和感
──エッセイのなかでは、工務店や住宅メーカー巡りで感じた吉川さんの「違和感」に、思わず「あるある」とうなずいてしまいました。普段の生活では意識させられないのに、夫婦揃って高額な買い物をしようとすると、夫にだけ名刺を渡されたり、「ご主人様」「奥様」と呼ばれたりしてモヤモヤ……という話は周囲でもよく聞きます。
あくまで私の体験談ですが、住宅販売の現場では「家族とは、夫婦と子どもが二人くらいいるもの」という考え方がまだまだ一般的なのかなと感じることはありました。売却するときに有利だからという意味で提案をしてくれているのかもしれないですが、夫婦それぞれが使えるように書斎が二つ欲しいと言っても、「子ども部屋としても使えるようにしておいたほうがいいですよ」とアドバイスされたことも。
これだけ多様な家族の形があることが可視化されている時代なのに、まだ従来型の結婚・家族観が根強いのかもしれない……と感じる出来事でもありました。


天井右側にあるのは「listude」のスピーカー。
書棚は、単行本や文庫本がぴったり収まるサイズに。
──売る側としては売れ筋で合理的なものをすすめたいのかもしれませんが、「こうあるべき」と決めつけず、選択肢は多いほうがいいですよね。
たとえば、分譲戸建てやマンションでは「オープンキッチンで、家事をしながら家族の様子が見られる」といった間取りをよく見かけますが、「これが普通で正解」というわけではない気がして……。我が家は夫婦二人暮らしですが、もし、子どもがいたとしてもいつか巣立っていってしまう。そうなったときにメーカーがすすめる「一家団らんしやすい家」は、果たして使いやすいのだろうか、なんて考えてしまいました。自分たちが本当に住みたい家を見つけるのは、簡単ではありません。だからこそ、家づくりを通して「本当に自分たちはどう暮らしたいのか。何を重視するか」をじっくり考える機会にもなりました。
家づくりも生き方も、正解は一つじゃない
──人生の中で、大きな選択や決断を迫られた場面でも、「一つの正解」に当てはめられることに、息苦しさを感じた経験はありましたか。
40代まで続けた不妊治療での経験が、まさに近いと思います。私は結果的に子どもを産むことはなかったけれど、「絶対に子どもがいる人生でなければいけない」と思い込むと、苦しくなるだろうと感じていました。「何が何でもこれ」という理想が一つしかないと、そこから外れたときにしんどくなってしまいます。だから、どんな決断をするときも、「絶対にこっち」と決めるのではなく、今自分が選べるものの中から自然と落ち着く方向を選んでいけばいいと思うようになりました。
このご時世ですから、家を建てる際、お金に対する不安がなかったわけではありません。「持ち家か賃貸か」「いつが買い時なのか」いろいろな考え方がありますが、やはり、その人が「買おう」と思ったときが、買い時なのだと思います。私の場合は、住宅関連本をたくさん読んで、不動産はインフレ対策にも効果的と思ったことも、このタイミングで購入した理由の一つです。


吉川トリコさんの仕事場でもある書斎スペース。
「夫が踏板の薄さにこだわった」という階段。
──家づくりを進めるなかで、自然とご夫婦で話す時間も増えたのかなと感じました。価値観のすり合わせをしていくなかで、「これは自分より、相手のほうがずっと考えていたな」と感じたことはありましたか。
夫から「階段の踏み板を薄くしたい。そのほうが見た目がかっこいいから」と聞かされたときには、「この人は一体何を言っているのだろうと思いました(笑)。私たちの新居を担当してくれた設計士にとってもはじめて聞くリクエストだったようで驚いていました。でも、私にもこだわりたいポイントがいつつかあるし、夫の希望は理解しました。家づくりって、その人の価値観がすごく出るんですよね。何を大事にしているかとか、どこは譲れて、どこは譲れないかとか。夫婦として長年ずっと一緒にいても、わかっていなかったことがまだまだある。家づくりをきっかけに、それが少しずつ見えてくるのが面白かったし、長い付き合いの夫のことでもまだまだ知らないことがあるなと思いました。
『小説のように家を建てる』(吉川トリコ・光文社)
どこか遠くへ行きたかった。そうして、どういうわけだか、家を建てることになった……。 どのような観点で選択を重ね、どのような家を建てたのか。 物件を探しはじめ、新居の引き渡しにいたるまでの大冒険の記録。

Profile

吉川トリコさん
1977年生まれ。名古屋市在住。2004年「ねむりひめ」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞および読者賞を受賞しデビュー。2021年エッセイ「流産あるあるすごく言いたい」(『おんなのじかん』収録)でPEPジャーナリズム大賞オピニオン部門受賞。2022年『余命一年、男をかう』が島清恋愛文学賞を受賞。同書はネットフリックスにて2026年、実写公開予定。ほかに『コンビニエンス・ラブ』『コメディ映画で泣くきみと』など著書多数。
構成・文/樋口可奈子 撮影/光文社写真室
※記事中のインテリア写真はすべて吉川トリコさん撮影









