子育ては一つの宇宙
二人の息子とミクロの敵との長く過酷な闘い
親になって、それまでの人生と決定的に違ってしまったこと。それは誰かの命を預かる責任が生じたことでした。「え、私が人命を?! レスキュー隊でもお医者さんでもないのに?! 無理! 怖すぎ!」とリアルに震えました。産後うつ気味になったのはそのプレッシャーも一因。生まれたての赤ちゃんなんてほぼ内臓にしか見えないし、意思疎通もできない。素人にこんな無茶振りするなんて、生命の歴史って過酷すぎる(涙)と毎日めそめそしていました。
しかしですね、人間を育てるという実に珍しい経験をするチャンスに恵まれたと考えることもできるわけですね。どんな名作映画も敵わない劇的感動を与えてくれるのも子どもです。Twitterに我が子のほっぺの写真をあげている人を時々見かけますが、わかる、私もあの頃、子どものほっぺの曲線はこの世で最も完璧なカーブだと本気で思っていましたから。激しい認知の歪みですが、こうまで世界の見え方を変えてしまう存在と出会えるのは、得難い体験ではないでしょうか。
預かる命があるということは、世の中の出来事が全て他人ごとではなくなるということです。今回、世界的な感染症の流行で、誰もが先の見えない不安の中にあります。「この先、子どもたちはどのような時代を生きていくことになるのだろうか、自分はそのために何ができるだろうか」と考えずにはいられません。
しかし振り返れば、個人レベルですでに感染症との長く過酷な闘いを経験してきました。毎年やってくるインフルとノロの季節。かつてはロタのワクチンもありませんでした。二人の息子たちがかわるがわる病気にかかって、30代はそれをもらいまくったのです。溶連菌、りんご病、水疱瘡、ロタ、インフル、またインフル……水疱瘡になった時には職場から露骨に迷惑がられて、辛かった…(ワクチンを打っていたおかげで幸いとても軽かったのですが、大人は重症化して命に関わることもあるそうです)。2003年にはSARS、2009年には新型インフルエンザの流行もありました。子どもとの生活はミクロの敵との闘い。こまめな手指の消毒や念入りな手洗いはすっかり習慣化しています。次男がノロに罹患した際に徹底した消毒と吐瀉物管理で家庭内感染を防ぎ切ったのは、すごい達成感だったなあ。
どんな子育てにも、武勇伝と黒歴史があるものです。痛恨の失敗もたくさんある。親はある日突然命を預かり、予習もなしにいきなり本番が始まるのですから。だけど他の何にも代えがたい、奇跡としか言いようのない瞬間にもたくさん出会いますよね。日常のほんの一瞬の出来事が、永遠に尊い何かに通じていることを、私たちは体験的に知っています。天国の門は、そこここに開かれているのです。
17年間子育てをしても、まだ慣れません。だから息子たちがご飯を食べているのなんか、じーっと見ちゃう。次男くんは思春期ですから、そんな視線を感じると「何っ」とかいうんですが、そんなときは「なあ君、君にとって私は生まれたときから世界に存在していたから、珍しくもなんともないだろう。でも私にとったらな、君は33歳の時にいきなり出現して、まだたった14年しか経っていない存在なんだよ。だから、いまだに珍しいの」と話しています。そしたら最近は「何っ」「あのね」「知ってる。珍しいんでしょ」と言うようになりました。「そうそう。たぶん君が30歳になっても40歳になっても、まだ珍しがっていると思うよ」と答える私を見て、次男は呆れたようにもぐもぐやっています。
そんな子育ての珍道中をVERYで10年間書き綴ったのですが、昨年最終回を迎え、エッセイをまとめた単行本も『女たちの武装解除』『女たちの和平交渉』に続き、ついに完結! その名も『曼陀羅家族』です。いきなりトーンが違いますね。いやーもう、まだ道半ばとはいえ、これまでを振り返るといろんなことがありすぎて、子育ては一つの宇宙だよなと思うわけでして。悟りの境地には程遠いけど、まだビッグバンの衝撃波に翻弄されているママパパたちに、読んでいただければ幸いです。
5月25日(月)発売!
「もしかしてVERY失格!? 完結編〜『曼荼羅家族』」¥1500+税
10年続いた『VERY』人気連載もついにフィナーレ! 大黒柱ワーママとして日豪を往復しながら読者の悩みに寄り添い、泣き、笑い、怒った、ママたちとの共感の記録。二本の書き下ろし、いままであまり語ってこなかった父との別れをつづった「父の話」、連載終了後にネットでBUZZった「エア離婚」の他に、作家・白岩玄さんとのロング対談「『男らしさの呪い』を解く」を収録。小島慶子は最後までVERY失格だったのか!? 電子書籍も発売予定です。
編集/フォレスト・ガンプJr.