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芥川賞作家、金原ひとみさん『シンプルな情熱』を読んで思うこと

──2022年、ノーベル文学賞を受賞したフランス人作家アニー・エルノー。離婚後の恋愛を描く代表作『シンプルな情熱』には、自身の経験が色濃く反映され、ベストセラーとして各国で翻訳されています。今なぜアニー・エルノーが読まれるのか?『蛇にピアス』で芥川賞を受賞した金原ひとみさんににお話を伺いました。

世界中の女性たちはなぜ今、
アニー・エルノーを読むのか

Profile

金原ひとみさん

1983年東京都生まれ。2004年にデビュー作『蛇にピアス』で芥川賞を受賞。著書に『AMEBIC』『マザーズ』『アンソーシャル ディスタンス』『ミーツ・ザ・ワールド』『デクリネゾン』ほか多数。新刊『腹を空かせた勇者ども』、自身が責任編集を務めた雑誌「文藝」の私小説特集に書下ろしを加えたアンソロジー『私小説』(いずれも河出書房新社)も発売中。

私にとってショッキングな
小説であり、事件
  金原ひとみさん

自伝的な作品を書く作家であるということは知っていたのですが、『シンプルな情熱』の映画を最初に観てアニー・エルノーに興味を持ったので、ここまで純度の高いモノローグで構成されているとは想像しておらず、小説を読んだ時はショックを受けました。『シンプルな情熱』や『嫉妬』でエルノーが書くのは、ほぼ自分の感情についてのみです。初期は自分の生まれ育った階級や出自といったものがテーマになっていたようですが、あとがきによると、両親が亡くなり自分と出身階層を結びつけるものがなくなったことが転機に結びついたようです。社会的なしがらみから解放されるというのは多くの中年層にとって大きな関門ですが、恐らく小説執筆の起点になったであろうテーマから完全に離れることは、なかなかできることではありません。

主人公には別れた夫との間に子どもがいますが、その詳細やこれまでのいきさつはほとんど語られません。ここまでシンプルかつソリッドな構成の小説はめずらしいと思います。書くべきことがはっきりしていて、ストーリーを作ろうという意思や、今書くべきことにとって無駄なことが完璧に削ぎ落とされることで、はじめて伝わってくるものがあるのだという発見もありました。日本に於いては特に、小説はジャンルを問わずある程度ストーリー性を重視され、文学賞でもその力量を試されることが多いです。そういった作りこみではなく、自分の感情に徹底することでここまでの俯瞰視点を達成させるというのは、事件といってもいいのではないかと思いました。

感情に肉薄することができるのは
小説ならでは

映画版の『シンプルな情熱』では、主演女優の演じる、フランス人の女性の正直な、というか自分の感情を隠そうとしないさまがリアルで印象的でした。以前フランスに住んでいた私には、「そうそうこういうとこあるよね」と思えるシーンが数多く、映画も面白かったのですが、原作を読むとやはり「小説である」ということが重要な作品なのだと感じます。映像化するとどうしても、自意識の部分が削ぎ落とされます。主人公が恋愛にのめりこみ、普段の暮らしの中で常軌を逸していくさまは小説の方がはるかに仔細に表現されています。エルノーはこれまで瑣末な感情として片付けられたようなことを、顕微鏡で何千倍にも拡大するかのように克明に描いています。

自分の感情にここまで肉薄することができるのかと驚くほどです。そしてエルノーの特徴の一つとして、「この小説を書くこと」についても書くんです。例えば、小説を書き上げた後、1年ぶりに戻ってきた男性との逢瀬をしたあと、「私の物語はどこへ行ってしまったんだろう」と逡巡するシーンがあります。そして、書きながら胸に抱いていた男性とは再会することはないだろう、と感じるのです。つまり、自分に起きたことを寸分違わずそのまま書いてはいるものの、書くことによって物語を自分から切り離しているとも言えます。自分の中の言葉を紡ぎ続け、切り離され、最終的にはそれが何だったのかわからなくなる、それは究極の俯瞰と言えるかもしれません。

エクストリームで究極的な「私小説」

以前、文芸誌で「私小説特集」の責任編集を務めました。日本に於いては、私小説=スキャンダラスというイメージを持たれてきたように感じています。ですが、かつてのようにウケを狙うのではなく、より純粋に自分について書く、ということがそろそろされてもいいんじゃないかと思いました。「書かれているのは実際に起きたことかどうか」ではなく、そこに書かれている内容に、魂の実感がこもっているか、ということこそが、私小説か否かの基準になるのではないかと思っています。無頼な私生活をさらけ出すのが私小説、というかつての認識を、エルノーの作品はぶち壊してくれます。ひたすらシンプルに、飾ることなく自分の想いを吐露し続ける。シンプルさとは裏腹に、かなりエクストリームで、究極的な私小説と言えます。

余計なものを削ぎ落とすと
見えてくるもの

もしかすると、若い世代の方が、自分を客観視するのに慣れているのかもしれません。SNSを使いこなしていることもあり、「この言葉によって自分は、どう見られるのか?」を日常的に皮膚感覚でつかんでいるのだと思います。あと、一昔前の小説家には、てらいがある人が多かったのですが、最近の若い作家にはあまりそういったものを感じません。率直に、フラットに、自分自身と向き合いその体験を小説に落とし込んでいける人が増えているなという実感があります。

綺麗に断裁され、内側が開かれるようにつまびらかにされていく気持ち、想い、感情をそのまま書くのではなく、より顔を近づけて拡大して拡大して細かな破片すら残さず言葉にする。そうすることでむしろ立体的に、そして俯瞰的に見えてくるものがあるということは大きな発見でした。私自身も、余計なものを削ぎ落としてただひたすらシンプルに書くという手法に挑戦してみたくなりました。

VERY的夏の課題図書
『シンプルな情熱』

『シンプルな情熱』
(著・アニー・エルノー/訳・堀 茂樹)

「昨年の九月以降わたしは、ある男性を待つこと──彼が電話をかけてくるのを、そして家へ訪ねてくるのを待つこと以外何ひとつしなくなった」……。離婚後、パリに暮らす女性教師が、妻子ある東欧の外交官と不倫の関係に。彼だけのことを思い、逢えばどこでも熱く抱擁する。自分自身の体験を赤裸々に語り、大反響を呼んだ、衝撃の問題作。2021年に同名映画化。

Francesca Mantovani ⒸGallimard

アニー・エルノーさん

1940年、フランス、ノルマンディー地方生まれ。1974年、作家デビュー。自らの体験を反映した自伝的作品(オートフィクション)の書き手で、ジェンダーや階級などの格差を経験した自身の人生を、多くの自伝小説の題材にした。父を語る『場所』(’84年度ルノードー賞)、母を語る『ある女』などを経て、『シンプルな情熱』では自己の性愛体験を語って大反響を呼び、ベストセラーに。2022年ノーベル文学賞受賞。中篇「事件」(『嫉妬/事件』ハヤカワ文庫に収録)を原作とする映画『あのこと』は、2021年のヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞。人工妊娠中絶が違法だった1963年のフランスで、予期せぬ妊娠をした大学生の苦悩を描き出す、自身の体験を基にした作品。

取材・文/髙田翔子 編集/フォレスト・ガンプJr.
*VERY2023年8月号「世界中の女性たちはなぜ今、アニー・エルノーを読むのか」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。商品は販売終了している場合があります。

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