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軍事評論家・小泉悠さん「ロシアで落語好きの妻と出会った頃」を語る

─ウクライナ侵攻から一年となる今、VERYでは、現代ロシアの軍事評論家として、冷静かつ鋭い分析でロシアやウクライナの最新情勢を伝える小泉悠さんに話を聞きました。私生活では、ロシア人の妻と、小学生の娘を育てる父親であり、かつサブカル好きとして話をはじめたら止まらないという小泉さんに、過去と現在の「戦争」をより深く知るきっかけになる本と漫画を教えていただきました。

戦争を知る本と漫画

 

──日本人が経験した「戦争」が遠くなりつつある中、今回のウクライナ侵攻が起きました。

昔の戦争と今の戦争をあえて切り離す必要はないと思うんです。現在40歳の僕ぐらいの年齢までは、戦争経験者が身近にいるケースも多く、兵隊に行ったときの話などを聞く機会もありました。これがもう少し下の世代になると状況が変わって、そのうち戦争体験を持つ人に会ったことが一度もないという人も増えてくるでしょう。『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』(武田一義著・白泉社)という漫画があります。南太平洋のペリリュー島(現パラオ共和国)では、太平洋戦争のさなか日米の激戦がありました。大量の戦死者を出した地獄の戦場を、あえてかわいらしいタッチで描く作品です。

ペリリュー ─楽園のゲルニカ─

白黒のドキュメンタリー映像や、戦争をテーマにした映画を見ても、それが自分の身にふりかかることがあるかとリアルに想像するのは難しいものです。戦時中も確かにあった日々の暮らしの風景や、想像を絶する地獄のような出来事の手触りは感じづらい。「ペリリュー」の登場人物は、めちゃくちゃ現代風の親しみのもてるキャラクターとして描かれるので、今を生きる我々とまっすぐにつながるような感覚があるのです。当時の若者たちはこんなしゃべり方はしないだろう、と言われたらその通りなのでしょうが、これくらい補整をかけると、戦争を今も生きる我々の問題として認識できるような気がします。  東京大学大学院の渡邉英徳教授は戦前から戦後にかけての白黒写真をAIの技術でカラー化する「記憶の解凍」プロジェクトをすすめています(編集部注・『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書)やアプリなどで写真を見ることができます)。白黒写真をカラー化して見ると、今と何ら変わらない、色と匂いがある世界で戦争が起きたという実感があり昔の出来事が現代とつながるような気がします。

AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争

妻と出会ったモスクワ、僕の好きな街キーウ

 

──小泉さんご自身は、研究のためにロシアにいる頃に、現地で今の奥様と出会ったそうですね。

今回のウクライナ侵攻は皮肉なことに、日本人にとって遠い「戦争」をリアルなものにいきなりつなげるトンネルみたいな役割を果たしてしまったようです。僕は研究のためにモスクワで数年間暮らしましたが、モスクワよりウクライナの首都キーウの街のほうが好きなのです。キーウは大都市ですが、落ち着いた街並みがあって規模感もちょうどいい。街の近くに山があって、歴史ある建物の残る街区やスーパー、ショッピングモールもある。どこか日本と共通点があるような街だと思います。モスクワはキーウと比べるともう少しガチャガチャした印象なんですよ。妻との出会いは別にドラマティックな話ではないんです。モスクワに行くまで、ロシアの研究をしていても、ロシア語は書くばかりだったので会話力がまるでなくて、これはまずいなと思いました。会話の練習がしたいと、在留邦人の人に紹介してもらったのが、モスクワの大学の修士課程で日本語や日本文化を専攻していた今の妻でした。妻は落語の研究などをしていました。偶然ながら、僕の親父は落語好きで、家に落語の速記本があって、日曜の夕方は必ず「笑点」を見るような家庭だったのです。出会った当時は何となく話が合わせられるぐらいでしたが、あとで僕も彼女が持っている本などを読み直して、色々な話の筋を覚えました。落語はけっこう面白いですよね。よっぽどディープな廓話とか怪談でない限りは子どもでも楽しめると思う。ロシアの大学って、軍隊式というか、ものすごく厳しいんですよ。詰め込み教育で、落ちこぼれはどんどんふるい落としていく。妻はモスクワの大学にいるときは、ベッドで寝たことなんかなかったと言っていました。力尽きるまで机に向かって宿題をし、朝になったらトラムの中で居眠りをしながら大学に行くと。彼女は日本にも留学したのですが、「あれが私の青春だった。友達と飲みに行くとか、日本留学中の一年間だけは大学生らしいことができた」なんて言っていました。

──その後、お二人は結婚。日本に帰国してからの住まいに、千葉の古い団地をすすめたら「こんなソ連みたいなところに住みたくないわよ」と言われたとか……。

雑誌のインタビューでも話しましたが、ロシアではソ連時代の防空壕の残る団地に住んでいたんです。現地で生まれた娘ももう小学校高学年になりました。最近の彼女はKnight Aとまふまふ(※どちらも人気の歌い手です)の話ばっかりしていますね……。

 

【小泉悠さん著書】

 

『ウクライナ戦争』(ちくま新書)

「プーチンの野望とはいったい何か?」「戦場でいま何が起きているのか?」「核兵器使用の可能性は?」「第3次世界大戦はあり得るのか?」「いつ、どうしたら終わるのか?」……2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻し、第二次世界大戦以降最大規模の戦争が始まった。国際世論の非難を浴びながらも、かたくなに「特別軍事作戦」を続けるプーチン、国内にとどまりNATO諸国の支援を受けて徹底抗戦を続けるゼレンシキー。そもそもこの戦争はなぜ始まり、戦場では一体何が起きているのか? 新書書き下ろし。

【インタビューの中で紹介した本】

『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』(白泉社ヤングアニマルコミックス)全11巻

武田一義/平塚柾緒(太平洋戦争研究会)

昭和19年、夏。太平洋戦争末期のペリリュー島に漫画家志望の兵士、田丸はいた。そこはサンゴ礁の海に囲まれ、美しい森に覆われた楽園。そして日米合わせて5万人の兵士が殺し合う狂気の戦場だった。『戦争』の時代に生きた若者の長く忘れ去られた「真実」の記録!

『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社新書)

渡邉英徳/庭田杏珠

戦前から戦後の貴重な白黒写真約350枚を最新のAI技術と、当事者への取材や資料をもとに人の手で彩色。カラー化により当時の暮らしがふたたび息づく──。

小泉 悠(こいずみ・ゆう)

1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター専任講師。専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学──「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版、サントリー学芸賞受賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書、猪木正道賞受賞)、『ロシア点描』(PHP研究所)、『ウクライナ戦争の200日』(文春新書)等。家族はロシア人の妻、娘、猫。

撮影/古本麻由未 取材・文/髙田翔子 編集/フォレスト・ガンプJr.

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