生活リズムも価値観も自分優先でなくなったけれど、 本当は誰にでもあるずっと変わらず好きなことをインタビューする連載「オトナになっても好きなこと」。今回は木村カエラさんにお話を伺いました。2022年12月に新アルバム『MAGNETIC』を発売した木村さん。Web版では、子育てと曲作りの両立、について語っていただきました。
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歌詞を書くのは子どもが寝てからだけど、日々のインプットは家事の合間に
——本誌では、ビーズ製作など趣味のモノづくりについてお話を伺いました。やはりクリエイティブな作業がお好きなのですね。
小さいときから夢はずっと「歌手になること」だったのですが、紙粘土でも洋服でも、とにかくモノを作ることも大好きでした。製作過程そのものが好きで、万が一、歌手になれなかったらモノづくりの道に進もうとも考えていました。私にとっては、黙々と何かに打ち込む時間が大切で、友達や仲間とわいわいするのもいいのですが、基本的には一人の時間が好きですね。こういう細かい作業が必要なモノを、時間をかけて作り始めると止まらなくなってしまうんです。
——曲作りも没頭して一気に作り上げるように進めるのですか?
曲作りはどちらかというと、宿題のような感じです(笑)。歌詞を書いて歌う、ということ自体は好きなので決してやりたくないという意味ではないのですが、答えがないから難しい。趣味の製作物は、完成形がある程度は頭に浮かんでいるので、生みの苦しみというよりは、むしろ楽しくて。例えば「毛糸は赤があるな」というように素材も色も目の前にあるものではっきりしているのですが、歌詞は「テーマ」という素材から考えないといけないんですよね。
——曲を生み出すというアウトプットの前にインプットも必要かと思うのですが、どういったものから着想を得ているのですか?
家事をしながら、携帯を片手に映画やドキュメンタリーなど映像作品をかたっぱしから観ていきます。取り込んだ洗濯物をたたみながら観て、終わったら次は洗い物をしながら……というふうに。何かを観てその場ですぐそれを変換することはできないのですが、インプットが溜まってどこかで自分の言葉に変わっていく瞬間があるんです。結構時間がかかるのですが。
——子育てをしながらの仕事は時間との勝負ですよね。お子さんといるときに歌詞を考えることはありますか?
子どものいる前では歌詞は書かないです。子どもと一緒だと仕事が思うように進まないのは、みんな当たり前なのかもしれないですけどね。寝た後や学校に行っている間などに書いています。
完璧じゃないことが美しい
——今回の『MAGNETIC』というアルバムはどのようなコンセプトで歌詞を考えられたのでしょう?
「近くにあるものが大切で、今が幸せ。じゃあそれでいいじゃん」っていうすごくシンプルな考えに行き着きました。私自身、いろいろ問題はあったとしてもシンプルな考え方をするのが好きなんです。当たり前にあるモノ、近くにあるモノの大切さって、近くに来れば来るほど分からなくなってしまいますよね。歌詞を書くことでそれを再確認する、という作業をずっとしている感覚ですね。笑いたいときは笑って、泣きたいときは泣いてスッキリすればいい。
軽い言い方に聞こえるかもしれませんが、結局は自分にとって何が幸せなのかを考えることが一番重要だと思うんです。そこさえ見えていれば、他人のことなんてあまり気にならなくなる。生きていればどうしても人に心を揺るがされることもありますし、比べてしまうこともある。でも、自分にとって必要・不必要が分かってさえいれば周りの言動にいちいち反応しなくて済む。
——全方位で他者からの評価に振り回されがちですが、意識を自分に向けるという作業は今こそ大切かもしれないですね。
今回一番こだわったのは、「未完成であることは美しい」というメッセージです。完璧を求められがちだし、自分でも追い求めてしまいがちですが、実際には完璧な人ってあんまり魅力を感じないというか。「完璧じゃないということが美しい」。それって人間にとって大切なことで、例えば私が曲を作ったり、何かを作り上げたりするときにもすごく重要なことだと感じます。
——アルバムのタイトル曲でもある「MAGNETIC feat. AI」では、AIさんとのコラボが話題ですね。カエラさんからの声かけで実現されたということですが、AIさんとの共演で目指したものはなんですか?
AIちゃんとは、ライブやテレビの仕事でお会いして以来の付き合いなのですが、2人ともいつの間にかママになって、会うたびに子どもの話になって、ライブのときに子どもの面倒をどうするとか子育ての情報交換をしたりして。特に親密に付き合うわけでもないのに、会えばお互いに、「あっ!」って引き寄せられる(MAGNETICな)感覚があって、いつかAIちゃんと歌いたいという夢ができていました。ちょうどコロナが始まってその思いが強くなったんです。
聴いてくれた人が「楽しいな」と思えるものを作りたい、でも、コロナで人が離れている時間も多いし、でも今、AIちゃんとやれたら聴いてくれた人のハッピーが倍に増えてもっと伝わるんじゃないかなって。
コロナを経て本当に必要なものと、無駄だったものがすごくはっきりしたような気がしています。何が一番幸せか、不幸かとか、より考えることになったのですが、やっぱり「誰かを幸せにしたい」と思ったときに、引き寄せの法則で一緒にやりたいのはAIちゃんだなと頼んでみたら、「おチビに呼ばれるんだったらやるよ」って言ってくれました。背は同じなのに、なぜかおチビって呼ばれるんです(笑)。
——曲作りはどのように進んだのですか?
先に私がラップパート以外を書いて、AIちゃんに渡してAIちゃんがラップを書いてくれました。「MAGNETIC feat. AI」の歌詞は、何かの映像作品で出てきた、“You make me happy”という言葉だったり、「惹かれ合う」という言葉だったり、磁石にまつわるワードだったりというのは、なんとなく決まっていました。音に合わせてメロディーごとに当てはまる言葉を変えて、言葉とメロディーをパズルみたいに合わせていく作業でした。ワードだけあるという状態から、クロスワードみたいにつなぎ合わせる感じで作りました。加えて、この曲を作ろうと思ったとき、みんなでわいわいしたいわけじゃなくて、自分が楽しいと思うことを表現できればいいという重要な話を共有しました。煽るような音も入っていないです。未完成でいいからとにかく楽しんでほしいし、私もそうでありたい。それがこの曲のテーマです。
子どもを育てることは命を育てることだからこそ、自分の心の声と体の声を聞いて
——カエラさん自身も未完成であることを楽しみたいというメッセージがあるのですね。
例えば、子育てで疲れてるときに、「あー本当にもうムリだ…、私って最悪!」って自己嫌悪に陥るより、「疲れてるから何もしなくていっかー!」ってそういうふうに考える。「だって動けなくない?ムリムリムリー!」って生活しています(笑)。「リルラ リルハ」以降、「心と体」がテーマになっているんです。「リルラリルハ」は、見つめることだったり感じたりすることを絶対に忘れないで、というメッセージ。心と体、どちらかにムリをさせると、バラバラに離れてしまったときになかなか引き戻せない。常に「心の声」と「体の声」を聞いて、同じ場所にいさせる、居場所を作ることが重要だと感じます。だから、体が「ムリ!」って言えば動かない。子どもを育てるということは、命を育てるということ。大変なこともありますけど、心と体の声をきちんと聞いてそれにこたえていれば、まあどうにかなると思っています。
——心がムリ!と言ったときの処方箋はありますか?
私は子どものときから、家の中で「うわー」って誰かの曲を歌うことが、“心の叫び”をまさに叫んでるような感覚がして、それこそ精神安定剤ですよね、自分の中の。歌を歌ってないと落ち着かないんですよ。ましてや自分の思っていること、起きたことを歌詞にして、何度も繰り返し歌えるなんて、「過去の自分を振り返って未来へ進む」ということを繰り返しているのと同じ。どんどん自分が進化していける感じがたまらないし、歌っていることで精神が安定するんです。私は何事も常に前を向いて、前に進みたいんです。もう明日のことしか考えないというか、そういうふうに生きていたいと思うので、歌を作って歌うという作業は必然ですね。
プロフィール
●きむらかえら
歌手。『リルラ リルハ』 『Butterfly』『happiness!!!』など数多くの名曲を世に送 り出す。 2児の母である今、約3年5ヶ月ぶりにアルバム『MAGNETIC』をリリース。”どんな時も自分らしく生きる”というメッセージは、VERY世代の背中を押してくれる。
撮影/佐藤航嗣〈UM〉 取材・文/馨都 編集/城田繭子