『ぐりとぐら』、『いやいやえん』など、誰もが幼い頃から親しんだ数々の名作の生みの親である作家の中川李枝子さん。「保母」として、絵本作家として、また一人の働くお母さんとして、長年子どもと向き合ってきた中川さんから、日々仕事や育児に奮闘するVERY世代にメッセージをいただきました。
※掲載の内容は誌面掲載時(『VERY』2018年7月号)のものを再掲しています。
──お会いするなり早々、矢継ぎ早に育児の悩みをぶつける私たち編集部スタッフに、「そんなことで悩むなんてヤワねえ、お母さんはもっと強くなきゃいけないのよ!」と笑う中川李枝子さん。和やかな雰囲気でインタビューがスタートしました。
❝働くお母さんは、『頑張るとき』と
『頑張らないとき』どちらもあっていい❞
世の中、半分が女なんだから、女性が働くのだって当たり前よね。お母さんたちは保育園に預けることに罪悪感を抱いたり、子どもが毎日園でどう過ごしているかを気にして、皆いろいろと思い悩むようだけど、私の経験上、保育園に子どもを預けるのがかわいそうなんてことは絶対になかったから、お母さんたちには自信を持って仕事してほしいの。私も保母として働きながら子育てをし、息子が2歳の頃、同人誌で書いた『いやいやえん』で作家デビューしました。当時は常に睡眠不足で、ゆっくり寝たい……といつも思っていたけれど、誰にでもそういう頑張りどきってあるんじゃない? 本当に疲れたときは「疲れた」と正直に言って休むのも大切だけど、後から振り返って、あのとき必死でやっておいてよかったと思うときがきっとくるのよ。
❝お母さんが思っている
以上に、子どもは
お母さんが大好きなのよ❞
一緒に過ごす時間が少ないと心配することもあるかもしれないけれど、保母として実感したのは、〝子どもはお母さんのことが誰よりも一番好き〞ということ。園ではみんな、お母さんの自慢話をするのが大好きなの。それも、「うちのお母さんは、お腹に帝王切開や盲腸の手術の痕がある」なんていうことまでね(笑)。当のお母さんは思いもよらないでしょうね。子育てをしていると、他の子と比べて落ち込んだりもしがちだけど、よその子と比べるのは一番いけない。比べるなら自分と比べてみて。私が見てきた限り、親より劣るような子はひとりもいなかった。みんなお母さん以上よ。それも当然で、人は誰だって自分にない魅力を持った人を結婚相手に選ぶでしょう。男性も同じ。そんな風にして生まれた子どもだから、二人より出来がよくて当たり前なのよ!
❝両親は仲が良いことが
大事。問題は一人で
抱え込まず相手に伝えて❞
お母さんが仕事復帰すると、育児や家事分担で夫婦仲が険悪になると聞くわね。育児は夫婦二人がかりでも大変なんだから、それを働きながら母親が一人でやるのはどれほどの苦労かと思います。子どもや家庭のことで何か悩みがあったら、絶対にお母さん一人で抱え込まないで。「言っても仕方がない」「わかってくれない」と思わないで、言いたいこと、言うべきことは説明するべき。育児の情報量ではお母さんにかなわなくても、男性は思いもよらない角度から客観的に子どものことを観察していて、こちらが驚くことも多いのです。私も夫とはよく喧嘩しましたよ(笑)。でもなるべく子どもには見せないようにしてた。両親が険悪なムードになると、息子に「なんだかこの家は暗いなあ……」なんて言われてハッとしたりね。お母さん自慢は大好きな子どもたちも、両親が喧嘩した話は、誰も保育園でしないものなの。
❝園での様子を語らなくても大丈夫。
子どもはいまを全力で生きています❞
子どもたちも保育園や学校ではそれなりに緊張して、いつも全力で過ごしています。園でできることが家ではできなかったり、お母さんの前では拗ねて言うことを聞かなかったりすることも多いでしょう。でも家に帰ってきてホッとひと息ついた子どもに、「どうして家ではできないの?」なんて言ってはダメ。 園の様子を、子どもがあまり詳しく話してくれなくて心配、というお母さんもいるけれど、子どもは過去の話にあまり興味がないものよ。だって常に目の前のことに全力で向き合っているんだから。そしてもうひとつ、保育園ではお父さんお母さんには教えたくない、子どもたちと先生だけの秘密の話もある。その秘密を守ることで、私たちは子どもと信頼関係を作っているの。もちろん、親に伝えるべきことや緊急のことはお話しするけれど、園でのことをすべて知ろうとして、根掘り葉掘り子どもに聞かなくてもいい。それでも子どもにとっては、お母さんのいる家庭が一番リラックスできる安全地帯だから、家では子どもをよく見て、たくさん話しかけてあげてほしい。もし家事の合間でちゃんと相手をできないなら、「うん、うん」「そうなの?」と合いの手を入れてあげるだけでもいいんです。いつもよく見ていれば、何か変わったことがあったときに気が付くはず。それでも不安になるときは、保育士や先生をもっと頼れるといいわよね。
いまは、保育園に入るだけでも大変で、子どもに合った保育園を選ぶような余裕をなかなか持てない時代。でも、困ったときに頼りになる、きちんと保育の勉強をした先生、経験を積んだベテランの先生が絶対に必要です。むやみに保育園の数を増やして、安月給で雇うなんてとんでもない話よね。私が働いていた保育園では、連絡帳や園だよりもあえて作りませんでした。保護者に伝えるべきことはすべて口頭で話して、それで十分事足りていた。今の保育士さんは、子どものお昼寝中に連絡帳を書いたり事務作業に追われているそうね。私の保母時代には、時には子どもと一緒にお昼寝しちゃうことだってありました。私の働いていた時代と状況は変わっているし、保育園での様子を親がよく知っておきたいという気持ちもわかるけれど、今の保育士さんは常に時間に追われていてちょっと心配になってしまいます。保育時間はすべて、子どものために使えるのが一番良いと思うのだけど。
❝子どものイヤイヤには機転が必要。
親なら一枚上手な切り返しをしたい❞
日々、忙しく過ごす中で、子どもの言動にイライラすることもあるでしょう。お母さんは子どもに反抗されたとき、即座に言い返すくらいのユーモアのセンスを持ちたいもの。そうしないと、いつだって自分勝手なことを言う子どもたちとは、とても付き合いきれません。ある女の子は夢中で遊んでいるとき「そろそろおしっこじゃない?」とお母さんに聞かれて、「昨日行ったんだからいいでしょ!」と怒ったり、うちの息子も昔、ピアノのお稽古を嫌がって、「ああ僕の本当のママはどこにいるんだろう。本当のママはピアノなんてやらせるはずがない」って(笑)。カッとして、「じゃあまたお腹に戻れば?」と言ってやったの。お母さんは頭を使って、子どもの意表を突くぐらいの切り返しをしないとだめよ。腹が立つことも多いけど、気を静めてノートか何かに書き留めておくといいわ。20〜30年後に読み返すと本当に面白いんだから(笑)。
❝絵本が嫌いな子どもは一人もいない。
一緒に読書する時間は至福のときです❞
限られた時間でも、子どもと本を読みましょうとよく言っています。『子どもはみんな問題児。』にも書きましたが、17年保育に関わってきて、絵本や物語が嫌いという子は一人もいなかった。「どんな本を選べばいいですか?」「読み聞かせのコツは?」という質問もよくされるけれど、何と言っても25年以上読み継がれているロングセラーには、長く愛されるだけの魅力があって、良い作品が多いわね。そして、お母さんも一緒に楽しんで読める本が一番。幼児には幼児向けの絵本、なんて年齢で区切らなくていいの。私は読み物の本も、時には新聞記事も面白いと思うものは何でも読んであげていました。子どもと一緒にたくさんの本を読んだけれど、疲れているときは、あえて早口の超特急で読んだことも(笑)。「読んであげなくちゃ」と真面目に頑張りすぎないで、子どもとの取り引きも大切なのよ。親子で本を読む時間は何よりかけがえのないものだけれど、「今日は疲れちゃった」と正直に言えば、子どもはこちらが考えるよりずっとお母さんの気持ちをわかってくれる。知り合いの子は、お母さんが具合が悪くて横になっているとき、「ママ、寝てていいよ。ぼくはこれ食べているから大丈夫」と、『ぐりとぐら』のカステラを作るシーンを自分で読んでいたそう。ホロリとするわよね。子どもは大好きなお母さんが困っていると、その気配をちゃんと察するものなんです。子どもを膝に乗せたり、添い寝をして、一緒に物語の世界に入っていける時期はほんの一瞬。すぐに子どもは自分で本を読めるようになって、一緒に読んでなんかくれなくなるの。いま、お子さんと読書ができるお母さんたちが私はとても羨ましいですよ。
❝育児のルールだって時代で変化する。
お母さんは、幸せで健康なのが一番❞
いまは子育てに関する情報が溢れています。何が正解なのか、悩んでしまう人も多いわよね。上の世代からのアドバイスには、経験者ならではの一家言もあるけれど、都合のいい部分だけ聞いて、納得のいかないことは聞き流したっていいと思うの。少なくとも私はそうしてた(笑)。子どもが泣いていたらすぐに抱っこするのがいいとか、抱き癖がつくからダメとか、時代や人によって育児のやり方には流行があるでしょう。「こうするべき」という育児のスタンダードが変わっていく様も見てきた。子育てしながら仕事するのも、私は自分がやりたいから続ける、ただそれだけでした。働いたほうがいいとか、専業主婦のほうがいいとか世の中の声は気にする必要はない。結局本人がしたいようにするのが一番なのよ。ただし、毎日頑張っているお母さんは、子どもの世話を優先して自分のことを後回しにしてしまいがち。とにかくきちんと健康診断を受けて、といつも言っています。子どもにとってはお母さんが毎日元気で幸せなのが何よりなんだから。
Profile
⚫︎中川李枝子さん⚫︎
作家。1935年札幌生まれ。東京都立高等保母学院卒業後、「みどり保育園」の主任保母となり、以来17年間勤務。仕事と育児のかたわら、1962年に出版した『いやいやえん』(福音館書店)で絵本作家デビュー。厚生大臣賞、NHK児童文学奨励賞、サンケイ児童出版文化賞、野間児童文芸賞推奨作品賞を受賞。翌年刊行された『ぐりとぐら』(福音館書店)はその後世界的なベストセラーシリーズとなり、現在まで10カ国語に翻訳されている。
撮影/須藤敬一 取材・文/髙田翔子 編集/引田沙羅
*『VERY』2018年7月号「『ぐりとぐら』『子どもはみんな問題児。』の中川李枝子さんにインタビュー 子どもは、あなたが思う以上に〝お母さん〞のことが大好きよ」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。