韓国で社会現象『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んで|PART①伊藤詩織さん

2019.06.24

K-POP女性アイドルが「読んだ」と発言しただけで大反響。映画もクランク・イン。17カ国で翻訳決定し、日本でもたちまち9万部超え。VERY本誌2019年5月号でも取り上げ話題に。まさに社会現象になったこの小説を、 著者のチョ・ナムジュさんが書き始めたきっかけは、自身が第一線で活躍していた 放送作家の仕事を、出産をきっかけに続けられなくなったことだそう。 口では「活躍せよ」と言いながら、裏では抑圧を続ける社会構造は、他人事ではありません。
この本を読んで、ジャーナリスト・伊藤詩織さんが感じたこととは?

■伊藤詩織さん(ジャーナリスト)

小説の中で
たくさんの「私たち」
に出会いました

本のカバーイラストで、女性の顔の部分に描かれている風景が気になっていました。以前、性暴力を受けた際の心理カウンセリングで私が描いた木の絵とすごく似ているんです。その木の様子は「幹が太くて、もともとはバイタリティがあるのに今はそれが低迷している状態」をあらわしているとか。この本は、韓国でも、多くの読者の支持を集める一方で、感想を書いたアイドルのTwitterが炎上したそうですね。それがこの本を取り巻く問題のすべてをあらわしている気がします。

 小説の中でたくさんの私たちに出会い、時々胸が詰まる思いでした。就職活動中、憧れの一流企業にいる母校のOBは男性ばかりで、女性はほとんどいないと気が付くところ。私も自分の憧れの職業では、なかなか女性のロールモデルが見つかりませんでした。これからは私たちがどんどん様々なことに挑戦することによって誰かのロールモデルになり、エンパワーできることがあると思います。また面接で「セクハラにあったらどうしますか?」という質問をされるシーン。これは現在、日本で就職活動する女性もいまだに聞かれるとききます。このような質問自体がセクハラになるのはいうまでもなく、男性に対して「君の財布が盗まれたら?」なんて質問しないですよね。あったとしたらほとんどの最終的な答えは「警察に行く」になるでしょう。昨年も麻生財務相が官僚のセクハラ問題に対して、「セクハラ罪という罪はない」と発言して物議をかもしました。聞いてあきれるトンデモ発言なのですが、確かにその通り、セクハラに対してのきちんとした法整備がない限り、自分に全く非がないのに判断や答えが個人に求められるという、そしてその反応次第で職を得るのか失うのかに関わるなんて不条理なんだろうと思います。私は89年生まれ。平成がはじまる年に生まれ、今年で30歳になります。89年にはセクハラに関するはじめての裁判が あり、この言葉が流行語大賞にもなりました。あれから30年で何が変わったのか。大きな一歩はこのような話をできるようになったこと、聞いてもらえるようになったことだと思います。

 先週までアフリカのシエラレオネで取材をしていました。この国では慣習として女性器切除(割礼)が現在も行われています。良き妻、女性として社会に認められるための儀式として「伝統なんだから」という考えの人も多いのですが、医学的な必要性は全くなく、最近も10歳の女の子が切除がもとで亡くなる事故が起きました。単に是非を問うだけでは なく、どうしたら「これが当たり前」と考える人にもこの話題について考えてもらえるのか苦心しています。日本や韓国でも伝統だからなどと言われ疑問を感じても、個人ではどうにもならない法律や慣習は多いでしょう。この小説はフィクションですが作者や周囲の人の人生が反映されていると思うので、アプローチとして興味深いです。韓国の、特に女性問題に関しての今までの動きを見ていると、非常に団結力がある印象。日本もイメージ的には手をたずさえるのが得意なような気がするけれど、女性が道に出てストライキをするようなことはまずないですよね。

 私も、性暴力被害を告発してから、「勇気がありますね」とか「闘ってくれてありがとう」と言われることがあるけれど、一人では何もできませんし、矢面で戦いたい訳でもありません。 そのイメージは人を孤立させてしまいます。自分の国のこととなると声を届けるのは非常に難しいけれど、どう手をつなぎ、発信していくか模索しています。この本を読んで自分に重 なる部分が多いと感じる方は多いでしょう。どのシーンで感情的になったかを見つめてみると、自分が今まで蓋をしてきた苦しみの原因が何なのかを知るきっかけになると思います。

◉伊藤詩織さん
ジャーナリスト。1989年生まれ。フリーランス記者として各国で取材を続けた後、2019年にドキュメンタリー会社「Hanashi Films」を共同設立。BBC、アルジャジーラ、エコノミストなど主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信。著書に『Black Box』(文藝春秋)がある。

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印象的な装丁画は日本オリジナル。描いた榎本マリコさんも1982年生まれ。彼女のインスタには、「どこかへと逃避してしまいたい現実、(中略)まとわりつく息苦しさ、閉塞感。絶望と背中合わせの、希望」と。筑摩書房/¥1500+税

◉あらすじ
2015年秋、前年出産したばかりの主婦・キム・ジヨン。3年前に結婚し、妊娠のため、新卒入社した広告代理店を退職し、現在はIT企業勤務の夫と娘とソウル郊外のマンションで暮らしている彼女が突然、自分の母親や友人の人格が憑依したように振る舞い始める……。話は1982年にさかのぼり、キム・ジヨンの誕生から、幼少時代、受験、就職、結婚、育児までの半生を克明に回顧していく中で、女性の人生に当たり前のようにひそむ困難や差別が淡々と描かれる。(以下ややネタバレ)ラスト(2016年)ではこの小説のほんとうの書き手(設定上)が登場し、とどめのポンコツぶりを発揮する。

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ⒸMINUMSA

◉著者/チョ・ナムジュ
1978年ソウル生まれ、梨花女子大学卒。卒業後は放送作家として社会派番組「PD手帳」や「生放送・今日の朝」などで、時事・教養プログラムを10年間担当。2011年、長編小説『耳をすませば』で「文学トンネ小説賞」に入賞して文壇デビュー。2016年『コマネチのために』で「ファンサンボル青年文学賞」、『82年生まれ、キム・ジヨン』で2017年に「今日の作家賞」を受賞。今年、邦訳が刊行された『ヒョンナムオッパへ』(『ヒョンナムオッパへ──韓国フェミニズム小説集』に収録・白水社)は、学生時代からの恋人に精神的に支配されていく女性の心情とその後の決意を書き、こちらもVERY世代必読の書。

取材・文/髙田翔子(82年生まれ!) 取材・文・編集/フォレスト・ガンプJr.

*VERY2019年5月号「韓国で100万部突破!映画化も決定!『82年生まれ、キム・ジヨン』が 私たちに問いかけるもの。」より。
*掲載中の情報は、誌面掲載時のものです。

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