生まれ月が生涯にわたり影響を及ぼすという研究結果が発表され、早生まれの子を育てるママの間では動揺も。実際に3月生まれの子を持つ編集&ライターが、研究を行った経済学者の山口慎太郎さんと、教育評論家の親野智可等さんに早生まれの子どもを育てるうえで気をつけたいことを伺いました。
\早生まれの子ママの不安の声/
早生まれの子は
非認知能力をいかに育むかが大切だと思います
最新の研究で分かった生まれ月が及ぼす影響とは
山口さん(以下、敬称略) 7月11日に公表した私の論文(Month-of-Birth Effects onSkills and Skill Formation)で、統計から早生まれの子は遅生まれの子に比べて「対人関係の苦手意識が高い」ことが分かりました。ただ、これはあくまで相対的なものでもちろん個人差はあります。生まれ月が生涯にわたって影響をおよぼすことはこれまでもたくさんの研究で分かっていましたが、その背景には非認知能力の発達がかかわっていそうだという点に注目しています。
周りからは、大人になれば差がなくなる、と言われることも。
山口 「統計的に差があること」と「どれくらい差があるか」は分けて考えるべき。のべ100万人のデータを見ると、実際には気づかないくらいわずかな差も正確に検知できます。わずかな差でも不利な場に置かれている人の数は、日本や世界全体ではかなりの数になります。一人あたりの度合いが低くても関係する人が多く社会的な影響があるので制度的に対応する必要がある。僕は経済学者なので、生まれ月格差は社会問題であり制度変更が必要であるというスタンスで捉えています。
どんな制度変更が考えられますか?
山口 解決策のひとつとして考えられるのは「子どもの発達に合わせて就学の時期を変えられるようにする」こと。早生まれに限らず発達状況に合わせて入学時期を遅らせることが一般的な国も多い。ただし、入学時期を遅らせるのは裕福な家庭の子どもに集中し、生まれ月の格差が所得格差に転換されるという報告もあるので、それについては別の手立てで対応しないといけないのですが。
親野さん(以下、敬称略) 現状、「うちの子だけ入学を遅らせるなんて」と抵抗を感じるかもしれませんが、今後は一斉授業ではなく一人一台タブレットを持ち、自分のペースで進める個別対応の学習になっていく傾向に。その意味では入学時期も大きな問題ではなくなるかもしれませんね。
山口 子を持つ親としてもテクノロジーを利用して個性に着目した教育が行えるようになるといい、と思っています。教育が個を尊重する形になれば、生まれ月による差もなくなっていくと期待しています。
焦って勉強させるのはかえってマイナス?
明るい可能性がある一方、実際に早生まれの子どもを育てるママとしては社会や制度は今すぐに変えられないので焦りも。どんなことを心がければ?
山口 ほかの子と比較して焦らないこと。生まれ月で学力・非認知能力に差が生まれる背景を知ろうとして、子どもたちの習い事・通塾等のデータを見ました。すると、早生まれの子どもは学習時間が長く、塾に通っている割合も高い。おそらく不安から学習面では親子で頑張っていることもあり、年齢が上がった時に学力が追いつく傾向が見られます。一方、気になるのがスポーツ等の習い事をさせる割合が少ないこと。限られた時間を学習に多く割けば、それ以外の活動に充てる時間は減ります。幼少期には遊びや運動の時間をたっぷりとったほうが非認知能力が育まれるので、長期的な視野を持ってほしいと思います。おおらかな気持ちで受け止めてほしいですね。
親野 親だけでなく先生もこのことを理解することが重要。学級の中に理解が遅い子がいたとしても、生まれ月を認識していれば必要なサポートができる。気をつけたいのは子どもに否定的な言葉をかけてしまうこと。「また○○してないの、他の子はできるよ」など言い続けると、「どうせ自分なんてダメだ」と伸びる芽を摘み取ってしまう。また、早生まれのメリットに目を向けていく姿勢も必要です。早生まれの子は相対的に早い段階で保育や教育を受け始めることができますし、遅生まれの子が言葉が遅かったりすると、「4月生まれなのに言葉が遅い」となりますが、早生まれの子の場合は「3月生まれだから当たり前か」となり、大らかに見守られるということもあります。加えて、年齢が上がるにつれ、自分が同学年の人より早く生まれたことをポジティブに感じることが増えます。私自身早生まれですが早生まれでよかったと思っています。
早生まれの子どもこそ自己肯定感を高めて
山口 私が今回の調査で一番気がかりだったのは対人関係。「先生や友達が自分のことを認めてくれない」と思っている早生まれの子が多かったんです。学校で取り組めればベストですが、学外で早生まれの子が自己肯定感を高めるような環境を親が作ってあげてもいいと思います。スイミングなど自分の進度で進められる習い事もいいですし、自分よりも年下の子が多い集団の中でリーダー的な役割を果たす経験をさせてあげるのも効果的だと思います。
親野 我が子を他の子と比べる風潮が問題。日本は同調圧力が強く、横並びでの競争だと思っているから「早生まれだから」と焦る。親の負い目は子の自己肯定感を損ねます。ほかの子と比較せずに、昨日より今日と子どもの成長を褒める姿勢を大事にしてほしいです。我が子にフォーカスして、やりたいことをやらせてあげる。主体的にやりぬく経験がほかの能力も伸ばしますよ。
山口 研究上では偏差値や年収も比較しますが、将来、子どもが充実した人生を送れるかは、それだけで測れるものではないはず。人生100年時代、よりその傾向が強くなると思っています。
早生まれの子を持つライターMが取材を終えて感じたこと
我が子の場合3月生まれに加えて体が小さく年齢にならった進級は子どもに無理させている、と感じることも。周囲にはいつか追いつく・ストレッチした環境にいることでメリットもあると言われ、考えすぎ?と悩んでいましたが今回、焦らずに子どもの発達に合わせることの大切さを実感しました。また、知り合いからなぜ早生まれにしたのか、と言われてモヤモヤした経験も。ママたちが早生まれ・遅生まれにとらわれず育児できるようになるといいなと改めて思いました。
“今回早生まれの子は対人関係の苦手意識があるというデータも。自己肯定感を高める声かけを”
▶山口慎太郎さん
東京大学経済学部・政策評価研究教育センター教授。家族の経済学・労働経済学が専門。『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)でサントリー学芸賞を受賞、ダイヤモンド社 ベスト経済書2019 第1位に選出。
“ほかの子と比較するのは禁物。焦らず昨日までの我が子と比較してほめてあげて”
▶親野智可等さん
教育評論家。長年の教師経験をもとに子育て、しつけ、家庭教育についての著書を多数手掛ける。人気マンガ『ドラゴン桜』の指南役としても著名。YouTube『親力チャンネル』で動画を毎日配信中。
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撮影/五十嵐 洋 取材・文/増田奈津子 編集/羽城麻子
*VERY2021年1月号「今こそ見直しどきかもしれません 早生まれの子の育て方」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。商品は販売終了している場合があります。