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「声にならないほど心を込めて、おめでとう」by リンゴ|Girl Talk with LiLy〜TALK7.

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illust. Shogo Sekine
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「声にならないほど心を込めて、
おめでとう」

by リンゴ

 

「ベッド、空いてますか? 寝てもいいですか」

雨川さんにとてもストレートに聞かれて、一瞬、言葉に詰まってしまった。

一応、保健室は身体に不調がある時に休む場所ということになっている。けれど、うつむいていた雨川さんが顔をあげた瞬間、私は「もちろんよ、どうぞ」って心から彼女を保健室へと招き入れた。

泣くほど、どこかが痛いのね。

それが身体ではなく心だったとしても、休むことが必要だよね。心のどこかが痛いんだよね。あなたのその柔らかな心を悲しませているモノを、どうにか取り除いてあげたい。

相手が子供であれば、誰に対してだって、無条件にいつだって、心の底からそう願わずにはいられない。あ、子供という呼び方も、12歳の女の子にはもう当てはまらないよね。

 

そこにどんな理由があろうとも、
オトナ未満のあなたの涙には胸が痛む。

 

「でも、そういうオトナばかりではないわ。たとえばママは、私の涙にとっくに見慣れちゃってる……」

自分の気持ちを伝えながら水で冷やしたタオルを手渡すと、雨川さんはそれを目に押し当てながら涙で震えた声を出す。目の前の椅子にちょこんと座って泣く雨川さんは、いつもより小さく見える。

そして、母親になったことはないから、私はまた言葉に詰まる。確かに、泣くことが仕事であるような赤ちゃんの頃から一緒にいたら、我が子の涙には慣れるはず。というか、子の涙に毎回どこまでも心を痛めていたら、そもそも身が保たないし生活がまわらないとも言える。

「……ちょっと待ってね」

気づけば私はまた、雨川さんを前にしてまるで自分が子供みたいに焦っている。オトナと子供の境目ってなんだろう。どこだろう。自分に言い聞かせるように、頭の中で整理する。

あなたよりも長く生きていることが、そう、オトナの唯一の取り柄だから。年下のあなたの痛みを和らげてあげるための言葉を、自分の少ない経験の中からでもなんとか探し出してみせるから。ちょっと待ってね。

「ママも優しいけれど、私が泣いたり喚いたりすると、すぐに年頃の女性ホルモンうんたらって言うのよ。まぁ、ちょっと笑っちゃうけどね、それ」

私が気の利いた言葉を自分の中から探りだす前に、雨川さんはそう言ってクスッと笑い出した。

「あの、もし、話を聞かせてくれるのなら、雨川さんを悩ませている問題の解決方法を一緒に考えたいな」

保健室の先生の教科書があるのなら、そこにそのまま書いてありそうな、つまりはとても普通のことを言ってしまった。

「解決なんてできないのよ、誰も!」

光の速さで飛んできた雨川さんの答えに、胸がズキッとなった。が、雨川さんは穏やかな声で話し続ける。

「あぁ、きっとこの世は、そういう問題で満ちているわ。私もスズも、ただただパパとママにずっと仲良くしていて欲しいだけだった。でもね、本人たちだって本当は心からそうしていたかったって言うの。

————でも、どう頑張ってみても、できなかったんだって。仕方がないって言葉で諦めるしかないこともある。それが、現実っていうの? そういう意味では、私のこの胸の痛みは永遠の未解決事件なの。だから、先生が解決できるわけがないのよ、これは全然悪い意味じゃなくて」

「……そうね。うん、本当に、本当にそうかもしれないわね……」

オトナである私は、雨川さんよりも長く生きていることが取り柄だって言ったけれど、それも違うのかもしれない。雨川さんは年齢的には子供だけれど、実際は私よりもオトナなのかもしれない。心の底からそう思ったので、もう、素直な言葉で胸の内をそのまま伝えてみることにする。

「雨川さん、あのね。これは、仏教の教えなんだけどね、実際の年齢とは別に、魂の回数があるっていう説があるの。雨川さんは、今のこの人生の中では12歳だけど、魂が経験してきた人生の回数は私より多いのかもしれない。話していて、そう思うのよ」

「魂の回数?」

雨川さんの真っ赤な目の奥が、パァッと光ったのが見えた。

「あ、生まれ変わりがあるという前提のはなしね。今のこの身体が死んだあと、魂が抜けて、前世の記憶は消えて、だけど次の生命体に同じ魂が入るという説なのね」

「わぁ、そういう話って私、すごく好き! 生まれ変わりって、ある気がするな。その生命体って、人間とは限らない?」

「うん、たぶん」

「その話、聞けてよかった!! なんだかね、このオトナ、オトナだとは思えないほどにバカだなって思うことがあったの、すごくよくあったのよ今まで。あ、バカって言ったらママには怒られるかもしれないけど、バカと感じるときは確かにあるから、バカとしか言えないな」

思わず私は、先生という立場も一瞬忘れて吹き出してしまった。そんな私を見て、雨川さんもアハハと笑った。

その可愛い笑顔を見て、私は思った。魂のレベルは高いかもしれないけれど、だけどまだ子供と呼ばれる12歳だからこその無垢な笑顔は、オトナの私にはやっぱりとっても眩しい。

 

それがどんな理由であろうとも、
オトナ未満のあなたの笑顔は胸に迫る。

 

「ねぇねぇ、この前、オトナだって本当はそんなに強くないって教えてもらったでしょう? ママと喧嘩した時に、その言葉を何度も思い出していたの。これから先、なんか大人のくせにバカだなぁって思う人に出会ったら、そうか生まれ変わりの回数が私よりも少ないんだなって思って優しく受け入れられそうだよ!」

本当に頭の良い子だと感じる。そして、いつの間にかタオルは机の上に置かれている。目の前で泣いていた女の子は、いつもの明るい雨川さんに戻っている。先生として、一人の人間として、私はまた大事なことをここで学んだ。

自分の方が長く生きているという理由だけで、相手を子供扱いしていては相手の心を救えない。ううん。そもそも、救いたいだなんておこがましいのだ。

心を開き合うこと、
その上で話し合うこと、
気持ちに寄り添い合うこと、
最後には笑い合うことで、
互いの心は初めて癒される。

 

「またリンゴに助けてもらったな!」
「……え、本当に? なら、良かった」

どうしよう、私の方が泣きそうになっちゃった。その次の瞬間、雨川さんが椅子からパッと立ち上がった。

「どしたの?」

「あ、あの、ちょっとお手洗いに行ってきます」

しばらくしてから、雨川さんは保健室に小走りで戻ってきた。まるで、サンタさんがお願いした通りのプレゼントをツリーの下に置いておいてくれたクリスマス当日の朝みたいに、目をキラキラと見開いて。

「……ママって凄い。私が最近情緒不安定なのは、女性ホルモンがうんたらっての、当たってたッ!!」

何が起きたのか、私はその言葉ですぐにピンときた。

「一番にママに言うって約束したから、電話を貸してもらえませんか?」

「わ、そうなのね。もちろんよ。でも、大丈夫? その……」

「うん! ティッシュを重ねたから今のところまだ大丈夫!!」

 

————『マミさん、もしもし? あのねッ』

保健室の電話から、母親の携帯にかけた雨川さんの声が弾む。母親をマミさんと呼ぶ彼女は、まるで大親友に最高に幸せな報告するように、

『生理がきたの!!!!』

私はすぐ後ろで、この瞬間に立ち合えたことに感動していた。初潮を迎えたことをこんなにも喜ぶ女の子がいること、今の今まで知らなかった。

『キャーーーーーーッ!!!』

マミさんと呼ばれる母親の歓声が、電話口から漏れてここまで聞こえくる。

————夢ができた。私もいつかお母さんになってみたい。

おめでとう。雨川さん。声にならないほどに熱い気持ちで、私はあなたの身体がオトナになったことを心の底から祝福する。

<つづく>

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◉LiLy
作家。1981年生まれ。ニューヨーク、フロリダでの海外生活を経て、上智大学卒。25歳でデビュー以降、赤裸々な本音が女性から圧倒的な支持を得て著作多数。作詞やドラマ脚本も手がける。最新刊は『目を隠して、オトナのはなし』(宝島社)。8歳の長男、6歳の長女のママ。
Instagram: @lilylilylilycom

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