子どもの発達障害、不登校……フルタイムの仕事を辞めた私と
コロナ休校後から毎日学校に通えるようになった息子の9年間
お話を伺ったのは…
T.Kさん(40歳・制作会社勤務を経て専業主婦/子ども・小3、年長)
昨年は突然の小・中学校休校など、多くの保護者がコロナ禍での育児に翻弄された一年でした。そんな中「休校後から不登校の息子が毎日学校に行けるようになったんです」と話すのは、二児の母のTさん。保育園時代から集団生活が苦手だった息子さんが学校に通い始めた理由は?
学校再開後、毎日登校できるようになった息子
──昨年は、小学校の休校などが予想外の事態がありましたが、そんな中、息子さんが学校に行き始めたとか。
息子は現在、小学三年生です。小学一年生の夏休み明けから不登校になったのですが、完全な不登校ではありません。曜日によっては、登校したり、区の運営する不登校児のための居場所で過ごしていました。コロナで休校になった学校が再開した後は、奇跡的に毎日学校に通えているのですが、教室にずっといることはできず、校内の相談室にお世話になりっぱなしではあります。不登校以前に登園渋りも多く、すでに幼児の頃から集団生活が全くできない子でした。私はもともとフルタイムで仕事をしていましたが、登園渋りがひどく、迷った末に退職しました。
──お子さんは、小さい頃どんな様子だったのでしょうか?
不登校と言っても、いろいろなタイプなお子さんがいると思いますが、長男は典型的な発達障害(ASD※1&ADHD※2)です。実際に4歳の頃に診断がおりていて、薬も処方されています。今思えば、赤ちゃんの頃からとにかく育てにくい子でした。よく泣く。癇癪を起こす。 全く寝ない。動き続ける……。でも、周りのお母さんたちも「子育ては本当に大変!」と言っていたので、疑問は感じつつも「こんなものなのかなぁ」と、自分に言い聞かせてなんとか育児をしていました。「この子はやっぱり何か違う」と思ったのは、保育園に預けてからです。長男を一歳半で保育園に預け、仕事に復帰してすぐ、担任の先生から「お子さんの発達でちょっと気になることがあります」と言われました。「耳塞ぎをする」「コミュニケーションを取ろうとしない」「興味関心に偏りがある」。この3つを指摘され、支援センターに相談したほうがいいと言われました。支援センターで、子どもの発達状況を見ていただくことになったのですが、発達検査の結果は「やや遅れはあるものの、はっきりとした遅れは見られない。とりあえず様子を見ましょう」ということでした。
周囲の状況を聞くと重度の自閉症やダウン症等でない限り、まず3歳以前に診断がつくということはあまりないようです。特に知的に問題がない場合はさらに診断が難しいのではないかと思います。なので、この時におそらく子どもに発達障害があるであろうということを覚悟しながらも、私に出来ることはありませんでした。
※1 自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群
※2 多動性症候群と呼ばれる、注意欠如・多動症のこと
力づくで登園させるのも難しく、退職を決意
──子どもが幼いうちは、はっきりした診断が出ないというのはよく聞きますね。
次にきっかけになったのは、2歳児クラスに進級した時です。ベテランの先生から「この子は発達的にかなり問題があります」とはっきり指摘されました。信頼のおける先生だったので、これは間違いないと思い、支援センターに行き、ここから療育※3をスタートし始めました。その後も園生活で、集団活動に全く参加しない、昼寝をしない、癇癪を起こすなど、トラブルが多かったので、4歳になった時に医療機関を受診してADHDと診断をされました。(今はこれに加えてASDの診断もされています。)4歳で診断が出たということは、なかなかないようなのでおそらく特性がものすごく強かったのだと思います。
その後、年中・年長となるにつれて、保育園自体を嫌がるようになりました。年長になってから保育園に連れて行こうとすると大暴れをするといった日々が続きました。年少さんくらいなら、力づくで連れていけますが、体が大きくなると母親の力では無理です。
保育園はとても理解のある園で、我が子のために加配保育士さんをつけてくれたり、 集団活動に無理に参加させない等、やれるだけのことはやって下さったのですが、それでも、息子は保育園という場所そのものが嫌いで、大暴れして私も連れていけないという状況が続いたため、年長の夏から仕事を休職することにしました。
※3 障害のある子に対し、個々の発達状況等に応じ、自立や社会参加を目指した支援をするプログラム等を指す。
──制作会社で忙しく働いていたTさんです。休みを取ることは問題なくできたのでしょうか。
幸い、職場には恵まれていて、理解のある上司だったので、休職をすることはできたのですが、結局この休職中も登園を拒絶する日々が続きました。結局「これはもう仕事はしていられないな」と。「来年就学もあるし、このままだと絶対に躓くだろう」と思っていたことあり、子どもの就学を全力でサポートするため、10月頃に仕事を退職しました。それまで約15年近くずっと仕事をフルタイムで続けていたので、私にとって退職はものすごく大きな決断でした。しかし、「我が子を支えられるのは、私しかいない」と考え、仕事を辞めることにしました。
息子の進学先に公立小学校を選んだ理由
──就学にあたって考えたことや調べておいたことはありますか?
発達にかなり問題がある子だったので、 小学校入学にあたって、公立以外にも、私立小学校やフリースクールなどいろいろ調べました。しかし、決め手になるものもなく、やはり一度、公立の小学校に通うことに。私立小も考えましたが、いざ入学してみないと子どもに合う学校かどうかはわからないので、リスクが大きいと感じました。自治体の適応指導教室など不登校児のためのサポートも私立小に通っていると使えない場合が多いとも聞きました。それから、コロナ禍もありオンライン教育にも注目が集まっていますよね。ホームスクールという選択肢もありますが、家庭だけで子どもを育てるのは日本の現状ではまだまだ難しい面があるのではないかと感じました。仮に勉強はできたとしても、家庭内ではどうしても人との接点が少なくなるので、その中で社会性を身につけるのは大変なことです。社会性は、外部の色々な人との出会いや経験から身につくものだと思うので。比較検討した末、公立の小学校の中で一番支援が受けられそうなところに入れようと思い、今通っている支援級(特別支援学級)が充実している公立の小学校に決め、我が家は就学を機に学校の近所に引っ越しをしました。
子どもの発達障害、不登校……フルタイムの仕事を辞めた私と
コロナ休校後から毎日学校に通えるようになった息子の9年間【後編】
取材・文/髙田翔子