「子宝に恵まれるパワースポット」「胎内記憶を持つという子ども」「子宮をあたためると妊娠力がアップする」など、「子どもを産むこと、育てること」のすぐそばにあるスピリチュアル・コンテンツ。女性の妊娠・出産とスピリチュアル・ブームとの関係を解き明かす著書『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』が話題の社会学者の橋迫瑞穂さんに、なぜ、「子どもを産むこと」とスピリチュアルは結びつきやすいのか伺いました。
橋迫瑞穂さん(はしさこみずほ)
社会学者。1979年、大分県生まれ。立教大学大学院社会学研究科社会学専攻博士課程後期課程修了。立教大学社会学部他、兼任講師。専攻は宗教社会学、文化社会学、ジェンダーとスピリチュアリティ。小説、ゲーム、マンガなどのサブカルチャーについても研究している。著書に『占いをまとう少女たち──雑誌「マイバースデイ」とスピリチュアリティ』(青弓社)がある。
※VERY2022年3月号「『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』著者・橋迫瑞穂さんに訊く「そもそも正しい出産なんて存在しないじゃないですか」」より。
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「子どもが欲しい気持ち」は科学では割り切れない
──本の中では、「子宮系」「胎内記憶」「自然なお産」などに代表される「妊娠・出産」とスピリチュアル・ブームの関連について書かれています。
数年前、フリマサイトで「妊娠菌」にまつわる商品が大量に出回っていたのを覚えていますか?「私が妊娠中に触ったお米です」などといって、小袋に入れた米が600円くらいで売られていました。「妊娠菌」に触れると妊娠しやすくなるというのです。そんな話をはじめて聞いた人はぎょっとしますし、「妊娠菌なんて存在するわけがない」と言ってしまえばそれまでで、批判する人も多かったです。でも、「もしかしたら自分は妊娠できないかもしれない」という漠然とした不安を抱える人がお米を買うことにそこまで目くじらたてるものだろうかとも思うのです。子宝を授かるご利益があるとされる神社の中には祈祷料として数万円納めさせるところもたくさんあります。それを見ていると「伝統がある」とされる神社も同じようなものでは?とも思うのです。
──たしかにそう言われてみると両方とも科学的な裏づけは全くないわけで……。
「妊娠・出産」って、現代の医療をもってしても、どうにも割り切れない部分があるものですよね。絶対に子どもを授かることができるとか、無事に出産できるということはあり得ません。不妊治療や周産期医療が進んで、子どもを無事に産める可能性が高まったというのもここ数十年の話です。「男性不妊」という言葉が知られるようになって、不妊は女性だけに原因があるわけではないということが共通認識になったのも最近のこと。医療技術で妊娠・出産が叶えられるようになる前は、人間の力ではどうにもならず、まじないや宗教的なものにすがるしかなかったはずです。その価値観が現代にも残っていることを考えるとむしろ、医学的な見地だけで割り切ろうと考える方が、難しい領域だと思うんですよね。
不妊治療の話とスピリチュアルが混在するメディア
──女性誌をはじめ、妊娠・出産を扱うメディアについても言及されています。
妊活雑誌を読むと、不妊治療のクリニックと子宝パワースポットとされる神社が、子どもが欲しい人のための記事として並んでいたりします。メディアの中で、医学的な情報とスピリチュアル関係の記事が混在することはよくあると思うんですよね。スピリチュアル研究の中では「Mixed up(ミックスドアップ)」といわれますが、スピリチュアリティって単体で社会に広まるというよりも、むしろ他の文化と結びつくことが多いんです。スピリチュアル領域のものが資本主義と結びついてよりキャッチーなものになっていく事例が多く、「妊娠・出産」もその一つです。
──著書では、スピリチュアルに傾倒する女性を無知な存在だと揶揄しない一方で、医師が無責任に発信するスピリチュアル情報には批判的です。
今の時代は母親たちにリテラシーを求めすぎだと思うんですよね。子どもを産む女性自体すごく少ないのに、子どもを産むための情報は大量にあります。それには一定のニーズがあるのでしょうが、玉石混交な情報から正しいものだけを選ばないといけないというのはとても酷なことだと思います。スピリチュアル的なものに心を寄せる女性に、「科学的な知識を持て」と言うだけなら簡単です。でも、そもそも自分の体のことや妊娠・出産というセンシティブな問題を、科学の力だけで解決するのは難しいはず。今回、調べていて驚いたというか、あきれたのは、科学的裏づけのないスピリチュアル系の話と医療情報を無自覚に混ぜ込んで発信しているお医者さんの存在です。受け取る側のリテラシーより発信する側のリテラシーこそ問われるべきなのではないかと改めて思いました。科学とスピリチュアリティが混ざること自体は、これまでの歴史を考えれば全く不思議なことではありませんが、どうやって両者のバランスを取っていくか、医療側のメディアリテラシーを考える時期に来ているのではないだろうかと考えています。
妊婦さんは「いちいち、うるさい」と言っていいと思います
──作り手側からすると、記事に信憑性を持たせるために医師などの専門家の意見を取り入れることをよくやりますが、科学とスピリチュアルの併存と考えると何ともいえない違和感があります。
今の日本は、SNSを中心に非常にジャッジしたがる社会だと思うんですよね。皆、「あるべき母親の姿、理想像」のようなものを簡単に口にしすぎです。子どもを産んでいない私が言うのも何なんですが、SNSを見ていると「ほっときなよ、そんなの」って途中でキレそうになることがよくあります。こういう衆人監視の厳しい環境の中で、「それでも産みたい」「自分なりの妊娠・出産をしたい」と決めた人に対して、「おかしい」と責める風潮の裏に、「金と手は出さないけれど、口は出す」という社会からのメッセージを感じてしまいます。そろそろ、それはやめませんか。妊婦さんは、もっと「いちいち、うるさい」と言っていい気がします。妊娠・出産に対して皆がジャッジする社会圧力から抜けてもいいはずです。SNSは人と人とがつながるためのツールであり、選別するためのものではないはずでは。特に妊娠中、育児中の女性にとってSNSでのつながりは大切です。
──スピリチュアリティは、フェミニズムが掬い上げてこなかった分野で、むしろ保守的な思想と親和性が高いという指摘もされています。
悩みの中で妊娠や出産することを選んだ女性のことをフェミニズムの議論の中では受け止め切れていない部分があって、海外でもその受け皿として、スピリチュアリティが注目されるという流れは一部あります。少子化の今、「子どもを産む女性はえらい」と持ち上げられることがありますよね。出産がただの自己満足ではなく、国家というある種の大きなものとつながっているという思想が、スピリチュアル・コンテンツと交わると、個人的な体験に大きな価値があるように感じられますが、そこにはやはりナショナリズムにつながる危うさがあると思います。保守的な家族観に基づいて、女性の妊娠・出産は素晴らしいことという意味づけがされても、本来なら国が解決しなくてはいけない問題が置き去りにされたままで、保活の話とか、女性が働く職場環境の問題はそこでうやむやになってしまいがちなことも大きな気がかりです。
「正しい出産」「自然な育児」は存在する?
──どうしたら、他人のジャッジする「正しい出産」から自由になれるのでしょうか。
妊娠・出産コンテンツを語る時によく陥りがちな失敗は、情報を発信するメディアと受け取る女性の意識という二項対立にしてしまうということです。そもそも、社会という大きなものがコンテンツ情報を生み出しているという認識がなくなってしまうと、「受け取り手の女性の知識不足」というものすごく不公平な見方しかできなくなってしまいます。赤の他人を自分の体から産み出すという、とんでもない重責を負う女性に対して、「浅はかで騙されやすい」と結論づけるのは不公平ですよね。こういう風潮の中でお母さんたちが非常に不安になって、インターネットを通じて横のつながりが強くなっていくのは当然のことのような気がするんですよ。社会の側が、女性に対する物言いをもう少し考えなくてはいけないということを今回、本を書き終えて改めて思いました。「正しい妊娠・出産のあり方」に自分や他人を当てはめようと躍起になっても、そもそも正しい出産なんて存在しないじゃないですか。妹が最近出産したのですが、コロナで立会い出産も叶わず予定外のことが多くありました。これから何が起きるのか誰も正確に予測できない世の中で、これが正しい、正しくないとジャッジされる風潮は、妊娠・出産にスピリチュアリティがある種の救いとして密接に関わる素地になっていると思います。
──スピリチュアリティとはどれくらいの距離感で付き合うのがよいのでしょう。
スピリチュアリティは生活の中に入り込むものであって、自覚するより深く関わっていることもあります。でも、それが悪いことだとは誰にも決められないわけです。人間というものは、善悪だけではっきりと分けられることはなく、皆その真ん中のグレーゾーンで生きているのだということには自覚的であるべきだと思います。だとしたら、社会にはいろんなものの見方があること、そのために様々な話題に耳を傾ける癖がスピリチュアリティに接する上で必要だと思います。今後は、育児とスピリチュアリティの関わりについても研究したいと思っています。いわゆる「自然な育児」がしたいという考え方は、今にはじまったことではなく1970年代頃から言われている方法ではあるのですが、「自然な育児」っていったい何なのか、スピリチュアリティとの関わりで調べていきたいと思っています。
『妊娠·出産をめぐるスピリチュアリティ』
(集英社新書)946円
近年、日本社会で注目を集め巨大化した「スピリチュアル市場」。中には、「子宮系」「胎内記憶」「自然なお産」などに代表される妊娠・出産をめぐるコンテンツも数多い。しかし、こうしたスピリチュアリティは保守的な家族観と結びつきやすく、ナショナリズムとも親和性が高いことも指摘される。なぜ、「子どもを産みたい」女性とスピリチュアリティの結びつきは強固なものになったのか。現代社会において女性が抱く不安とスピリチュアリティとの関係について、その構造を解明する本。
撮影/須田卓馬 取材・文/髙田翔子 編集/フォレスト・ガンプJr.
*VERY2022年3月号「『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』著者・橋迫瑞穂さんに訊く「そもそも正しい出産なんて存在しないじゃないですか」」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。