10年ぶりとなる短篇小説集『富士山』が話題の小説家・平野啓一郎さん。プライベートでは中2の長女と小5の長男の父親でもあります。インタビューでは、これまであまり触れてこなかったお子さんのこと、親としてどんな言葉がけや関わり方を考えているか、など平野さんの育児について伺いました。(平野啓一郎さん×田内 学さんの対談も! VERY7月号は6月6日発売です。詳細はこちら)
こちらの記事も読まれています
これまで、「我が子の話」は積極的にしてきませんでした
──インタビュー前編では、お子さんの中学受験のお話を聞かせてくださいました。平野さんがお子さんについて言及されることは、これまでほとんどなかったように思います。
ソーシャルメディアなどにも子どもの写真は一切出していませんし、基本的に子供については言及しないことにしています。僕自身、子供の頃に母親が、「うちの子はこうで、ああで、……」と周囲に話すことがとても嫌でしたから。それはあくまで母親の目を通した僕の姿ですが、僕自身は分人化していますし。それに、自慢話をされても小っ恥ずかしいですが、卑下されてもいい気はしませんし、とにかく、親が子どもについて語るというのは難しいことだと思います。それに加えて、僕の場合、職業柄、人から注目もされていますし、話したことが広まったり残ったりするので、余計、気をつけるようにしています。子どもにとって、自分のパブリック・イメージが、気がついたときには親の言葉で埋め尽くされているというのは恐ろしいことでしょう。だから今回も、どこまで話すべきかは、ちょっと考えています。
「子供の考え」を頭ごなしに否定することはありません
──平野さんの育児についての考えは、読者も参考にできる部分があるのではないかと思います。お子さんへの言葉がけで意識していることはありますか。
年齢によって子どもとのコミュニケーションは変化します。小さいときも、個として尊重して話をしようと心がけていましたが、やっぱり子ども側の理解力が追いつかないので、どうしても、「こうしなさい」「それはダメだよ」といった指導的な口調になりがちでした。それが嫌なんですよね。子どもが小学校高学年になってから、対等とまではいきませんが、段々、「会話が成立している」と感じるようになってきました。
長女が中学生になった頃からは、こちらが指示するような話し方は極力避けて、知り合いと話しているような感じで接するようにしています。
気になるようなことがあっても、親として頭ごなしに注意するのではなくて、「それはちょっとどうなん?」とか、「あんまりいいと思えないけど」とか。あとは日常的なことでも、「お風呂に入りなさい」じゃなくて、「先にお風呂入る?」とか、「入ったら?」とか。ちょっとしたことですが、友達との会話と同じような感じですね。人に対して、強く叱ることは効果的ではないと思います、特に10代の子は、自我の形成期なので、反発するでしょう。お互い嫌な気持ちにもなりますし。友人に対してなら、よっぽどのことがない限りそんなに強い口調にはなれないですが、その感覚が子どもに対しても必要だと思います。
子どもの話を聞いてそれは違う、と思ったときには、身近な年上の人間としての違和感は伝えますね。理由も説明しますが、その場では納得していないこともあります。何か助言を求められたらもちろん答えますし、親の立場からのサポートも色々と必要ですが、コミュニケーションに関しては、そんな感じですね。じゃないと、本当に困ったときに相談しにくいんじゃないかなとも思います。
──確かに自分の思春期を思い出すと、「親にこんなことを言ったら叱られるから黙っておこう」と考えることが多かったような気がします。
親子でも、信頼関係をつくることは重要ですね。信頼構築がされてないところで、いくら立派なことを言っても、子どもも受け容れられないでしょう。あまり厳しく接していると親の言うことを全部スルーするようになりますし。
政治や社会問題、子どもの前ではあえて話してこなかったけれど…
──平野さんご自身は、日頃からSNSなどで政治的な姿勢もはっきりと明言されています。お子さんともそのような話をすることはあるのでしょうか。
あまり親の影響を受けすぎて、受け売りで喋るようになってもよくないので、政治や社会問題についても、特に小さい頃は、僕自身の考えを子どもたちに向けて話すことは少なかったです。でも、僕のインタビューが掲載された新聞が家にポンと置いてあったりするので、僕の考えは、自然と把握していったようです。子どもたち自身が、学校でそういう話題に触れるようになるし、社会の授業で習ったり、ニュースを見たりして、政治のことを語るようになってきたので、年齢に応じて、こちらもだんだん、いろんなテーマを話せるようになってきました。
娘は自然と読書好きになりました
──お子さんは、平野さんの作品を読むことはあるのでしょうか。
ほとんど読んでないと思います。ただ、友達が僕の本の読書感想文を書いたりしていて、それなりの関心は持っているようです(笑)。娘は辻村深月さんのファンなので、一緒にサイン会に行ったこともあります。こっちから読みなさいと言ったことはないのですが、娘は特に、よく読書をしていますね。あとは二人とも、普通に音楽とか聴いてます。
──それはお父さんの背中を見ている証拠だと思います。
本だらけの家ですし、僕がいかにも面白そうに本を読んでいるから、読むなと言っても読んでみたくなるでしょう。妻もよく本を読みますし。
──平野さんの、お父さんとしての側面が垣間見られたような気がします。
まあ、僕も子育ての途中ですし、至らないことばかりなので、人に助言するようなことは何もないですが、多少なりとも読者のみなさんの参考になれば。子育てってきれいごとばかりじゃなくて、人に言いづらいことや隠しておきたいこともたくさんありますよ。最初に言ったように、子どものために言うべきでないこともありますし。だから、自分の家庭以外はみんなうまくいっているように見えますけど、そうでもないはずです。本当はもっといろいろ話し合えた方がいいでしょうね。どこもそうなのかと思えればホッとしますし、子どものことを守りつつ、上手に信頼できる人と状況を共有してみてはどうでしょうか。親が精神的にラクになれれば、子どもに対してもいい影響があると思います。
『富士山』(平野啓一郎・新潮社)
些細なことで、私たちの運命は変わってしまう。あり得たかもしれない幾つもの人生の中で、なぜ、今のこの人生なのか? その疑問を抱えて生きていく私たちに、微かな光を与える傑作短篇集。
PROFILE
平野啓一郎さん(ひらの・けいいちろう)
1975年、愛知県生まれ、北九州市出身。小説家。京都大学法学部在学中の1998年、「日蝕」によりデビュー。同作は翌年、第120回芥川賞を受賞した。『葬送』、『決壊』(芸術選奨文部科学大臣新人賞)、『ドーン』(Bunkamuraドゥマゴ文学賞)、『マチネの終わりに』(渡辺淳一文学賞)、『ある男』(読売文学賞)、『本心』、『三島由紀夫論』(小林秀雄賞)など著書多数。二児の父でもある。
取材・文/樋口可奈子 撮影/須藤敬一 ヘア・メーク/只友謙也〈Linx〉