●登場人物●
キキ:雨川キキ。早くオトナの女になりたいと一心に願う。親友はアミ。大人びたスズに密かに憧れを持ち、第7話でついに初潮が訪れた。同じオトナの女になった喜びから、スズにガーベラをプレゼントした。
スズ:キキのクラスメイト、鈴木さん。大人になりたくない気持ちと、すでに他の子より早く初潮を迎えたことのジレンマに悩む。両親は離婚寸前。小学校受験に失敗したことで家では疎外感を感じている。
アミ:竹永アミ。キキの親友で、キキと同じく早くオトナになりたい。大好きなキキと一緒にオトナになりたい気持ちから、キキが憧れるスズについ嫉妬してしまう。
リンゴ:保健室の先生。椎名林檎と同じ場所にホクロがあることからキキが命名。3人の少女のよき相談相手。
マミさん:キキの母。ミュージシャン。
Talk 11.
「タイミングこそプレゼント」
Byリンゴ
キャラメル色をしたランドセルの中からこっそり取り出した宝物を、雨川さんがとても嬉しそうに見せてくれる。
その柔らかな布は、ブルーとパープルの小花柄。黄色のリボンで折りたためるようにつくられた、手作りポーチ。
「ほら、見て〜」
雨川さんが蝶々結びにしてあったリボンをサラリと解いて、ポーチを広げる。中にはポケットが6つあって、生理用ナプキンが一つ一つキレイにスッポリと収納されている————それはもう、とても、大切そうに。
「これね、ナプキンの大きさに合わせてポケットが作ってあるんだよ! 初潮のお祝いにピンクのガーベラをあげたら、スズがそのお返しにって作ってプレゼントしてくれたの。すごいよね? 器用だよね? めっちゃ可愛いでしょ?」
「うん。うん。うん、ほんとうに素敵」
私が言い終えるのを待てない様子で、雨川さんは続ける。
「スズのもあってね。イロチのオソロで、スズのは布もリボンも紺なの! 生理中っていうのを目立たせたくないんだって。スズらしいでしょ?」
————イロチのオソロ: 色違いのおそろい。
頭の中で翻訳している私の目の前で、雨川さんはクスクス笑いながら鈴木さんが手縫いした部分を指差してみせる。
「でも、ここ。スティッチっていうの? 私の糸の色はリボンと同じ黄色だけど、スズのはピンクで、私があげたガーベラと同じ色にしたんだって。スズのそういうところ、すごく素敵だよね? マミさんはその感性はアートだ!って言ってた!」
———感性:心で感じることを、頭を使って他のカタチへと変える力のこと。
私は改めてその意味を噛みしめる。お会いしたことはないけれど、雨川さんのお母さまに心から同意する。
「ほんとうにそうね。みんなみんな、素敵な女の子たちだよね」
生理を“素敵なこと”として、日常の中で大切に、特別に扱っている彼女たちの感性に泣きそうになる。私が12歳の頃に彼女たちに出会っていたら、きっともっと楽しかっただろうなって憧れてしまうくらい。
「でね、実はね、アミにも作ってあるんだって。黒と白のストライプで大人っぽい生地をアミ用に選んだんだって。糸とリボンの色は赤! 絶対に可愛いでしょ?
でもね、渡すタイミングを迷ってるって……。
初潮がきた時にお祝いとしてあげたいけど、それまで私とスズだけでオソロにしてるのも仲間外れみたいかな、とか。でも先にあげるのもプレッシャーに思われちゃうかな、とか。こんな会話そのものがアミにとってはイヤだろうな、とか。とか。————リンゴは、どう思う?」
「うん。うん。うん、そうね」と答えながら、どう伝えようか考える。女友達との成長スピードの違い。デリケートな問題。それらにまつわる女心。そしてこれは、この先もきっと、一生ついてまわること。
「こんな会話そのものが竹永さんにとってはイヤかもしれないって、そこまで人の気持ちを考えられるのは凄いし優しい。というのも、先生は初潮がきたのが中学3年生なの。まわりはもうきていたみたいだったし、私は何かおかしいのかな? って焦る気持ちが苦しかった。だから、仲の良い友達ふたりにはもう生理がきているのに私は……って少し悲しくなる気持ちは先生にもわかるのね」
「そっか、そうだったんだ。でも、そうだよね。自分じゃ選べないもんね、いつ生理がくるかなんて」
「そうなの。でね、実は生理だけじゃなくて、自分ではタイミングを選べないことって人生の中に少なくないの。たとえば、恋もそう。初恋が何月何日に起きるかなんて、自分では決められないでしょう」
「わ! 恋も!」雨川さんが目をキラキラさせて一気にしゃべる。
「ほんとうにそうだね! 自分で、はい、今日恋に落ちますって決めたって絶対にそのとおりにはならないしね! いつ恋がくるのか、わかるなら今すぐ知りたいけど、誰もわからないもんね! カラダのことが自分じゃ決められないのと、実は同じだね!」
「そうなの。でね、わからないって不安もあるけどそれと同じくらい、楽しみもあるの。いつだかわからないからこそ、明日にドキドキできるってこともあるでしょう?」
「うん! 私もいつ恋に落ちるか楽しみだもん。ただ、それも生理と同じように、まわりの友達の方がどんどん先に恋をしたり、カレシができたりなんかしちゃったら、やっぱり焦る気持ちってでてくるものかも。
だって、今の私は、ブラジャーつけてる子がうらやましいもん。私のおっぱいには、まだまだスポブラで十分……。でね、だからこそ、アミの気持ちも想像できるんだ。私とスズだけオソロの生理ポーチ。自分だったら、イヤかもって」
12歳。女として生きる冒険への入り口だ。————そう思ったら、私は姿勢を正して雨川さんに向き合っていた。30年も生きてきてつい最近やっとつかめた考え方のコツを、大好きな彼女たちに伝えたいと思った。
「うん。今から、大事なことを言うね。生きるコツみたいなこと」
真正面に座り直して、雨川さんの両手を取ると「え?」。雨川さんは目をパチパチとさせて私をまっすぐ覗き込む。
「あのね、女友達と自分を比べて焦ることって、実はずーっとついてまわることなの。だからこそ、今この考え方を知っておいたら、ずーっと使えるヒントになるかも」
「わ! 知りたい」
少し緊張してしまって、深呼吸をしてから私は話し始めた。
「人は人、自分は自分って言葉があって、確かにその通りなんだけどね。頭ではわかっていても心ではそう割り切れないことってあるの。でね、これは先生がつい最近やっとわかったことなんだけど、自分では決められない人生のタイミングが空から降ってくる時があって、それこそが神様からのプレゼントなのよ」
「タイミングがプレゼント? え、神様?」
「そう。人生は、不思議に満ちているの。もちろん自分で決められることもたくさんあって、だからこそ自分次第でどんどん未来を切り開いていける! でも、その隙間に、それもとても大事な人生の節目に、神様だけが決められるタイミングがところどころ挟まってくる感じなのよ。
先生はそれを“神様ジャッジ”って呼ぶことにしてる。
いつ生理がくるか、いつ恋に落ちるか、そういうタイミングは空から降ってくるプレゼントなの。その時期を自分が気にいるか気に入らないか、はおかまいなしってところも人からもらうプレゼントって感じがするでしょ?」
「うわぁ、なんか、そう言われてみるとそうかも。私に生理はいつくるんだろう? ってずっとずっと待ってたのね。でも、もちろん自分では決められなかった。空からタイミングが降ってきて、それであの日私は生理になったんだってピンとくる感じがする。私は、そのプレゼント気に入ったよ!」
「ふふ。気に入ったなんて、とても素敵。本当に、初潮もそう。カラダの内側の準備が整ったから生理がきたわけだけど、あなたにとっては“その日”は突然のサプライズでやってくる。そして、そのプレゼントはあなた専用のものだったでしょう?」
「うん。私だけ、初潮がその日だった。クリスマスとかは、みんな同じ日なのに」
「そうそう。自分にとってのベストタイミングでくるものなのよ。そしてその“いつ”は、みんなバラバラ、神様ジャッジ。人によって、ベストなタイミングって違うからね。先着順じゃないし、出遅れたら、もうもらえないってわけでもない。だから、まわりの女友達と比べること自体が実はナンセンスな話なのね」
「そう言われてみたら、そうだね。しかも、自分で決めなくてもいいってラクかも!」
「もちろん、勉強とか進路とか将来の夢は、自分で決めた目標を持って頑張るのよ? 自分の人生の主役は自分だもの! 自分次第で未来は変わる! ただ、自分ではどうにも決められないタイミングだけは、神様が決める運命にカラダごとゆだねることもどうやら大事みたいなの」
「ゆだねる?」
「うん。たとえば、お母さんに全体重をあずけてゴロンとするとラクでしょう? 」
「うん。ラクだし、安心する」
「ゆだねるって、ラクチンだし安心感があるのよ。でもそれには一つ絶対に外せない条件があるの」
「なんだろう?」
「信じる気持ち。どうしてお母さんに全体重をあずけると安心するのか、それはお母さんのことを信頼しているからなの。誰だかわからない人に寄りかかっても、安心なんかできないでしょ?」
「わ、本当だ。むしろイヤだよ、不安になる」
「信じるって、ものすごく大きなことだよね。運命をゆだねる時には、自分を信じることがカギになるの。私は大丈夫。どんなタイミングであれそれを気に入る自信があるって、自分の運命を丸ごと信じるの。それができればね、お母さんに全体重をあずける感じで、時には人生の流れにゴロンと身を任せちゃうことができるようになる。
不思議よね。先のことがわからなくって自分では決められないから不安なのに、神様と運命を信じて、あとはゆだねようって思ったら、一気に逆の気持ちになるの」
「そっかぁ。でも、うん。いつブラジャーが必要なおっぱいになるか? いつ恋をするか? いつカレシができるか? 私はただただ楽しみに運命にゆだねることにできそうだな。だって、私はきっと、神様が選ぶタイミングを気に入るもん。生理がきた日も気に入ったし!」
「わぁ、初めて生理がきた日に幸せを感じるって、こうやって自信になっていくんだね。自分を信じることができている証拠だもの、そう言えるって。素晴らしいことだし、そういう考え方はどんどん運を良くするよ!」
「運が良いことはとても大事ってマミさんが良く言うの。良いおこないが良い運を作るから、誰も見ていないところでも自分の心が美しいと感じることをしなさいね!って」
「わ。いいこと教えてもらった。先生もそう心がけよう」
「先生は優しいよ。今してくれた話も、大好き!」
「ありがとう……」
嬉しくて、雨川さんの手をギュッと握ってしまった。すると、ギュッと手を握り返して雨川さんが笑顔で言う。
「自分次第で切り開ける人生のところは頑張る! 自分では決められない人生の部分だけは、運命を信じて流れにゆだねる! こういうことでしょ?」
「そう!!」
「なんか、メリハリがついていいね。目標を持って自分で頑張るのも気合入って楽しいし、ゆだねるのはラクだし楽しみだし!」
「頑張る時にはね、お腹に力を入れる。ゆだねる時には、肩の力を抜く。そんなメリハリのクセをつけると生きやすい。自分で頑張ってもコントロールできない領域で必要以上に気を張らないクセをつけると、カラダの力が抜けてリラックスできる。そうすると笑顔が増えて、その笑顔がどんどんステキな未来を引き寄せたりするものなのね。マミさんの運のはなしにも、通じる真実だな」
「うわぁ〜、なんか今日、深いね。私、生理ポーチのこともこの話とセットでアミに話してみようかな」
「うん。デリケートな話題だから、言葉を選んで話すことが大事になるけど、雨川さんなら上手に伝えられそう」
フフッて大人っぽく微笑んでから、雨川さんは私に言った。
「女心、わかってるよね、リンゴ」
「え?」
ビックリして思わず笑ってしまった。
「女心とリンゴ。ゴロが合うね! そんな曲があったら良さそう」
「わ! 雨川さんは将来、ミュージシャンになるの?」
「ううん。それはマミさん。私は、女優になるよ! 」
「そうなの?」「うん。そうなの」ハッキリと言われて、胸が躍る。
12歳。これからあなたは、なんにでもなれる。どこへでも行ける。眩しいくらい、あなたたちの未来には、果てしない可能性が広がってる。
自分自身の一歩一歩と、神様による運命タイミングを融合させたベストスピードで、あなたの人生はキラキラと煌めきながら動いてく。
躍っていた胸が、今度は希望でいっぱいになってくる。
「雨川さん、楽しみだね」「なにが?」「あなたの未来の、すべてが」
そんな会話をしながら、さっきと真逆のことを思っていた。年齢なんて、実は関係ないのかもしれない。ここにあるのは確かな友情で、30代の私もまた、未来のすべてが楽しみなのだ。
窓から入るオレンジ色の西日が眩しくて、私は目を細めながらキャッキャと笑う雨川さんを見つめている。同時にこっそりと、自分のお腹に手を当てる。
<つづく>
◉LiLy
作家。1981年生まれ。ニューヨーク、フロリダでの海外生活を経て、上智大学卒。25歳でデビュー以降、赤裸々な本音が女性から圧倒的な支持を得て著作多数。作詞やドラマ脚本も手がける。最新刊は『目を隠して、オトナのはなし』(宝島社)。8歳の長男、6歳の長女のママ。
Instagram: @lilylilylilycom