2023年末に夫と共にニューヨークに移住した、フリーアナウンサーの大橋未歩さん。空前の円安の中でも、「今がベストタイミング」と移住を決断できた理由や、海外から見た日本の姿、人生が身軽になったという今の思いを伺いました。
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「髪は自分で切ることも」夫婦で米国移住して変わったこと
──2023年にニューヨークに移住されています。「この円安の時代にわざわざ行くの?」と聞かれたこともあったそうですが、きっかけはどんなことだったのでしょうか?
移住の話を最初に切り出したのは夫でした。「今後の為替レートがどうなるかなんて誰にもわからない。円が高くなるのを待っていたら、一生行けないよ」と言われました。確かにお金のことだけを考えていたら、今も移住できていなかったと思います。結局、思い立ったときが、私たちにとってのベストタイミングでした。実際にお金がかかるのは間違いありません。これまでの貯金を今こそ自己投資に使おうと決意しての渡米でしたが、現在住んでいる家は賃料がとても高いので引っ越しを考えています。美容院代も高いので自分で髪を切るようになりました。昔のように洋服を買うことも少なく、日本に帰る際はトランクを空っぽにしていって、下北沢で古着を買うのが楽しみです。結局のところ、いくら貯蓄を増やしても「棺桶にはお金を入れられないし、経験こそが財産」というのが決断の理由です。
ブルックリンのフリマで買ったコートを着て
──ご自身のインスタや、ニューヨークの生活を綴った連載エッセイからは、演劇学校に通ったり道ですれ違った人に話しかけたりと、積極的に海外生活を楽しむ大橋さんの様子が伝わってきます。昔から物おじしない性格だったのでしょうか?
昔は今のような積極的な性格ではありませんでした。アナウンサーになった際も、学生時代の友人たちから「未歩がアナウンサー?あんた無口やったやんな」と驚かれたくらい。でも、実はずっと内向的な自分が好きではなく、変わりたいと思っていました。アナウンサーは人と関わる仕事なので、その環境に身を置いてしまえば自分の性格も変えられるのではないかと考えたのが、この道を志したきっかけの一つ。やらざるを得ない状況に身を置いてしまえば、やるしかない。そういう気持ちで自分を変えてきました。英語が話せるわけでもなく、渡米後に現地で語学学校に通うところからのスタートでしたが、自信がなくても、まずはニコッと笑って口角を上げて人と接していると、意外と人は心を開いてくれる。行動から自分の中身が変わっていくような気がします。
はじめてのニュージャージーで
──2025年1月には第2次トランプ政権が発足。米国が大きく変わろうとしているさまは、日本にいても伝わってきます。報道に関わる大橋さんにとって、今の状況をどのように感じていますか?
大統領選の最中にも、現地の友人たちからさまざまな意見を聞きました。トランプ大統領は、就任早々に多様性プログラムを廃止する大統領令に署名したので、もしかしたら今後はマイノリティに対するヘイトも強くなる可能性もあります。実際、前回のトランプ政権下ではアジア人に対しての差別的な行動が加速したという話も友人から聞きました。仮にそういうことが起こったとしても、私は自分の肌を持ってそれを感じ、伝えていきたいと思っています。経済面でもどのような影響があるかはまだ未知数ですが、ダイナミズムのなかに身を置けること自体が貴重だと感じています。
バスは来ないけれど、なぜか明るいニューヨークの人たち
──移住してから、日本に対する意識は変わりましたか?
米国では、医療と保険は贅沢品。めったなことでは病院に行けないという緊張感でいっぱいで、風邪も引けません。改めて、国民皆保険があり、誰もが良質な医療が受けられる日本は素晴らしいと感じました。公共交通機関などのインフラも充実しています。ニューヨークはいつまで経ってもバスが来ないのが当たり前だし、地下鉄でも時刻表は当てにならないから確認すらしません。一方で、道ゆく多くの人がご機嫌に生きているように見えるのが、ニューヨークの魅力だと思います。移住前は「大都会だし、殺伐としているのかもしれない」なんて心配していましたが、実際にはちょっと目があっただけで微笑みを交わし、誰かのためにドアを開けてあげるのも当たり前。サンキューもソーリーも日常茶飯事です。重い荷物を持っているとき、道で迷っているとき、困っているとすぐ誰かが助けてくれます。インフラや制度など、環境面で足りないことを「人」が補っている印象を受けます。日本はさまざまなことが充実している反面、見えない規律が厳しくて、なんとなく窮屈に感じている人も多いかもしれない。海外に住むようになって、そう感じました。今も日本で仕事をする機会があり、二拠点生活を送っているような感覚があります。往復する度に、米国も日本もどちらに対しても「いいところだな」と愛情が深まっていきます。離れているからこそ見えた日本の美点ももっと発信していけたらと思っています。
ファッションや生き方も素敵なマダムとたくさん出会いました。Photo by @_yumi_shimizu
余計なものを手放せば、もっと先へ歩いて行ける
──アメリカ生活を経て、今後挑戦したいことはありますか?
遠い未来になるかもしれませんが、夫と店を持ちたいという話をしています。アウトドアと日本のカルチャーを掛け合わせて、ニューヨークから世界に発信していけたら。ニューヨークでの日本のイメージはとにかくクール。「イケてる」というニュアンスでしょうか。またMANGA市場拡大で、親近感を持ってくれている若者も大勢います。そして、日本のものづくりはやはり世界からの信頼がとても厚いことを実感しています。米国には巨大なアウトドア市場がありますが、米国製は重くて頑丈。その点、日本の製品は軽くて頑丈。持ち物が軽くなるだけで人生が身軽になるということは、私自身が夫婦共通の趣味であるロングトレイルを経験して実感したこと。実は、こちらへ移住するときは航空便より安い船便を使って荷物を送りました。段ボール15箱しか荷物を送れず、多くのものを手放した結果、東京時代よりもずっと少ないものだけで暮らしています。ものが減れば減るほど遠くに行けて、経験という財産が増えて、人間としての中身が豊かになっていっている実感があります。現時点では、いつまでニューヨークに滞在するのかは、まったく決めていません。ビザはあと1年半あるので切れたら更新したいと思っていますし、グリーンカードも検討しています。でも「絶対にこうする」とは決めずに、その都度、今の気持ちを大切にしたら進むべき道はわかるはず。渡米2年目の今年はそんなことを考えています。
PROFILE
大橋未歩さん(おおはし・みほ)
1978年兵庫県生まれ。2002年にテレビ東京に入社し、アナウンサーとして、スポーツ、バラエティ、情報番組など幅広い分野で活躍。その後、2013年1月に脳梗塞を発症。休職期間を経て同年9月に復帰する。2017年のテレビ東京退社後はフリーアナウンサーに。2023年からはアメリカ・ニューヨークに住まいを移し、現在は日米を行き来しながら活動中。インスタグラムは@o_solemiho815
取材・文/樋口可奈子