里帰り出産か、夫婦で乗り切るか。出産後の過ごし方はこの2択になることが多い日本で、新しい選択肢として宿泊型産後ケアが注目されています。5月、都心部からもアクセスの良い川崎のホテル内に産後ケアリゾート「HOTEL CAFUNE」をオープンした龍崎翔子さんに、お話を聞きました。
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■ PROFILE
ホテルプロデューサー 龍崎翔子さん
1996年生まれ、東京大学経済学部卒。19歳のとき母親とL&Gグローバルビジネスを設立(現・株式会社水星)。京都・大阪のHOTEL SHE,をはじめ全国に5つのホテルを運営。2022年5月、HOTEL CAFUNEをオープン。
ママは「自分を大切にしていい」
というメッセージを、
ケアホテルで広めたい
──ホテル事業に携わってきた龍崎さんですが、なぜ「宿泊型産後ケア施設」を手掛けたいと思ったんですか?
私はよくTwitterをチェックするのですが、ママたちの育児への悩みや心の叫びのツイートをたくさん見かけて。遠くない将来、自分も子どもを産むかもしれないと想像したとき、ハッピーな状況をイメージしづらいなと思ったのがきっかけでした。言葉が通じない相手を24時間ケアするのは、きっとすごくしんどいこと。でも、周りを見ると夫が多忙だったり、実家が遠かったり、親が祖父母の介護をしていたりして、産後すぐにワンオペ育児をしている人がたくさんいる。「家庭内労働力で子育てするのが前提の社会」には、もう限界があるんじゃないかと感じました。それで4年ほど前から構想を練っていたんです。
──ホテルカフネは美味しいご飯が5食出てくるし、カフェなど息抜きの場所もある。サービスにもホテルの持つ潜在的な力が生かされていますよね。
専門家常駐で24時間託児や育児指導も受けられます。産後は生き方が変わる瞬間だと想像していて、新しい家族としてキックオフするその時間にプロがサポートすることで、辛い時間を変えていけるかもしれない。しっかり休んで美味しいものを食べることで、ママだって自分を大切にしていいんだと思ってもらうことにも繫がるといいなと思っています。
3食+おやつ+夜食の計5食提供している。この日のランチは親子丼。
──ママだけでなく、パパや上の子も一緒に泊まれるんですよね。
はい。「ファミリーハネムーン」と呼んで、産後の滞在をママと赤ちゃんだけでなく家族のイベントにしていきたいと思っています。安全な運営のため15日で60万円ほど必要ですが、結婚式やハネムーン、ブライダルエステには何十、何百万をかける方もたくさんいらっしゃいます。日本ではまだまだ、主に女性による家庭内労働力にお金を払うなんて、という考えが根強いと思うんです。でも、私は家族のハッピーのために産後ケアにお金を払っていいと思っていますし、その考えに共感してくれる人も増えてきています。
ロゴとグラフィックデザインは、アートディレクターの脇田あすかさんが手掛けた。
──産後の特別な期間、家族でゆったり過ごせるのはかけがえのないことですよね。里帰り出産しても、親との関係で疲れたり、夫の育児への参加度が低くなるケースもあると聞きます。
一番大変で、でも大切な時期に夫が一緒にいられないのは残念ですよね。それに妻側に里帰りしたことで義実家とギクシャクしたりする話もよく聞き、人生でハッピーなタイミングなのにいざこざで疲れてしまうのは嫌だなと。
──産後ケア施設は、中国や台湾、韓国では定着しているそうですね。
ここ20年でかなり普及しました。例えば中国の都市部では使うのが一般的になってきていて、パートナーの両親が資金援助をする文化ができていると聞きます。実は日本でも、多くの自治体の行政委託事業として補助が出ていますが、まだまだ知らないママも多いように感じます。
〝産後、「実家を頼るか、自力で頑張るか」だけじゃない選択肢をもっと広げたい。〟
自力・里帰り・ケアホテルの
3択が当たり前の社会に
──施設によっては申込み手続きが煩雑だという声も。どんな施設か見えづらいとためらってしまいそうです。
そうですよね。産後ケア施設を当たり前のインフラにして、東アジア圏のように、産んだらどこに入ろうかな?と選べるくらいにしたい。一方で産後は自分でなんとかできるよ、親に頼って円満だよという人もいるから、産後ケア施設を利用することだけが正解ではないと思っています。
──選べる状況があることで救われる人がいると思います。龍崎さんは19歳でお母様と起業されていますが、お母様はどんな方なのでしょうか?
母は一度就職したのちに大学院に入り、博士課程にいるとき私を出産しました。その後私の祖父母に子育てを手伝ってもらいながら博士論文を書いたそうです。だからか、カフネの構想も、すごくいいと応援してくれましたね。
──子どもの頃はどんなふうに育ったんですか?
小学生の頃は東京の昭島市に住んでいました。ゲームも漫画もない中で、いかに魅力的な催しを考えて友達を呼ぶかを考えていました(笑)。親は勉強しなさいとは言いませんでしたが、海外出張に連れて行ってくれたり、無形資産のようなものはたくさんもらったなと思います。母は小4から小6の間単身赴任していて、その間は父と暮らしていました。
──それで中学受験もしたんですよね。
当時は寂しかったですけど(笑)。母は元々アカデミアの人ですが、起業家マインドがあって主婦力がめちゃめちゃ高い。私は主婦力=マネジメント力だと思うんです。母は、家庭の延長でビジネスでもシビアなマネジメントができる人。今も色々学んでいます。
──産後ケア事業は、今後どう育てていきたいですか?
満室が続き、求めてくれる人がいることを実感しています。専門的な人材も必要で利益率の高いビジネスではないかもしれませんが、室数も拠点も増やしたいと思っています。スピード感を持って必要な方に届けるという意味でホテルとの提携は有用だと思いますし、一方自社物件を持って展開することも考えています。
スタッフの制服はMUJI Laboのシャツ。「必ずしもピンクでなくてもいいかなと、清潔感を大事に選びました」
次の構想は、
「泊まれる児童館」
──普及させていくことによって、どういう社会を作っていきたいですか?
例えば、今日本ではどんな女性でもママになると急に「ママさん」と言われたりします。本人がそれを望んだならいいけど、社会に求められ、出産体験をしただけで母親というヴェールをかぶせられるように思うんです。ライフステージを経て「妻になる」「母になる」のではなく、自分のアイデンティティを保てる状態で過ごせる社会がいいなと個人的には思っていて。それが叶うためには、時間的余裕や精神的余裕、お母さんだからこうしなさい、という呪いを解いてあげられる場所や人も必要だと思う。ホテルカフネが、それを支えるサービスになってくれたらいいなって。
──お客さんは、すでにいろんな使い方をされていますよね。
2週間滞在する方だけでなく、月に1週間ずつ滞在して休んだり、パートナーが出張のとき利用される方もいて。赤ちゃんを朝まで預けて久しぶりにパートナーと朝までゆっくり寝たい、という声も。そういう時間が、家族としてキックオフしたばかりのパートナーとの関係性を深められるんだなと、お客さまを見ていて実感しました。
──ネクストステージでは「泊まれる児童館」も構想しているとか。
子どもがある程度の年齢になったら、子どもを児童館に預ける感覚で泊まってきてもらえたら助かる日もあると思うんですよ。我が子だとしても、どんな人とだって、365日一緒にいるのは大変だと思う。仕事や出張だけでなく、友達と旅行したいとか、飲みに行きたいとかあるはず。子どもにとって楽しくて学びがある場所だったら、かわいそうと罪悪感を持たずに預けられるのかなって。
──しばらく女友達と旅行も行けていません。実現したら利用したいです!
嬉しいです。自分が将来子どもを産んだら、シンプルに自分が利用したい、そういうサービスを作り続けられたらと思っています。
HOTEL CAFUNE
川崎キングスカイフロント東急REIホテル内に5月本格オープン。全6室で、基本の15泊〜は1泊あたり42,900円(1泊からでも利用可)。
神奈川県川崎市川崎区殿町3-25-11
TEL:080-9463-2792
Column
各自治体の産後ケア事業への取り組みも年々増加中! でも利用率は未だに低いのが現状でした。
2021年の改正母子健康法の施行によって産後ケア事業への取り組みは市区町村の努力義務に。宿泊型・日帰り型・訪問型がある産後ケアですが、実施している市区町村は約26%。そのうち約77%では宿泊型を用意しているものの、利用率は出生率換算で1%未満。
2007年都内で最初に設置した世田谷区をはじめ、東京都では62市区町村中合計35の自治体が宿泊型の産後ケアを用意し、独自の補助を出すなど近年その数は増加中。今年にかけ民間ケア施設も相次ぎオープンしており、これを追い風に認知度と利用率の向上が期待されるところです。(参考:2020年厚生労働省 産後ケア事業の利用者の実態に関する調査研究事業、令和2年度におけるとうきょうママパパ応援事業等の実施状況)
ママの休息を第一に、プロのスタッフがケアしてくれる癒しの施設が次々オープン中
撮影/砂原 文 取材・文/有馬美穂 編集/髙田彩葉
*VERY2022年8月号「産後ケア施設で新しい家族のキックオフをしよう」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。