8月20日に発売予定の『パパたちの肖像』は、現役パパ作家たちによる異色の小説アンソロジー。冒頭を飾るのは、タワマン住民や小学校受験などを描いてたびたび話題になる外山薫さんの作品です。現役会社員、兼業作家である外山さんが見た、「共働き家庭のリアル」を伺いました。
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男女の立場を反転させた世界を描いたら
見えてきた「令和のリアル」
──『パパたちの肖像』に収録された外山さんの作品は、「ダディトラック」。妊娠・出産後の女性は、育児中心の働き方をせざるを得ず、職場内でのスキルアップや昇進が難しくなる「マミートラック」を彷彿とさせるタイトルです。
今年でちょうど40歳になります。同世代の共働き家庭は、産・育休を乗り切る時期を経て、管理職になるなどより多忙になっているよう。家事や育児を夫婦でどう分担するかも悩みの種です。共働きの場合、片方が多忙になれば、もう片方が仕事をセーブして子どもの世話をするケースがどうしても多くなりがちです。10年ほど前だったら女性側が一方的に我慢させられていたことがほとんどだったのではないでしょうか。それで仕事を辞めてしまった人も少なくないと思います。
──今回の作品は社内結婚・共働きで妻のほうが出世をした後の関係を描くもの。従来の男女の立場が逆転したようなストーリーですが、とてもリアルで……。
最近、友人たちの間では「社内結婚で、妻のほうが先に出世した」「上司から多忙な妻をサポートするように釘を刺された」という話もちらほら聞くようになりましたが、共働きであっても、妻が時短勤務にして育児をメインでする。妻側が休職や退職をして転勤に帯同するといったケースはまだまだ多いと思います。実は我が家もかつて、私の働き方を優先してもらった時期があり、家事や育児の負担が増えた妻から「あなたはいいよね」と言われた経験があります。「私と違って、好きに仕事して出張も行けて、楽しそう」「私だけ家にいる時間が長くて……」と。私も逆の立場なら、そう感じたかもしれません。どこにでもあり得るはずなのに表に出づらい育児中世代の葛藤ややりきれなさを、この小説にも投影しているつもりです。主人公の男性は、育児をする上で負担が少ない部署に配属されています。同期入社の妻は時流に乗って出世し多忙な様子。共働きで都心のタワマンに住み、子育てに理解ある職場で働けるという、はたから見ればうらやましいような環境ですが、本人には社内の主流を外れ、閑職に追いやられたような焦燥感があります。
共働きでも専業でも…人それぞれの“地獄”がある
──冒頭の数ページで、ぐっと心を掴まれました。「出世した奥さんはすごい」と妻を褒められた主人公がどこか卑屈な気持ちになる描写や、仕事をセーブしてくすぶっている自分への焦りなど、男女を反転してみるとよりくっきり見えてきて何とも身をつまされます。
私は、平日は会社員の兼業作家です。仕事や日々の生活を通して見聞きしたことを小説に盛り込むこともありますが、よりリアリティのある描写のために取材は欠かせません。今回の主人公夫婦は大手信託銀行に勤めている設定なので、実際に現場で働いている友人に話を聞かせてもらいました。
──男女問わず、今は新しい働き方を模索する過渡期にあるかと思います。
仕事と育児、どちらを優先しても「もしももう一つの道を選んでいたら」と多少の後悔が残ってしまう人は多いのではないでしょうか。小説を書くにあたっては、どれほどドロドロした世界を描いたとしても読者に後味が悪い思いをしてほしくない、とラストを考えているのですが、実際にこの後の主人公が今の環境に納得して働けるかというと、そんなことはないと思うんです。
「ダディトラック」の前半、会社で同期とばったり会ってしまうシーンがあります。閑職に追いやられていると感じている主人公は花形部署でいきいきと働いている様子の同期がうらやましくて仕方ない。でも同期は、「うちは妻が専業主婦だから郊外にしか家を買えなかった、共働きで港区のタワマンに住めている主人公がうらやましい」と言ってきます。それを主人公は額面通りに受け取れない。お互いに自分の境遇を愚痴っぽく話すけれど本音ではしゃべれていない会話の生々しさを、どうしても入れたいと思いました。
──このアンソロジーには育児や仕事に奔走する子育て世代の今を描く小説がたっぷり。とくにVERY読者におすすめの一作があれば教えてください。
どれも面白い作品揃いなのですが、最後に収録されたカツセマサヒコさんの「そういう家族がそこにある」は、「ダディトラック」と対になるようなお話です。共働きに限界を感じて、妻が専業主婦になった家庭のそれからの話なのですが、この視点は私にはなかった! と新鮮な気持ちで読みました。
以前聞いた、フリーアナウンサーの宇垣美里さんの「私には私の地獄があるし、あなたにはあなたの人生の地獄がある」という言葉が印象に残っています。これまでの作品でも描いてきたことですが、お互いに高収入で都心の一等地に住むパワーカップルも、専業主婦で育児を心から楽しんでいるように見える人もそれぞれ人に言えない葛藤や悩みを抱えているはずです。もちろん私にも私なりの地獄があって、月並みですが自分で選んだ道を正解にしていくしかないと自分自身にも言い聞かせています。「ダディトラック」にも「そういう家族が〜」にも、“それぞれの地獄”が描かれています。ぜひ一冊通して読んでいただければうれしいです。
『パパたちの肖像』(光文社)
7人のパパ作家による、令和パパたちの心の声を描くアンソロジー。
”イクメン”が死語になり、家事も育児もあたりまえに行う令和のパパたち。その胸の裡は?
●会社の同期である妻が出世し、閑職に追いやられた夫。娘の小学校のPTA活動に戸惑うが――「ダディトラック」外山 薫
●娘への授乳と細切れ睡眠に苦しむ妻。俺も授乳ができたらいいのに。「俺の乳首からおっぱいは出ない」行成 薫
●母の家から見つかった保育園の連絡帳には、いないはずの「父」の筆跡があった。「連絡帳の父」岩井圭也
●息子の大切なトミカがなくなった!「世界で一番ありふれた消失」似鳥 鶏
●地方の大学に進学することになった息子とアパートを探す旅に出る。「息子の進学」石持浅海
●不器用な俺は、娘の髪をうまく結べない。保育園から夏祭りの景品作りを頼まれ――「髪を結ぶ」河邉 徹
●久しぶりの飲み会で、妻が専業主婦だと言うと激しく非難され――「そういう家族がそこにある」カツセマサヒコ
PROFILE
外山 薫(とやまかおる)さん
1985年生まれ、慶應義塾大学卒業。公式Xはこちら。別名義のXアカウントで“タワマン文学”の旗手として話題となり2023年『息が詰まるようなこの場所で』で作家デビュー。2作目は『君の背中に見た夢は』(ともにKADOKAWA)。
構成・文/樋口可奈子