子育てに家事と、目まぐるしい忙しさの毎日の中でふと訪れるひとときに、救われたことはありませんか。いつも笑顔で頑張る素敵な人たちにも大切にしている大人時間がありました。今回は、翻訳家、エッセイストの内田也哉子さんにお話を伺いました。
「外で人と会ったり、アートに触れたり、
興味を軸に社会と繫がれる時間を
豊かに感じます」
家庭という庭から出て
社会と繫がれることが幸せ
19歳で結婚して、21歳と23歳で二人の子を出産しました。友人たちが人生を謳歌している時に私は家庭に入って、自分の思い通りにならない生き物とどう付き合っていくか、ひたすら試行錯誤する日々。30代半ばでようやく落ち着いたと思ったら、今度は次男が誕生。またやり直しかと思いながらも、10年ぶりの子育ては上二人の時とは全く別の味わいがありました。迷いながら一緒に成長した最初の子育てと比べると、次男は俯瞰して成長の過程を見られて、初めて育児を楽しいと思えたんです。なんて言うと、上二人がかわいそうですけど(笑)。次男が10歳になった今は、絵本の翻訳や雑誌の対談、アート番組のナレーションなど、若い頃にできなかった社会との繫がりを体験し始めています。自分の興味のあることを軸に社会と繫がれる仕事が、私のとっておきの時間。とても豊かで幸せだなと感じます。
お母さんは万能じゃない
大いに偏っていていい
最近、次男と一緒にピアノを始めました。週1回、先生に来てもらって時間をずらして習っています。子どもにやらせるだけじゃなく、一緒に最初の一歩を踏むのも面白いかなと。人生の年数が全く違う子どもと初々しい気持ちを一緒に味わえる、ご褒美のような時間です。
20代の頃は空いた時間があれば自分のことをやらなきゃと焦って、一緒にピアノを習うなんて考えられませんでした。自分で家庭に入ることを選択したわりには、もっと外に出たい、一人の時間が欲しいと、とにかく余裕がなくて。周りに子育てする友人もいなくて孤独でしたね。それでも恵まれていたのは、たまにギャラリーでアートに触れる機会があったり、細々とでも仕事をやらせてもらっていて、ある時お会いした谷川俊太郎さんの言葉に救われたこともありました。子どもにはいろんなものをバランスよく与えなきゃと思うけど、自分の好みとのギャップに悩んでいるとお話ししたら、「親は大いに偏ってていいんだよ」と。自分が親として万能じゃないことを引き受けたうえで、親はひたすら自分の好きなことをして背中を見せればいいと教えてもらって。親もそれぞれでいいんだと、心が軽くなりました。
10年以上履いているマルジェラのニーハイブーツ。どこかアンバランスなものに惹かれます。よく読むのはアートの仕事で出会う本。『脳から見るミュージアム』(講談社現代新書)は、アートが脳に及ぼす影響について語った一冊。『アール・ブリュット 湧き上がる衝動の芸術』(大和書房)『最初に夜を手ばなした』(マガジンハウス)。
自分なりの美意識を持てば
日常はもっと楽しめる
お母さんはこうじゃなきゃいけないということはなくて、多様でいいはず。私は社会との繫がりが必要だけど、専業主婦だっていいし、主婦業も突き詰めるとアートだなと思います。ご飯作りはその人のセンスが表れるし、家を綺麗にアレンジするのも、家族の必要なものに意識を張り巡らせるのも、すごくクリエイティブなこと。私の母もゴミ捨てが大好きで、どれだけ小さくまとめて捨てるかに自分の美意識を投入していました。日常の些細なことにもアートやクリエイティビティがもたらす美しさはあるんですよね。美しいと思う感覚は誰しも違うから、手を動かして試行錯誤して、自分のフィーリングにはまる形を見つけてみる。自分はこれが好きだと思えるものに邁進したら、自分らしく日常を楽しめるんじゃないかなと思います。
この撮影のために準備したというコートは、葉山のセレクトショップで購入したイタリアブランドAVNのもの。
●内田也哉子さん Yayako Uchida
1976年東京生まれ。幼少の頃より日本、米国、スイス、フランスで学ぶ。三児の母。Eテレ「no art, no life」(毎水曜 22:45〜)で語りを担当。翻訳絵本『ママン 世界中の母のきもち』(パイ インターナショナル)、脳科学者・中野信子氏との対談をまとめた単行本(文藝春秋)が来春刊行予定。
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翻訳を担当した絵本が発売中!
『ピン! あなたのこころのつたえかた』作:アニ・カスティロ/翻訳:内田也哉子(ポプラ社)、『こぐまとブランケット 愛されたおもちゃのものがたり』作:L・J・R・ケリー/絵:たなかようこ/翻訳:内田也哉子(早川書房)
撮影/福本和洋 ヘア・メーク/木内真奈美 取材・文/宇野安紀子 編集/城田繭子
*VERY2021年2月号「わたしの、たまには大人時間」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。商品は販売終了している場合があります。