VERY December 2022

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December 2022

2022年11月7日発売

890円(税込)

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トライアスロン出場・谷真海さん「家族」というチームで目指したパラリンピック

VERYで掲載中の人気連載企画「家族のコトバ」。昨年パラリンピック延期決定前に取材を行い、2020年VERY3月号にて掲載していた谷真海さんのインタビュー内容を、パラリンピック開催を前にWEBにて再掲載します。

 

※以下掲載中の情報は2020年VERY3月号「連載・家族のコトバ」誌面掲載時点のものです。

いよいよ、2020年オリンピック・パラリンピックイヤー。東京招致を成功へと導いた感動のスピーチから7年、谷真海さんは今ひとりではなく「家族」というチームでパラリンピックの出場を目指します。

■ Profile

谷 真海(たに まみ)さん

1982年宮城県気仙沼市出身。早稲田大学在学中に骨肉腫を発症し右足膝下を切断。リハビリをしながら陸上競技でパラリンピックを目指す。2004年サントリー入社、同年のアテネパラリンピックに走り幅跳びで出場。結婚・出産後はトライアスロンに転向。

■ 夫のコトバ

「一生に一度の東京パラリンピック。家族で頑張ろう」

私と夫だけでなく、最近は家族3人笑顔が似てるって言われるんです。

東京五輪の開催決定から7年。あの瞬間からずっと、みんなの夢が続いているんですよね。「家族で観たいね」「それまで長生きしよう」。大勢の人が東京五輪に向け、それぞれに夢を持つことで、こんなにも街はエネルギーで満ち溢れる。2020年の東京パラリンピックに出場する、私の夢も続いているんです。

パラリンピックの感動が
人生に目標を与えてくれた

東京オリンピック・パラリンピックの招致スピーチに抜擢される2年前、偶然にも私は英語の学び直しを始めていました。きっかけは、29歳で進学した大学院。当時はまだ独身でしたが、会社員とアスリートの二足の草鞋生活。サントリーへもスポーツではなく一般入社だったので、仕事を終えてから短時間トレーニングし、そのあと夜間の大学院へ……。そんなハードな生活をしてでも通いたかったのは、私を救ってくれたスポーツへの恩返し。22歳のときに初めて出場したアテネパラリンピックで目にした選手たちは、車椅子も義足も体の一部。障害の重さを一切感じさせない躍動感で、その姿は眩しいほどにキラキラと輝いていました。それまで「なんでこんな人生になったのか」と足を切断したことで悲観的になっていた私に「こんな人生を歩みたい!」と目標を与えてくれたんです。

そんな魅力的な世界を見せてくれた一方で選手として内側に入ってみると「もしかしたら日本は遅れている?」と感じることも。施設や予算の問題など、当時パラリンピックの置かれている状況は決していいとは言えませんでした。そのとき抱いた〝世界はどうなっているんだろう〞という疑問に改善のヒントがあると、その論文をまとめるために早稲田大学大学院で、スポーツビジネスを勉強することを決めたんです。

在学中も現役アスリートなので大会参加で海外遠征したり、様々な国の選手と触れ合う機会も多々ありました。そんな活動を見た大学院の先生が「真海ちゃんは世界中に友達を作って、ヒアリングをすればいいんだよ」とアドバイスをくれたんです。問題は聞き出すのに必要な英語力。そこから海外ドラマ、外国人選手や関係者を相手に猛勉強を開始。背伸びしなければ、成長もできない。「英語は話せません」と誰かの陰に隠れていたら、あのスピーチの舞台に立てることはなかったと思います。

週末は夫がランニングの伴走をしてくれることも。服を買うときは夫に相談をするので最近は装いも似てきました。

2020年を目指す同志として
招致の舞台裏で夫と出会う

夫との出会いも、東京招致の舞台裏でした。彼はスタッフとして活動していて、年上の方が多い中で「同世代でも頑張っている人がいる」と、その存在を心強く感じたのが始まり。話してみたら社会人歴も一緒で、気がつけばスピーチのプレッシャーと闘う最中に唯一ホッとリラックスできる相手になっていました。同じ2020年を目指す仲間であり、アスリートである私とアスリート以上に激しく仕事をする彼は、お互いにリスペクトできる存在に。結婚することは自然な流れだった気がします。

大学院まで行って何とかしたいと思ったパラリンピックの現状や環境改善も、今は夫が仕事としてパラスポーツに携わっていてくれることも大きい。おかげで私は競技に集中することができ、夫も私と結婚したことで国内外のパラリンピック関係者との距離が縮まるなど、仕事面でもお互いにいい影響を与え合えています。私が平日楽できるようにと、休日におかずを作り置きしてくれることも。彼のお父さんはフレンチのシェフなので、作る料理のセンスもいいんです(笑)。彼と結婚してから背負っているものを分け合えたようで、気持ちも体も楽になりました。私が2020年の東京パラリンピックを目指すと決断したときも「一生に一度の東京パラリンピック。家族全員で頑張ろう!」と、孤独な戦いではないことを教えてくれました。トライアスロンは個人競技ではありますが、私は常に家族というチームで戦っているんです。

©竹見修吾  走り幅跳びではアテネ、北京、ロンドンとパラリンピックに3回出場。出産後は選手寿命の長いトライアスロンに転向。

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