エッセイ『小説のように家を建てる』が話題の小説家・吉川トリコさん。賃貸派だったご自身は住宅購入を機に人生に思いがけない変化があったそう。「家を建てる」ことがこれからの生き方を考えるきっかけやダイエットにもつながったという体験談を聞きました。
家を建ててから、「ものの買い方」が変わった
──独身時代から結婚後まで、自由に住み替えがしやすい賃貸派だった吉川さん。40代で家づくりを始めた経験談がこのたびエッセイになりました。注文住宅が完成し、実際に暮らし始めてから気持ちの面で変わったことはありましたか。
家を建てたことによって、これから必要なお金の総量や、今後の人生の流れのようなものが、うっすら見えてきました。そうなると、「無駄に消費している場合ではない」と思うようになって。たとえば、間に合わせで家具を買ったり、立ち寄った百均でなんとなく小物入れを買ったりすることがほとんどなくなりました。節約しようとか、ものを減らそうという意識よりも、「考えずに買う」ことをしなくなった、という感覚に近いです。「もうこれが最後。一生使うかも」と考えるようになったことで、長く使えるもの、気に入ったものを探そうと、以前より買い物の時間が楽しくなってきました。


吉川トリコさんの新居のリビング。
家を建ててから、自宅で過ごす時間が増えたそう。
──40代で住宅購入を購入。このタイミングだったからこそ、気付けたことはありますか?
もっと若い頃に買っていたら、ローンももっとラクに組めて、月々の支払いも軽かったかなとは思います。ただ、そのぶん当時の好みや流行、欲しいと思った機能を優先した家を建てていたかもしれない。振り返ってみると、20代、30代の頃って、まだ自分が本当は何を欲しているのか、あまり定まっていなかったような気がします。
30代くらいまでは、ブランドバッグが欲しくてたまらない時期がありました。でも40代になると、持ち歩きがつらくない布バッグの軽さのほうがありがたくて(笑)。自分にとっての心地よさは、年齢とともに変化していくのだと実感しました。家に関しても、もっと若かったら断熱などの性能よりもスタイリッシュさを優先して、「多少寒くてもカッコよければいい」と思っていたかもしれないですね。
だからといって、若くして大きな選択をすることを否定しているわけではありません。あくまで私のケースであって、その時、その人にとっての最善を選んでいるはずですから。
生活が変わると体も変わる
──暮らしや選び方が少しずつ変わってきたなかで、「これから先の時間をどう過ごしたいか」ということを考えるようにもなったようですね。
もうすぐ50歳。あとどれくらい小説が書けるだろうと考えるようになりました。できるだけ長く書き続けるためには、きっと体力が必要だろうと思って、昨年からパーソナルトレーニングに通い始めました。結果的に、約1年で体重は10年前と同じくらいまでに戻りました。運動を始めたことだけでなく、引っ越したら家の周りに飲食店が少なく自炊が増えたこと、糖質よりも脂質を減らす習慣がついたことなど、思いつく理由がいくつかありますが、これまでなかなか落ちなかった体重がすとんと落ちたんです。

本を読んだり、くつろいだり。「作ってよかった!」というヌック。
──体の感覚が変わると、仕事にも変化はありましたか。
小説を書き続けるために、ある程度仕事もシステム化しようと思うようになりました。今は、毎日少しずつ、コツコツ書いています。若い頃は、不規則な生活をして、締め切り前にガーッと集中して書くこともありました。でもそれよりも、ルーティンでコツコツ書き続けていくほうが、効率はいいのかもしれないと気づきました。若い頃に、もし作家の先輩にこういう話を聞かされてもピンとこなかったかもしれない。でも今は、生活を充実させて毎日きちんと積み重ねていったほうが、いい作品が書けるようになったと実感しています。

Tシャツは、ガザ支援のチャリティのためにご自身が作成したオリジナル。
『小説のように家を建てる』(吉川トリコ・光文社)
どこか遠くへ行きたかった。そうして、どういうわけだか、家を建てることになった……。 どのような観点で選択を重ね、どのような家を建てたのか。 物件を探しはじめ、新居の引き渡しにいたるまでの大冒険の記録。

Profile

吉川トリコさん
1977年生まれ。名古屋市在住。2004年「ねむりひめ」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞および読者賞を受賞しデビュー。2021年エッセイ「流産あるあるすごく言いたい」(『おんなのじかん』収録)でPEPジャーナリズム大賞オピニオン部門受賞。2022年『余命一年、男をかう』が島清恋愛文学賞を受賞。同書はネットフリックスにて2026年、実写公開予定。ほかに『コンビニエンス・ラブ』『コメディ映画で泣くきみと』など著書多数。
構成・文/樋口可奈子 撮影/光文社写真室
※本文中のインテリア写真はすべて吉川トリコさん撮影









